72 / 93
第9章
(7)
しおりを挟む
「いまさら隠すことではないので正直に白状すると、空き巣の事件があってから、アパートの周辺には監視をつけて、不審な者が出入りする様子がないかを確認させていた。それから万一のことを考えて、莉音の携帯のGPS機能を使って位置確認ができるよう設定もしておいた。今日のホテルのことも、それでわかった。だが、莉音を攫おうとした男が現れたあのとき、私の携帯には別の人間から電話がかかってきていて、監視役からの報告をすぐに受けることができなかった」
電話の相手は、シャーロットだったのだとヴィンセントは打ち明けた。
「レナードが亡くなって以降、一族が混乱状態にあるにもかかわらず、私が帰国したのは葬儀のときだけで、ずっと知らん顔をしているのが気に入らないと言ってね。アメリカにはいつ戻ってくる気なのだと責められた」
莉音は途端に、胸が苦しくなって俯いた。そんな莉音の手を、ヴィンセントは握りしめた。
「莉音、彼女のことを黙っていて悪かった。だが、正式に婚約していたわけではなかったんだ」
言い訳のようで見苦しくて申し訳ないと詫びたうえで、ヴィンセントは事情を説明した。自分とシャーロットとの結婚話は、レナードが望んだことだったのだと。
「レナードは孫娘のシャーロットをことのほか溺愛していてね。彼女の婿になる人間は、自分の眼鏡にかなった男でなければ絶対に許さないとつねづね豪語していた。そのレナードが心臓発作を起こしてはじめて倒れたとき、シャーロットのことをくれぐれもよろしく頼むと手を取ったのが私だった」
まだ学生だったヴィンセントに、事業の立ち上げ資金として莫大な金を見返りも求めず出資したくらいなのだ。レナードは最初から、彼の資質を見込んでいたのだろう。
「入院先の病室でのことで、これまでにないほど弱っている相手をまえに、了承する以外の選択肢はなかった。シャーロットはそのときまだ高校生だったし、私自身も起業してまもないころで、とにかく事業を軌道に乗せることに必死で、ほかのことにかまける余裕はまったくない時期だった」
レナードの口からシャーロットとの結婚話が出たのはそのときかぎりのことで、それ以降、その話題がのぼることもなくしばらくは過ぎていったという。
「この話が蒸し返されたのは、それから数年後のことだった。年齢とともにレナードも体調を損ねることが増え、気持ちの面でも弱くなったんだろう。シャーロットを任せられるのは、やはりおまえしかいないと言われてね。けれども私には、日本に進出したいという強い希望があって、それを叶えるために手を尽くしている最中だった。とてもそれどころではなかったし、彼女と結婚するつもりもなかった。だからそのときも、シャーロットならほかに、もっといい相手がいるだろうと躱して、その意志はないことを婉曲に伝えた」
やはり恩義ある相手にきっぱり断ることは躊躇われたし、心臓に負担をかけるようなことはしたくなかったのだという。
レナードも、ヴィンセントの態度から察するものがあったのだろう。折りにつけ、その後気が変わるようなことはないかと尋ねてきたが、あまり強く話を勧めてくることはなくなったという。
「でも……」
ヴィンセントの話を聞きながら、莉音はポツリと呟いた。
「でもシャーロットさんは、アルフさんのことが好きなんだと思います」
「そうだな」
莉音の手を握りしめたまま、ヴィンセントは同意した。
「それは私もわかってる。彼女の気持ちには気づいていた。レナードもおそらくはそれを知っていて、だからいつまでも、私の気は変わらないかと繰り返し尋ねてきたのだろう」
孫娘の幸せを願う一方で、レナードはヴィンセントの気持ちもきちんと尊重し、自分の立場を利用して無理を強いることはしなかった。自分の祖父であったという人物は、そういう人だったのだと、莉音はその人間性を垣間見た気がした。
電話の相手は、シャーロットだったのだとヴィンセントは打ち明けた。
「レナードが亡くなって以降、一族が混乱状態にあるにもかかわらず、私が帰国したのは葬儀のときだけで、ずっと知らん顔をしているのが気に入らないと言ってね。アメリカにはいつ戻ってくる気なのだと責められた」
莉音は途端に、胸が苦しくなって俯いた。そんな莉音の手を、ヴィンセントは握りしめた。
「莉音、彼女のことを黙っていて悪かった。だが、正式に婚約していたわけではなかったんだ」
言い訳のようで見苦しくて申し訳ないと詫びたうえで、ヴィンセントは事情を説明した。自分とシャーロットとの結婚話は、レナードが望んだことだったのだと。
「レナードは孫娘のシャーロットをことのほか溺愛していてね。彼女の婿になる人間は、自分の眼鏡にかなった男でなければ絶対に許さないとつねづね豪語していた。そのレナードが心臓発作を起こしてはじめて倒れたとき、シャーロットのことをくれぐれもよろしく頼むと手を取ったのが私だった」
まだ学生だったヴィンセントに、事業の立ち上げ資金として莫大な金を見返りも求めず出資したくらいなのだ。レナードは最初から、彼の資質を見込んでいたのだろう。
「入院先の病室でのことで、これまでにないほど弱っている相手をまえに、了承する以外の選択肢はなかった。シャーロットはそのときまだ高校生だったし、私自身も起業してまもないころで、とにかく事業を軌道に乗せることに必死で、ほかのことにかまける余裕はまったくない時期だった」
レナードの口からシャーロットとの結婚話が出たのはそのときかぎりのことで、それ以降、その話題がのぼることもなくしばらくは過ぎていったという。
