淡紫の六畳半

那須与二

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インスタント

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ゆったりとした呼吸音だけが聞こえる、午前1時。
真っ白な薄いシャツだけに身を包んだ背中が目の前で上下する。



遠くで車のクラクションが鳴る。
すぐ下で酔っ払って騒ぐ人の声が耳に入る。



電気ストーブのオレンジ色の光が狭い室内を目一杯照らす。
寝返りをする目の前の背中とそのあしに毛布を巻取られそうになる。

頭の向きが変わる。
さっきまでその頭が乗っていた場所は酷く蒸れている。


頬をやさしくつまむ。

案の定、ゆっくりと開いた瞳と目が合う。


「あし、寒くない?」


少し不機嫌そうな顔と沈黙は保たれたままで、両足の隙間に左足が入ってきた。


「寒いんでしょ。」


布団から出て、立ち上がる。
押し入れに向かおうとすると布団を勢い良くひっくり返す音がした。

ぺたぺたと鳴る足音の行先は台所。

ゆっくりと着いていくと、小さな蛍光灯の下、真っ青な火の前でぼうっと立ち尽くす姿が見えた。



───少ししか中身を入れていないやかんはすぐに蒸気を出し始めた。

カフェインの匂いが香るインスタントの粉末を、用意された2人分のマグカップに入れてゆっくりとお湯を注ぐ。

ほわほわと立ち上がる湯気の向こうにはオレンジ色で照らされた眠そうな目があった。


「飲んだらなおさら眠れないよ。」

「それでいいよ。」


ベランダの窓を開けると冷たい風が頬をなぞった。
遠くで淡く光るネオンを眺めながらビル風に耳を傾ける。
ミルクココアの匂いとすぐ横のカフェラテの匂いが混ざりあい、ビル風に乗って飛んでいく。


「やっぱり寒いね。」


やっと帰ってきた答え。
視界が暗くなり、ミルクココアとほのかなカフェラテの味が混ざり合う。





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