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28.招待状
「兄上お願い! 俺も連れてってよ!」
「だめだ」
弟の願いをすげなく却下し、ハウエルはため息をついた。
「これで何回目だ。いい加減諦めなさい」
「だって! あの王子にぎゃふんと言わせてやりたいんですよ!」
朝から元気だなぁと思いつつ、メイベルはテーブルに置かれた招待状へと目をやった。王都で開かれる舞踏会。そこにぜひ出席してくれと国王陛下直々に招待する手紙が届いたのだ。
「ほら、おまえはもう勉強の時間だ。さっさと部屋へ行きなさい」
「うう……兄上のけち」
レイフは最後の頼みとばかりにメイベルを見つめるが、今回ばかりは彼女も擁護する気になれなかった。
「レイフ。王宮はあなたが思うよりずっと怖いところよ。ハウエル様の言う通り、今回は大人しく留守番していなさい」
「怖いところならなおさら味方が多い方がいいでしょう? 俺も同い年くらいの子ともっと知り合いになりたいし。人脈を広げるっていう意味でも、ぜひ行くべきだと思うんだけど!」
ふむ、と思わず納得しそうになるほどの熱弁である。
(たしかに私がレイフと同じくらいの頃は必死に貴族の顔と名前を覚えようとしていたし……遅すぎるってことはないのかも)
「だめだ。おまえはまだ言葉づかいも、感情の抑えもきかない所がある。隙が多すぎる。もう少し大きくなってからだ」
だがやっぱりハウエルは厳しかった。ばっさりと切り捨てられ、今度こそレイフもがっくりと肩を落としたのだった。
「わかったよ。その代わりお土産いっぱい買ってきて。義姉上も」
「うん?」
「ぜっったいにあの王子に負けないでね!」
絶対だよ! と念を押すように言い、メイベルははいはいと苦笑いしたのだった。
***
「――まったく、あの子には困ったものです」
「お土産、たくさん買って帰らないといけませんね」
ガタガタと揺れる馬車の振動に委ねながら、メイベルはハウエルに笑いかけた。彼女の顔を黙って見ていたハウエルが、おもむろに手を伸ばし、頬を撫でた。
「大丈夫ですか。顔色が悪いように見えますが」
「そうですか?」
朝早かったからかしら、とメイベルは言った。
「……やはり、気が進みませんか。王都へ行くのは」
ハウエルの心配した表情に、メイベルは思わず微笑んだ。
「いいえ。そんなことはありません。久しぶりに会いたい人もいますし……ただ少し不安で」
本当は一度、様々な事情を懸念して断ったのだが、陛下直々の誘いとあってはさすがに断れない。
(今回の舞踏会はおそらくシャーロット嬢がサイラスの新しい婚約者だってことを大々的にお披露目する意味合いもあるのよね。そして……)
自分がリーランド辺境伯の妻となり、幸せであることを示す絶好の機会でもあった。
「教会もまた、何かを仕掛けてくるかもしれません。十分、気をつけて下さい」
「ええ。わかっています」
様々な思惑が絡む場所に赴くことに、今から不安が押し寄せてきた。
「メイベル様」
顔を上げると、向かいに座るハウエルがこちらを真っすぐと見つめていた。
「昨夜貴女は私に恨んでいないかと聞きましたが、貴女の方こそ、教会を恨んではいないのですか」
メイベルは少し考え、いいえと首を振った。
「経緯はどうあれ……私は教会に救われたと思っています。田舎の孤児院では決してできなかった贅沢な暮らしに、貴族と同等の教育まで学ぶことができた。だから……教会がしてきたことすべてを否定することは、私にはできません」
教会が手を差し伸べてくれなければ、今のメイベルはここにはいない。
「与えられた分だけ、返していきたいと、そう思って今までサイラスの婚約者として努力を重ねてきました。未来の王妃となって、この国のために尽くそうって……その役目は変わってしまったけれど、私にできることがあるのなら、力になりたい。その思いは、今も変わりませんわ」
「ならば、それをこれからも貫き通せばいい」
ハウエルの意外な言葉に、メイベルは戸惑った。
「これからも貫き通すって、どういう意味ですの?」
「メイベル様。永遠など、この世にはありません。栄華を極めても、いつか必ず衰えが生じ、最後には滅びゆくのが定めというものです」
メイベルはグランヴィル国よりずっと北の大国、ユグリット国のことを思った。
かつてこの国には他の国と同様、聖女がおり、国のために尽くしていたのだが、王が変わったことでそれまで神の遣いと崇められていた聖女が一変して魔女として弾圧された歴史がある。それに伴い、聖女の後ろ盾であった教会も力を失っていくことになったのだ。
「我が国の教会もまた、いずれはなくなると?」
「いいえ。無くなりはしないでしょう。教会の存在はもはや無くてはならないものですから。ただ、その中身は変わってゆくでしょう。いいえ。変わらなければならない」
「それは……」
変わらなければいけない所。孤児である少女を引き取るのはいい。でも親がいるのにそれを無理矢理引き離すことに、メイベルは疑問を抱いていた。
「貴女が今の教会に対して思う所があるのならば、貴女自身が変えればいい」
メイベルは目を見開いた。
「私が、ですか?」
無理だ。そんなの。自分は今まで従う立場でしかなかったのだから。でも同時に、ハウエルの指摘に目が覚めるような気もした。
(そうだ。おかしいと思いつつ、私は今まで何もしてこなかった。もうサイラスの婚約者ではないのだからと、関わるのをやめようとした……)
けれど自分で変えるべき道もあったのだ。
(もし、機会があれば……)
メイベルはハウエルを見つめた。彼はそうだというように頷いた。
