ひろいひろわれ こいこわれ【完結済み】

九條 連

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第1章

第1話(4)

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「うっかりしちゃってすみません。もう、お昼過ぎちゃいましたね。病院の手続き、思ったより時間かかったから」

 言いながら、冷蔵庫に向かう。

「簡単なものでよければ、僕、作りますね。好き嫌いとかアレルギーとか、なにかありますか?」
 訊いたあとで、あ、と口許に手をやった。
「ご、ごめんなさい。わからない、ですよね?」
「いや」
 莉音の言葉に、男はすかさずかぶりを振った。
「たぶん大丈夫だ。そういうのはないと思う」

 その返答にホッとした。

「あ、それならよかったです。なにか希望はありますか? 洋食がいいとか、和食ならこんなのが食べてみたいとか」
「とくにはなにも。君にお任せする」
「わかりました。じゃあ、あるもので適当に」

 冷蔵庫を開けて、莉音は中を覗きこんだ。
 買い置きしてある材料をざっと見る。いろいろなことが重なって、最近はあまり食欲もなく、以前ほどに充実した食材は備蓄していない。そもそも、ひとりぶんではたかがしれているので、たいした材料はそろえていなかった。それでも気軽に外食したり、弁当や惣菜を頻繁に買う余裕はないので自炊を心がけていた。というよりも、莉音はもともと、料理の道に進もうと思っていた。将来の希望をそこに据えたのは、女手ひとつで育ててくれた母の影響があった。それもいまは、心許ない状態になりつつあるけれど……。

 メニューを決めた莉音は、必要な食材を取り出して調理にかかった。背中を向けて調理する姿を、男がじっと見ている気配がある。

「あの、退屈ですよね? 隣の部屋、テレビあるのでつけましょうか? できたら声かけますので、なんだったら、そっちの部屋でゆっくりしててもらって――」
「いや、ここでいい」

 居心地の悪さをおぼえて咄嗟に提案するも、あっさり却下されてそれ以上なにも言えなくなった。
 しかたなく意識を調理に向ける。やや緊張しつつも水を張った鍋に火をかけ、まな板の上でタマネギを切りはじめた。

「君は学生か?」
「あ、はい」

 唐突に背後から問われ、莉音は反射的に返事をしていた。答えてから、そうではなかったことに気づいてあわてて訂正を入れる。

「あ、じゃなくて、違います。その、いまは求職中です」
「求職中……」

 考えこむように言われて、『求職』という日本語は男の耳に馴染まなかっただろうかと思い至った。

「あ、え~とですね、求職っていうのは、いま、働き口を探し――」
「そうか。それは重ね重ね申し訳ないことをした」
 言われて、思わず振り返った。

「大変な時期に余計な厄介ごとまで背負わせることになってしまった。本当に申し訳ない」
「や、そんな」

 真摯な眼差しを向けられて、莉音のほうがあわてた。

「大変とかそういうのは全然ないんで、大丈夫です。ただ、仕事先を見つけるのに出かけたりはすると思うんですけど、そこだけ承知しておいてもらえたらいいかなって」
「わかった」

 実際のところ、ここしばらく職探しのために出歩くことが多かったが、思うように成果は上がらなかった。まもなく新年度を迎えるという中途半端な時期に加えて、ついこのあいだまでは普通の学生だった。それが急遽、学校を退学し、すぐにでも採用してもらえる就職口をといってもそう簡単には見つからない。
 えり好みしているつもりはなかったが、通っていたのが調理の専門学校で、これから二年に進級するというところで中退している。これといった資格も持たず、キャリアもないとあっては、新卒の学生ですら就職難の昨今、書類審査の段階で振り落とされ、面接にすらたどり着けないのが現状だった。なんとか面接まで漕ぎ着けたとしても、社会に出た経験もないうえに天涯孤独の身の上とあってか、色よい返事はことごとくもらえなかった。
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