「この話が蒸し返されたのは、それから数年後のことだった。年齢とともにレナードも体調を損ねることが増え、気持ちの面でも弱くなったんだろう。シャーロットを任せられるのは、やはりおまえしかいないと言われてね。けれども私には、日本に進出したいという強い希望があって、それを叶えるために手を尽くしている最中だった。とてもそれどころではなかったし、彼女と結婚するつもりもなかった。だからそのときも、シャーロットならほかに、もっといい相手がいるだろうと躱して、その意志はないことを婉曲に伝えた」
やはり恩義ある相手にきっぱり断ることは躊躇われたし、心臓に負担をかけるようなことはしたくなかったのだという。
レナードも、ヴィンセントの態度から察するものがあったのだろう。折りにつけ、その後気が変わるようなことはないかと尋ねてきたが、あまり強く話を勧めてくることはなくなったという。
「でも……」
ヴィンセントの話を聞きながら、莉音はポツリと呟いた。
「でもシャーロットさんは、アルフさんのことが好きなんだと思います」
「そうだな」
莉音の手を握りしめたまま、ヴィンセントは同意した。
「それは私もわかってる。彼女の気持ちには気づいていた。レナードもおそらくはそれを知っていて、だからいつまでも、私の気は変わらないかと繰り返し尋ねてきたのだろう」
孫娘の幸せを願う一方で、レナードはヴィンセントの気持ちもきちんと尊重し、自分の立場を利用して無理を強いることはしなかった。自分の祖父であったという人物は、そういう人だったのだと、莉音はその人間性を垣間見た気がした。
33
あなたにおすすめの小説
ひろいひろわれ こいこわれ ~華燭~
九條 連
BL
さまざまな問題を乗り越え、ヴィンセントの許で穏やかな日常を送る莉音に、ある日、1通のハガキが届く。
それは、母の新盆に合わせて上京する旨を記した、父方の祖父母からの報せだった。
遠く離れた九州の地に住む祖父母の来訪を歓迎する莉音とヴィンセントだったが、ふたりの関係を祖父に知られてしまったことをきっかけに事態は急変する。
莉音と祖父、そして莉音とヴィンセントのあいだにも暗雲が立ちこめ――
『ひろいひろわれ こいこわれ』続編
アルカナの英雄は死神皇子に嫁ぐ
霖
BL
難攻不落と言われたアルカナ砦を攻略し、帝都に名が届くほどの軍功を上げた辺境国王の庶子リセル。しかし英雄として凱旋したリセルを待ち受けていたのは、帝国の第三皇子ジュノビオの不可解な求婚だった。
実直皇子×お人好し美人
※ほかのサイトにも同時に投稿しています。
肩甲骨に薔薇の種(アルファポリス版・完結済)
おにぎり1000米
BL
エンジニアの三波朋晴はモデルに間違われることもある美形のオメガだが、学生の頃から誰とも固定した関係を持つことができないでいる。しかしとあるきっかけで年上のベータ、佐枝峡と出会い、好意をもつが…
*オメガバース(独自設定あり)ベータ×オメガ 年齢差カプ
*『まばゆいほどに深い闇』の脇キャラによるスピンオフなので、キャラクターがかぶります。本編+後日談。他サイト掲載作品の改稿修正版につきアルファポリス版としましたが、内容はあまり変わりません。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
囚われ王子の幸福な再婚
高菜あやめ
BL
【理知的美形王子×痛みを知らない異能王子】
触れた人の痛みは感じても、自分の痛みに気づけない──そんな異能を持つ王子カシュアは、政略結婚で嫁いだ異国で幽閉され、四年間忘れられていた。
彼が再び人前に姿を現したのは、クーデターの混乱のさなか。そして、存在を持て余された末、次期宰相である王子との再婚が決まる。
冷静で無口な王子が、なぜかカシュアにだけは優しいのは、かつて彼が妖精物語に恋をした少年だったから――不器用な王子とともに、愛をたしかめ合うストーリー。※2025/11/26第三部スタート
辺境の酒場で育った少年が、美貌の伯爵にとろけるほど愛されるまで
月ノ江リオ
BL
◆ウィリアム邸でのひだまり家族な子育て編 始動。不器用な父と、懐いた子どもと愛される十五歳の青年と……な第二部追加◆断章は残酷描写があるので、ご注意ください◆
辺境の酒場で育った十三歳の少年ノアは、八歳年上の若き伯爵ユリウスに見初められ肌を重ねる。
けれど、それは一時の戯れに過ぎなかった。
孤独を抱えた伯爵は女性関係において奔放でありながら、幼い息子を育てる父でもあった。
年齢差、身分差、そして心の距離。
不安定だった二人の関係は年月を経て、やがて蜜月へと移り変わり、交差していく想いは複雑な運命の糸をも巻き込んでいく。
催眠術をかけたら幼馴染の愛が激重すぎる⁉
モト
BL
魔法が使えない主人公リュリュ。
ある日、幼馴染で庭師の息子のセスが自分をハメようと企てていることを知る。
自分の身の危険を回避する為に、魔法が使えなくても出来る術、催眠術をセスにかけた。
異常に効果が効きすぎてしまって、おぉお!? 俺のことをキレイだと褒めて褒めて好き好き言いまくって溺愛してくる。無口で無表情はどうした!? セスはそんな人間じゃないだろう!?
と人格まで催眠術にかかって変わる話だけど、本当のところは……。
2023に『幼馴染に催眠術をかけたら溺愛されまくちゃった⁉』で掲載しておりましたが、全体を改稿し、あまりに内容変更が多いのでアップし直しました。
改稿前とストーリーがやや異なっています。ムーンライトノベルズでも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる