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29、浅ましさ*

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「公爵?」
「わかりましたから、じっとしていてください」
「えっ、だから後はわたくしが……」
「少し緩めてからの方が外しやすいと思うので」

 マティアスはブランシュの言葉を聞かず、きつく通されていたリボンを指にひっかけ、少しずつ緩めていく。指先がブランシュの背中に当たるたび、彼女は小さく震え、ドレスが落ちないようぎゅっと上へ持ち上げていた。それに気づいたマティアスがまずドレスを脱ぐよう促す。

「でも、」

 ブランシュの躊躇いも、風邪をひくかもしれないという不安の前では無視された。彼女は恥ずかしさと寒さで震えながらドレスを脱ぎ、マティアスが暖炉のそばで乾かすために紐に吊るし始める。下着姿になったブランシュは心もとない気持ちで彼を見ていたが、彼が手を貸す前にコルセットを外さなければと思い出し、慌てて手を動かす。

 しかし寒さのためか、指先がかじかんで上手く動かない。

「こちらを向いて下さい」

 そうこうしている間に干し終えたマティアスがブランシュのもとへ戻ってくる。

「も、もういいわ」

 必要ないと背を向けても、腕を引かれ、強引に前を向かされる。ぽたぽたと濡れた前髪から覗く目に、彼女は心臓が大きく跳ねた。

「あ、あなたも濡れているわ。わたくしのことより、自分のことを優先してちょうだい」
「私は貴女より身体が丈夫です。それに殿下に風邪をひかせた方がよっぽど問題ですから大人しくなさってください」

 羞恥に駆られるブランシュの抗議をマティアスは淡々と論破し、重ね合わせていた留め具を一つずつ、慎重な手つきで外していく。それを見ているとブランシュの髪から滴がぽたぽたと落ちる。マティアスのきれいに手入れされた指先にも落ちて、濡らした。

「こうやって、外すんですね」

 初めて知った、というように彼は呟く。
 女性の下着を外す経験など、彼にはなかったということだろうか。

「知らなかったの」

 気になって、つい尋ねる。

「はい」
「うそよ」
「嘘じゃありません。貴女は私にいろんなことをさせたけれど、貴女と身体を繋げるのはいつも夜で、こんな面倒なものはつけていらっしゃらなかった」

 ブランシュはちょっと意外に思った。

「あなたに洋服を着させたり、しなかったの?」

 使用人の真似事だと言ってさせそうなものだが。

「貴女が眠ってしまうと、私はすぐに部屋を後にしましたから。たとえ朝まで一緒に眠るよう睡眠薬を盛られて、こんなことをするよう命じられても、寝た振りをして誤魔化したでしょうね」
「……そう」

 留め具がすべて外され、圧迫感からひどく解放された心地になる。けれどすぐにマティアスの視線を感じ、彼女は手で胸元を隠す。まだシュミーズを着ていたけれど白い二の腕が露わになって恥ずかしかった。

「あ、ありがとう。もういいから」

(早く毛布を体に巻きつけよう……)

 けれどマティアスの指はシュミーズの肩紐にも伸ばされる。

「え?」

 今日着ているシュミーズは絹でできており、ブランシュの身体はほっそりとしている。だからそのまま下へずらして脱ぐことも可能であるが、胸元を隠すために腕を折り曲げていたのでそうはならなかった。

 そのことにほっとしつつ、彼女はマティアスから距離を取ろうとした。でも、彼の顔が、目が、射貫くように自分を見つめていて、息を呑む。身体が固まる。石像に変えられてしまったかのように一歩も動けず、マティアスが胸に当てられた手をどかしても、何も言えなかった。

 二の腕をくくる肩紐が、ブランシュの柔らかく、細い腕を、白い肘を、ゆっくりと、くすぐるように落ちていく。それに連れて胸元が、きれいな形をした乳房が露わになり、寒さでツンと尖ったピンク色の蕾や、くびれのできた腰や縦長のへこんだ臍、平らな腹をマティアスの目に映させた。

(なんで、見ているの……)

 いっそ嫌味でも構わない。何でもいいから言ってくれればいいのに、一言も彼は発さず、突き刺すような鋭い視線で裸体になっていく自分を見ている。

(あ、やだ……)

 シュミーズは呆気なく、ブランシュの足元へ落ちた。

「今日はドロワーズを着ていないんですね」

 下着は履いている。でもそれはドロワーズよりずっと無防備なものだった。

「……寒くなかったから」

 でも今は履かなかったことを後悔している。ぴったりと下半身に張り付き、その形を鮮明に浮かび上がらせる薄い布地はなんて頼りないことか。

「下着はもういいから……」
「ではあとはストッキングだけですね」
「それも自分で脱ぐわ!」

 もう勘弁してというように叫んでも、マティアスはブランシュを毛布の敷かれた寝台の縁に座らせ、靴下を留めているクリップ部分に手をかける。パチンという音を響かせ、絹のストッキングを太股からじれったくなるほどの手つきで脱がしていく。

 雨で濡れたせいかぴたりと肌にくっついており、マティアスは布地の内側へ指を食いこませて剥がそうとする。それがくすぐったくて、ブランシュを変な気持ちにさせようとして、彼女は唇を噛んだ。

