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29.腹の探り合い
王都近くのハウエルの屋敷に泊まり、そこでメイベルは舞踏会に向けてあれこれと準備することとなった。メイベルを最大限に美しくさせるためのドレスにアクセサリーが山のように用意されており、侍女がいつも以上に気合を入れて化粧していく。
メイベルはその間ずっと上の空であった。馬車でハウエルに言われたことがずっと頭から離れなかった。
(ハウエル様は何かしようとしているのかしら……)
だったら一体何を。そしてその時自分は何をすればいいのだろうか。
***
久しぶりの王宮。目も眩むような明るさと賑やかな喧騒に、メイベルは怯みそうになる。
(懐かしいっていうより、早く帰りたいって思ってしまうんだから、私も向いてないのよね……)
少し前までは自分の生きる世界はここだと思っていたのに……。人生とはつくづく何が起きるかわからない。
「――おお。メイベル!」
メイベルは思わずぎくりとした。イヴァン教皇が今だかつて見たことのない満面の笑みで出迎えてくれたからだ。
「お久しぶりです。猊下」
「メイベル。そんな堅苦しい挨拶はよしてくれ。ほら。もっと私の近くに寄りなさい」
断りたかったが、人の目もあるのでメイベルは渋々と彼の抱擁を受け入れた。
「おお、メイベル。そなたに酷い仕打ちをしたこと、どうか許しておくれ。私は陛下の弟である公爵閣下に逆らえなかったのだ。それがあんなことになるなんて……ああ、メイベル。おまえが生きていてくれて本当によかった」
(なんて、わざとらしい……)
心にもないないことを平然と言ってのける猊下にメイベルは今すぐにでも突き飛ばしてしまいたくなった。けれど相手はご老体であるし、そんなことをすれば、感動に包まれている雰囲気をぶち壊すことにも繋がるだろう。
(涙を拭っている人もいるし……本当に食えない人だわ)
大勢の人間がいる前でわざと自分の過ちを謝ったのだ。メイベルが許してくれるように。
「猊下。気になさらないで下さい。いきなり嫁がされて、賊に襲われかけましたけど……でもおかげで、私素晴らしい夫に出会えましたもの」
メイベルは抱擁を無理矢理解き、後方に控えているハウエルに微笑みかけた。彼は心得たように一歩前へ出て、華麗なお辞儀を披露した。
「初めまして。猊下。グランヴィル国の国境付近を治めていますハウエル・リーランドと申します」
「これはこれは……亡きお父上にそっくりだな」
イヴァン教皇は目を細め、さも懐かしそうな表情を作り上げた。対するハウエルも親しみ込めた眼差しで話しかける。
「はい。父が大変お世話になったそうで……覚えていられますか?」
イヴァン教皇は一瞬目を瞠ったものの、すぐに何もなかったように大きく頷いてみせた。
「もちろんだとも。若いのに優秀で……そうか。あのリーランド辺境伯のご子息がこんなに大きくなってメイベルと結婚とは。いやはや、人生何が起こるかわからないものだね」
(あなたが助けようとしなかった女性の息子でもあるんですよ……)
メイベルは教皇が今何を考えているのか、さっぱりわからなかった。それは不気味ともいえた。
「メイベル様のような素晴らしい方とご縁を結ばせてもらい、私は一生分の運を使い果たした気分でございます」
「はは……それはけっこうだ。どうか、幸せにしてやってくれ」
「はい。もちろんでございます」
流れるような会話。腹の中ではどう思っていようと、二人は決して表には出さない性分であった。
「メイベル。今日は楽しんでいきなさい。陛下もまた、お前たち二人の祝福を願っているだろうからね」
そう言うと教皇は、そばに控えていた司教を伴ってメイベルたちに別れを告げた。
「――意外とあっさり引き下がりましたね」
ハウエルの言葉に、メイベルはええと頷く。
「怖いくらいにね」
「私のそばを離れないようにして下さいね」
「まるで騎士のような台詞ね」
