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第7章
第3話
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ひさしぶりに訪れたヴィンセントのマンションで、莉音はその生活の荒み具合を目の当たりにして、やりきれない思いになった。
とりたてて散らかっているということもなく、一見したところ、以前と変わった様子はなにもないように見受けられる。だが、キッチンのゴミ箱にあったのはアルコールの缶や瓶ばかりで、冷蔵庫の中身も、総じてアルコール類やミネラルウォーターといった飲み物が目立ち、まともに食べられるものはなにひとつ入っていなかった。
莉音が以前買い置きしてあった食材は、生ものを除いてほぼそのまま放置されていた。
もうずっと、きちんとした食事を摂っていない。
早瀬の言ったことは本当だったのだと、胸が苦しくなった。
手早く室内を掃除して冷蔵庫の中身も片付け、早瀬に頼んでゴミをまとめてもらっているあいだに階下のスーパーに駆けこんだ。
掃除をしているあいだにおおよそのメニューは考えていたので、必要な食材を手早く買い求め、戻ってすぐに調理に取り掛かる。豆腐と山芋のグラタンをとりあえず二食ぶん作り、それからニンニクとネギ、手羽先を使ったスープも多めに作り置きした。
疲労回復の効果があって、胃腸にも優しいもの。
こんなことをすべきではないとわかっていても、ヴィンセントのここ最近の暮らしぶりを垣間見てしまったら、放っておくことなどとてもできなかった。せめて長旅の疲れが溜まっているだろう今夜だけでも、きちんとした食事を摂ってゆっくり休んでほしかった。
帰宅した彼が、ほんの束の間でもやすらげる時間を過ごせるように。そう願って調理し、部屋を整える。
自宅まで送るという早瀬の申し出を断って、莉音がヴィンセントのマンションを辞したのは昼過ぎのことだった。その際、早瀬を介してヴィンセントに合い鍵を返してもらおうと思ったのだが、いまの段階で自分が預かることはできないと断られてしまった。
ヴィンセントのマンションに通うことがなくなってからも、ずっと肌身離さず持ち歩いていたカードキーとシリンダー錠。携行しつづけていたのは、自宅が空き巣に入られたからだとか、そんな理由でないことは、だれより自分がいちばんわかっていた。
母とふたりで生きることに精一杯で、ずっと恋愛とは無縁のままこの歳まで来てしまった。ヴィンセントは生まれてはじめて本気で好きになった相手で、けれどもそれは、あまりに不毛で、最初から叶うはずもない恋だったのだと自嘲が漏れた。
駅で早瀬と会うまでは、帰宅して一旦仮眠をとり、午後からハローワークに出向くつもりでいた。だが、いまからあらためて自宅に帰る気にもなれない。コンビニでお茶とおにぎりを買って、気乗りしないままハローワークに向かった。ぼんやりとした気分のまま、時間ばかりが経過していく。結局、今日はただ足を運んだだけで、なんの成果も得られないまま閉庁時間を迎えた。
休憩の合間に食べるつもりでいたお茶とおにぎりにも、とうとう手をつけることはなく重い足取りで帰路につく。深夜のバイトからずっとなにも食べていなかったが、食欲も眠気もまるで感じなかった。
朝とおなじように、最寄り駅の改札を抜けて徒歩で自宅アパートに向かう。まもなく六時。ついこのあいだまで真っ暗だった時間帯なのに、空はまだ、うっすらと夕暮れの名残を留めていた。陽が長くなったな、と思った。その莉音の横に、スッと車が寄せられる。莉音はドキリとした。
朝、駅前で早瀬が待ちかまえていたこともあって一瞬身構えるが、おなじ高級車であっても、見覚えのない車だった。だが、車はなぜかそこで停車して、助手席のドアが開いた。
「佐倉莉音さん」
降りてきた男が唐突に莉音の名を呼んだ。
「乗ってください。お話があります」
