【源次物語】最後の特攻隊員〜未来を生きる君へ〜

OURSKY

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〈初めての約束〉

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「そうだアルバムがあるんです! 確かタンスの上にあるんですけど……」

 突然の来訪者との話のタネに丁度いいと思ったのか、はたまた今は篠田が住んでいる父の部屋に入ったことにより思い出したのか、宮本純子すみこさんは……

 不安定な足台に上ってタンスの上に手を伸ばし、案の定バランスを崩してそのまま後ろに倒れてしまった。
 たまたま後ろにいて何とか背中を支えようと頑張った僕を下敷きにして……

バターン!!

「ご、ごめんなさい! 私、そそっかしくて……お怪我はありませんでしたか?」

「だ、大丈夫! 純子ちゃんは?」

「高田さんのおかげで大丈夫……です」

 振り向いた時の近すぎる顔の距離に戸惑いつつも、彼女に怪我がなかった事に安堵したその時……

「姉ちゃんに近寄るな!」

 ガラッと襖が開いたかと思うと、低学年位のメガネをかけた男の子が棒状の何かを持って飛び出してきた。

「な、何だい君?」

「僕の名前は宮本こうだ! 姉ちゃんは僕が守る! ええーい、ヤー!」

「待ちなさい! この人はみっちゃんの友達で……」

 制止の声も虚しく新聞紙で作ったらしき刀でパーンと思い切り頭を叩かれた。

 それなりに痛かったが紙の威力じゃ僕の石頭には効かなかったらしく……紙の刀は見るも無残に持ち手近くで折れていた。

「あ~俺の刀が~」

「高田さん、ごめんなさい~」

 どうやらチャンバラごっこが学校で流行っていて、宮本武蔵という同じ名字の剣術家に憧れて作った渾身の刀だったらしい。

「浩ちゃん? ちゃんと謝りなさい!」

「嫌だよ~こいつ姉ちゃんに触れて鼻の下伸ばしてたし!」

「そんなこと絶対にないから~」

 僕に断じてやましい気持ちはない。
 偶然とはいえ初めて触れてしまった女性の柔らかさに頭が真っ白になっていたのは認めるが……

「もう~本当にごめんなさい……この子は弟の浩で近くの神龍小学校の1年生なの。いのしし年生まれだからか猪突猛進な所があって……」

「じゃあ僕と同じだね! って篠田もか……よろしくねっ僕?」

「僕じゃなくて浩だい! 6月で7歳になる立派な小学生だい!」

 仁王立ちで踏ん反り返る少年の後ろで、篠田が質問という感じで手を挙げた。

「ちょっとええか? その篠田っての何やこそばいから……弘光ひろみつのヒロにしてもらえへん? そんで俺も、お前のこと源次って呼んでもええかな?」

「もちろんだよ! ヒ……ロ?」

 その後、1階に戻った僕達は夕食の日替わり定食を頂いた。
 全部美味しかったが里芋の煮物が特に格別で……

「美味しい……こんなに美味しい里芋の煮物、初めて食べたよ!」

「本当? それ私が作ったの! 自信がなかったから嬉しい!」

 目を輝かせて僕を見る純子ちゃんの笑顔にズギュンと心臓を撃ち抜かれた。

「ほ~この煮物、純子が作ったんか~後で腹壊すかもしれへんな」

「もう、光ちゃんは~すぐそう言う! 私が作った料理全然褒めてくれた事ないもんねっ、高田さんと大違い!」

「まあまあまあ」

 何とかなだめようと間に入る僕をよそに、浩くんはいつもの夫婦喧嘩が始まったという感じで気にしていなかった。

「ごちそうさまでした! 本当に美味しかったです」

 食事が終わり、席を立って頭を下げると……

「あら、お粗末様でした。またいつでも来て頂戴ね」

 厨房の奥から宮本家の母である静子おばさんの優しい声がした。

「はい! また来ます!」

 食堂を出ようとすると……

「ええ事思いついた! 今度の休みにお花見に行かへん? まだ咲いとる所もあるやろし」

「それいいわね~色々忙しくて今年まだ見に行けてないし」

「いいな~僕も行く!」

「だったら僕のアパートの近くにある神田明神でお花見しない?」

「神田明神? そう言えば行ったことないわ」

「賛成~私も行ったことないから楽しみ」

「ねえ、僕も一緒に行く!」

 1942年4月上旬……
 僕達は初めての約束をした。

 忍び寄る戦争の足音はまだ、僕達には余り届いていなかった。
 戦争が始まっていても戦いは遠い外国の地で、お花見もずっと毎年できるのだろうと当たり前のように思っていた。

 日本にとって初めての空襲の日が、確実に迫っていた事も知らずに……
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