ふふとメイベルは笑った。緊張が少しだけほぐれる。
「そのドレス。とてもよくお似合いです」
体の線をはっきりと強調するドレスは、背が高く、すらりとした体つきのメイベルによく似合っていた。深みのある青もまた、彼女の好みにあっていた。
「私の見立てに狂いはありませんでしたね」
「このイヤリングやネックレスも?」
金と銀の宝飾品は、ハウエルを示すものだとメイベルは気づいた。
「ええ。貴女は私の妻ですから」
腰に手を回して耳元で囁くハウエルは、どこからどう見ても妻を愛する夫だ。
(相変わらず演技の上手いこと)
「あの、メイベルさま」
ちょっと調子が狂うなぁと思っていると、メイベルの前に淡い黄色のドレスを身にまとった小柄な女性が現れる。メイベルはすぐにお辞儀をした。
「お久しぶりです。シャーロット様」
「ええ。本当に。……お元気でしたか?」
隣のハウエルをちらりと見て、シャーロットはそう言った。たぶん、彼と結婚することになった様々な事情を込めた上で元気かどうか尋ねているのだろう。メイベルは大丈夫だというように微笑んだ。
「シャーロット様もお元気そうで……」
何よりです、と言い切るには彼女の顔は少しやつれていた。もともと小柄な体格であったが、さらに痩せたような気もする。
「お妃教育、大変そうね……」
メイベルがつい本音を漏らすと、シャーロットは動揺したように肩を揺らし、何度も瞬きを繰り返した。
(あ、やばいかも……)
「メイベル様。わたし……」
大きな目があっという間に涙で潤み、彼女は今にも声を上げて泣きそうであった。
「ここでは何ですから、部屋を移しましょうか」
それまで我慢してちょうだいとメイベルはシャーロットの腕に自分のを絡ませ、後ろに控えて居たハウエルに目をやった。
「ハウエル様はここにいらして」
「私もお供します。よからぬ噂にならないとも限りませんし」
メイベルはそっと周りを見渡し、人々が自分たちに注目していることに気づいた。王子の元婚約者と現婚約者。とんでもない脚本が彼らの頭の中で作り上げられているのかと思うとぞっとする。
「……そうね。あなたにも同伴お願いするわ」
かしこまりました、とハウエルはメイベルの内心を気遣うように口元に笑みを浮かべた。
メイベルはその間ずっと上の空であった。馬車でハウエルに言われたことがずっと頭から離れなかった。
(ハウエル様は何かしようとしているのかしら……)
だったら一体何を。そしてその時自分は何をすればいいのだろうか。
***
久しぶりの王宮。目も眩むような明るさと賑やかな喧騒に、メイベルは怯みそうになる。
(懐かしいっていうより、早く帰りたいって思ってしまうんだから、私も向いてないのよね……)
少し前までは自分の生きる世界はここだと思っていたのに……。人生とはつくづく何が起きるかわからない。
「――おお。メイベル!」
メイベルは思わずぎくりとした。イヴァン教皇が今だかつて見たことのない満面の笑みで出迎えてくれたからだ。
「お久しぶりです。猊下」
「メイベル。そんな堅苦しい挨拶はよしてくれ。ほら。もっと私の近くに寄りなさい」
断りたかったが、人の目もあるのでメイベルは渋々と彼の抱擁を受け入れた。
「おお、メイベル。そなたに酷い仕打ちをしたこと、どうか許しておくれ。私は陛下の弟である公爵閣下に逆らえなかったのだ。それがあんなことになるなんて……ああ、メイベル。おまえが生きていてくれて本当によかった」
(なんて、わざとらしい……)
心にもないないことを平然と言ってのける猊下にメイベルは今すぐにでも突き飛ばしてしまいたくなった。けれど相手はご老体であるし、そんなことをすれば、感動に包まれている雰囲気をぶち壊すことにも繋がるだろう。
(涙を拭っている人もいるし……本当に食えない人だわ)
大勢の人間がいる前でわざと自分の過ちを謝ったのだ。メイベルが許してくれるように。
「猊下。気になさらないで下さい。いきなり嫁がされて、賊に襲われかけましたけど……でもおかげで、私素晴らしい夫に出会えましたもの」