どこかで聞いたような声と話し口調。それはすぐに、ある人物へと繋がった。
ヴィンセントの婚約者とともにいた男。
莉音の背筋を、冷たいものが滑り落ちた。
とりたてて散らかっているということもなく、一見したところ、以前と変わった様子はなにもないように見受けられる。だが、キッチンのゴミ箱にあったのはアルコールの缶や瓶ばかりで、冷蔵庫の中身も、総じてアルコール類やミネラルウォーターといった飲み物が目立ち、まともに食べられるものはなにひとつ入っていなかった。
莉音が以前買い置きしてあった食材は、生ものを除いてほぼそのまま放置されていた。
もうずっと、きちんとした食事を摂っていない。
早瀬の言ったことは本当だったのだと、胸が苦しくなった。
手早く室内を掃除して冷蔵庫の中身も片付け、早瀬に頼んでゴミをまとめてもらっているあいだに階下のスーパーに駆けこんだ。
掃除をしているあいだにおおよそのメニューは考えていたので、必要な食材を手早く買い求め、戻ってすぐに調理に取り掛かる。豆腐と山芋のグラタンをとりあえず二食ぶん作り、それからニンニクとネギ、手羽先を使ったスープも多めに作り置きした。
疲労回復の効果があって、胃腸にも優しいもの。
こんなことをすべきではないとわかっていても、ヴィンセントのここ最近の暮らしぶりを垣間見てしまったら、放っておくことなどとてもできなかった。せめて長旅の疲れが溜まっているだろう今夜だけでも、きちんとした食事を摂ってゆっくり休んでほしかった。
帰宅した彼が、ほんの束の間でもやすらげる時間を過ごせるように。そう願って調理し、部屋を整える。
自宅まで送るという早瀬の申し出を断って、莉音がヴィンセントのマンションを辞したのは昼過ぎのことだった。その際、早瀬を介してヴィンセントに合い鍵を返してもらおうと思ったのだが、いまの段階で自分が預かることはできないと断られてしまった。
ヴィンセントのマンションに通うことがなくなってからも、ずっと肌身離さず持ち歩いていたカードキーとシリンダー錠。携行しつづけていたのは、自宅が空き巣に入られたからだとか、そんな理由でないことは、だれより自分がいちばんわかっていた。
母とふたりで生きることに精一杯で、ずっと恋愛とは無縁のままこの歳まで来てしまった。ヴィンセントは生まれてはじめて本気で好きになった相手で、けれどもそれは、あまりに不毛で、最初から叶うはずもない恋だったのだと自嘲が漏れた。
駅で早瀬と会うまでは、帰宅して一旦仮眠をとり、午後からハローワークに出向くつもりでいた。だが、いまからあらためて自宅に帰る気にもなれない。コンビニでお茶とおにぎりを買って、気乗りしないままハローワークに向かった。ぼんやりとした気分のまま、時間ばかりが経過していく。結局、今日はただ足を運んだだけで、なんの成果も得られないまま閉庁時間を迎えた。
休憩の合間に食べるつもりでいたお茶とおにぎりにも、とうとう手をつけることはなく重い足取りで帰路につく。深夜のバイトからずっとなにも食べていなかったが、食欲も眠気もまるで感じなかった。
朝とおなじように、最寄り駅の改札を抜けて徒歩で自宅アパートに向かう。まもなく六時。ついこのあいだまで真っ暗だった時間帯なのに、空はまだ、うっすらと夕暮れの名残を留めていた。陽が長くなったな、と思った。その莉音の横に、スッと車が寄せられる。莉音はドキリとした。
朝、駅前で早瀬が待ちかまえていたこともあって一瞬身構えるが、おなじ高級車であっても、見覚えのない車だった。だが、車はなぜかそこで停車して、助手席のドアが開いた。
「佐倉莉音さん」
降りてきた男が唐突に莉音の名を呼んだ。
「乗ってください。お話があります」
どこかで聞いたような声と話し口調。それはすぐに、ある人物へと繋がった。
ヴィンセントの婚約者とともにいた男。
莉音の背筋を、冷たいものが滑り落ちた。
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