「もしその時が来れば、貴女は決して機会を逃してはなりません」
「だめだ」
弟の願いをすげなく却下し、ハウエルはため息をついた。
「これで何回目だ。いい加減諦めなさい」
「だって! あの王子にぎゃふんと言わせてやりたいんですよ!」
朝から元気だなぁと思いつつ、メイベルはテーブルに置かれた招待状へと目をやった。王都で開かれる舞踏会。そこにぜひ出席してくれと国王陛下直々に招待する手紙が届いたのだ。
「ほら、おまえはもう勉強の時間だ。さっさと部屋へ行きなさい」
「うう……兄上のけち」
レイフは最後の頼みとばかりにメイベルを見つめるが、今回ばかりは彼女も擁護する気になれなかった。
「レイフ。王宮はあなたが思うよりずっと怖いところよ。ハウエル様の言う通り、今回は大人しく留守番していなさい」
「怖いところならなおさら味方が多い方がいいでしょう? 俺も同い年くらいの子ともっと知り合いになりたいし。人脈を広げるっていう意味でも、ぜひ行くべきだと思うんだけど!」
ふむ、と思わず納得しそうになるほどの熱弁である。
(たしかに私がレイフと同じくらいの頃は必死に貴族の顔と名前を覚えようとしていたし……遅すぎるってことはないのかも)
「だめだ。おまえはまだ言葉づかいも、感情の抑えもきかない所がある。隙が多すぎる。もう少し大きくなってからだ」
だがやっぱりハウエルは厳しかった。ばっさりと切り捨てられ、今度こそレイフもがっくりと肩を落としたのだった。
「わかったよ。その代わりお土産いっぱい買ってきて。義姉上も」
「うん?」
「ぜっったいにあの王子に負けないでね!」
絶対だよ! と念を押すように言い、メイベルははいはいと苦笑いしたのだった。
***
「――まったく、あの子には困ったものです」
「お土産、たくさん買って帰らないといけませんね」
ガタガタと揺れる馬車の振動に委ねながら、メイベルはハウエルに笑いかけた。彼女の顔を黙って見ていたハウエルが、おもむろに手を伸ばし、頬を撫でた。
「大丈夫ですか。顔色が悪いように見えますが」
「そうですか?」
朝早かったからかしら、とメイベルは言った。
「……やはり、気が進みませんか。王都へ行くのは」
ハウエルの心配した表情に、メイベルは思わず微笑んだ。
「いいえ。そんなことはありません。久しぶりに会いたい人もいますし……ただ少し不安で」
本当は一度、様々な事情を懸念して断ったのだが、陛下直々の誘いとあってはさすがに断れない。
(今回の舞踏会はおそらくシャーロット嬢がサイラスの新しい婚約者だってことを大々的にお披露目する意味合いもあるのよね。そして……)
自分がリーランド辺境伯の妻となり、幸せであることを示す絶好の機会でもあった。
「教会もまた、何かを仕掛けてくるかもしれません。十分、気をつけて下さい」
「ええ。わかっています」
様々な思惑が絡む場所に赴くことに、今から不安が押し寄せてきた。
「メイベル様」
顔を上げると、向かいに座るハウエルがこちらを真っすぐと見つめていた。
「昨夜貴女は私に恨んでいないかと聞きましたが、貴女の方こそ、教会を恨んではいないのですか」
メイベルは少し考え、いいえと首を振った。
「経緯はどうあれ……私は教会に救われたと思っています。田舎の孤児院では決してできなかった贅沢な暮らしに、貴族と同等の教育まで学ぶことができた。だから……教会がしてきたことすべてを否定することは、私にはできません」
教会が手を差し伸べてくれなければ、今のメイベルはここにはいない。
「与えられた分だけ、返していきたいと、そう思って今までサイラスの婚約者として努力を重ねてきました。未来の王妃となって、この国のために尽くそうって……その役目は変わってしまったけれど、私にできることがあるのなら、力になりたい。その思いは、今も変わりませんわ」
「ならば、それをこれからも貫き通せばいい」
ハウエルの意外な言葉に、メイベルは戸惑った。
「これからも貫き通すって、どういう意味ですの?」
「メイベル様。永遠など、この世にはありません。栄華を極めても、いつか必ず衰えが生じ、最後には滅びゆくのが定めというものです」
メイベルはグランヴィル国よりずっと北の大国、ユグリット国のことを思った。
かつてこの国には他の国と同様、聖女がおり、国のために尽くしていたのだが、王が変わったことでそれまで神の遣いと崇められていた聖女が一変して魔女として弾圧された歴史がある。それに伴い、聖女の後ろ盾であった教会も力を失っていくことになったのだ。
「我が国の教会もまた、いずれはなくなると?」
「いいえ。無くなりはしないでしょう。教会の存在はもはや無くてはならないものですから。ただ、その中身は変わってゆくでしょう。いいえ。変わらなければならない」
「それは……」
変わらなければいけない所。孤児である少女を引き取るのはいい。でも親がいるのにそれを無理矢理引き離すことに、メイベルは疑問を抱いていた。
「貴女が今の教会に対して思う所があるのならば、貴女自身が変えればいい」
メイベルは目を見開いた。
「私が、ですか?」
無理だ。そんなの。自分は今まで従う立場でしかなかったのだから。でも同時に、ハウエルの指摘に目が覚めるような気もした。
(そうだ。おかしいと思いつつ、私は今まで何もしてこなかった。もうサイラスの婚約者ではないのだからと、関わるのをやめようとした……)
けれど自分で変えるべき道もあったのだ。
(もし、機会があれば……)
メイベルはハウエルを見つめた。彼はそうだというように頷いた。
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