メイベルは抱擁を無理矢理解き、後方に控えているハウエルに微笑みかけた。彼は心得たように一歩前へ出て、華麗なお辞儀を披露した。
「初めまして。猊下。グランヴィル国の国境付近を治めていますハウエル・リーランドと申します」
「これはこれは……亡きお父上にそっくりだな」
イヴァン教皇は目を細め、さも懐かしそうな表情を作り上げた。対するハウエルも親しみ込めた眼差しで話しかける。
「はい。父が大変お世話になったそうで……覚えていられますか?」
イヴァン教皇は一瞬目を瞠ったものの、すぐに何もなかったように大きく頷いてみせた。
「もちろんだとも。若いのに優秀で……そうか。あのリーランド辺境伯のご子息がこんなに大きくなってメイベルと結婚とは。いやはや、人生何が起こるかわからないものだね」
(あなたが助けようとしなかった女性の息子でもあるんですよ……)
メイベルは教皇が今何を考えているのか、さっぱりわからなかった。それは不気味ともいえた。
「メイベル様のような素晴らしい方とご縁を結ばせてもらい、私は一生分の運を使い果たした気分でございます」
「はは……それはけっこうだ。どうか、幸せにしてやってくれ」
「はい。もちろんでございます」
流れるような会話。腹の中ではどう思っていようと、二人は決して表には出さない性分であった。
「メイベル。今日は楽しんでいきなさい。陛下もまた、お前たち二人の祝福を願っているだろうからね」
そう言うと教皇は、そばに控えていた司教を伴ってメイベルたちに別れを告げた。
「――意外とあっさり引き下がりましたね」
ハウエルの言葉に、メイベルはええと頷く。
「怖いくらいにね」
「私のそばを離れないようにして下さいね」
「まるで騎士のような台詞ね」
ふふとメイベルは笑った。緊張が少しだけほぐれる。
「そのドレス。とてもよくお似合いです」
体の線をはっきりと強調するドレスは、背が高く、すらりとした体つきのメイベルによく似合っていた。深みのある青もまた、彼女の好みにあっていた。
「私の見立てに狂いはありませんでしたね」
「このイヤリングやネックレスも?」
金と銀の宝飾品は、ハウエルを示すものだとメイベルは気づいた。
「ええ。貴女は私の妻ですから」
腰に手を回して耳元で囁くハウエルは、どこからどう見ても妻を愛する夫だ。
(相変わらず演技の上手いこと)
「あの、メイベルさま」
ちょっと調子が狂うなぁと思っていると、メイベルの前に淡い黄色のドレスを身にまとった小柄な女性が現れる。メイベルはすぐにお辞儀をした。
「お久しぶりです。シャーロット様」
「ええ。本当に。……お元気でしたか?」
隣のハウエルをちらりと見て、シャーロットはそう言った。たぶん、彼と結婚することになった様々な事情を込めた上で元気かどうか尋ねているのだろう。メイベルは大丈夫だというように微笑んだ。
「シャーロット様もお元気そうで……」
何よりです、と言い切るには彼女の顔は少しやつれていた。もともと小柄な体格であったが、さらに痩せたような気もする。
「お妃教育、大変そうね……」
メイベルがつい本音を漏らすと、シャーロットは動揺したように肩を揺らし、何度も瞬きを繰り返した。
(あ、やばいかも……)
「メイベル様。わたし……」
大きな目があっという間に涙で潤み、彼女は今にも声を上げて泣きそうであった。
「ここでは何ですから、部屋を移しましょうか」
それまで我慢してちょうだいとメイベルはシャーロットの腕に自分のを絡ませ、後ろに控えて居たハウエルに目をやった。
「ハウエル様はここにいらして」
「私もお供します。よからぬ噂にならないとも限りませんし」
メイベルはそっと周りを見渡し、人々が自分たちに注目していることに気づいた。王子の元婚約者と現婚約者。とんでもない脚本が彼らの頭の中で作り上げられているのかと思うとぞっとする。
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