「ねぇ、もう、一人でやるわ……」

 耐え切れずもう片方の脚は自分でやろうとしたが、その手はやんわりとどけられ、やはり同じように彼に脱がされた。そうしてストッキングを吊るしていたガーターリングを外し終え、ようやく終わった、と彼女は解放された心地になる。

「あ、ありがとう。公爵。あなたも、ひゃっ」

 マティアスの指が何も身につけていないブランシュの脚を撫で上げたのだ。まさかマティアスがそんなことするとは思わず、彼女はただただ困惑した、信じられない顔で彼を見つめた。床に膝をついている彼は見上げるかたちでブランシュを見つめ返したが、何も言わず、きれいな曲線を描いたふくらはぎに顔を近づけ、なんと唇を押し当てた。

「なっ……」

 何しているの、と彼女は言葉を失う。彼は今、まるで壊れ物でも扱うようにブランシュの小さな足を掌に乗せ、折れそうな足首や膝の裏に口づけを繰り返す。雨で濡れた滴か、あるいはブランシュの汗で濡れた肌が、舌で舐められていく。

 普段気高く、男女の色事とはまるで無縁のようなマティアスが――今までブランシュに報復として奉仕させてきた彼が、今は自らブランシュに跪き、舌を這わせる姿に、ブランシュはカッとなった。

「やめて!」

 慌てて脚を引っ込めようとするも、マティアスは逆に股を開かせ、その間に自身の身体を滑り込ませた。そして今度はむっちりとした太股を掌全体で撫でて、感触を楽しむようにぎゅっと掴んだ。

「いやっ、やめて。公爵……!」
「どうして?」

 どうしてって……

「あ、汗をかいていて、汚いわ」
「なら、なおさら綺麗にしないといけません」

 言って、ちゅうと彼は白い肌に吸い付いた。

「んっ……!」

 ブランシュは思わず声が出そうになって慌てて両手で口元を押さえる。そんな彼女を時折下から見上げながらマティアスはなおも吸い付いてくる。脚の付け根に向かって赤い花が咲いていく。

「ぁっ、ぅ、やめ……もうやめて、公爵……んんっ」

 マティアスの髪の毛を掴んで引き剥がそうとするも、びくともしない。彼の吐く息がブランシュの肌を粟立たせ、燃えるように熱くさせた。そうしてクロッチ部分に鼻先を押し当てられたかと思えば、布越しにじゅっと吸われた。

「あんっ……」

 はしたない声を出してしまう。マティアスはもっと上げさせようと、夢中で舌を捻じ込もうとしたり、花びらを甘噛みする。直接ではないのに久しぶりの行為のせいか、ブランシュの身体は昂り、あっけなく達しようとする。

「ぁっ、ん、公爵、だめっ、もうっ、んぅ……!」

 声にならない悲鳴を上げ、ぶるぶるっと彼女は身体を震わせた。

「はぁ、はぁ……」

 涙を浮かべ、何が起こったかわからない顔をするブランシュを、マティアスが立ち上がり、見下ろしてくる。ショーツは薄っすらと染みを作っていた。

「あ……」

 下着の中へ手を滑り込ませ、薄い和毛をさっと撫で、人差し指でひっかくように秘裂をなぞられる。くちゅりとした音がたしかに鳴り、彼女はちがうと口にしていた。

「何が、違うんですか」

 蜜を垂らした花びらを押しつぶし、つぷりと中へ指を入れられる。ぴちゃぴちゃと鳴らされる音に反応するようにブランシュは声を漏らす。

「ぁ、だめ……んっ、もう、やめ、ぁんっ」

 込み上げてくる快感から逃れたい。受け入れてはだめだと、彼の腕に縋りつき、懇願する。尻をもじもじさせ、乳房を押し付ける姿はまるで自ら誘っているようにも見えるが、ブランシュ本人は気づかない。

「こうしゃく……はぁ、こうしゃく……おねがい。もう……っ」

 やめて、と掠れた声も、どこか甘く響いた。俯いていたブランシュの頬に手が添えられ、顔を上げさせられる。空色の瞳が冷たく自分を見ていた。

「私にこうされるのは、怖いですか」

 尋ねながらもくちゅくちゅと蜜壺をかき回す手は止まらない。はぁ、と甘い吐息を零しながら、ブランシュは目を潤ませて、首を振った。

「怖く、ないわ」

 あの日から、ブランシュは異性が怖かった。でもマティアスだけは怖くなかった。

「では、私にこんなことされるのが嫌なんですか」

 違う、と彼女は激しく首を振った。

「嫌じゃない……!」

 嫌なら、服を脱がされる時点で拒絶している。そもそも一緒に馬に乗ったりしない。こんなところに、一緒に来なかった。

「では――」
「あなたに触られると、もっとして欲しいって思うの」

 空色の瞳が大きく見開かれる。
 言ってはダメだと思った。言う資格なんて自分にはない。

「これ以上あなたに触れられたら、きっと前と同じになる。以前のブランシュに戻ってしまう。わたくしはあなたを好きになってしまう……!」

 だからもう触れないで。優しくしないで。微笑んだりしないで。

(あなたに愛して欲しいって、望んでしまう……)

 あんな酷いことをしておきながら、願ってしまう自分がいる。そんなこと、ブランシュ自身が一番許せなかった。

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