黒曜のトンファー

真朱マロ

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黒曜のトンファー

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「お前、騎士なのに変わってるよなぁ」

 そんなあきれた声に、私は肩をすくめるしかない。
 一日の仕事を終えた宿舎でくつろいでいるのだが、同僚はすっかり酔っ払っているらしい。
 酒が入るまでは気がよくて余計なことは言わないのに、酔うと日ごろから思っていることをくどくどと繰り返し始める。
 困ったものだが、部屋に帰るタイミングを逃してしまった。

 少しぐらいは相手にしないと、こいつは部屋まで追いかけてくる。
 以前、適当にあしらって自室に逃げたら、扉をドンドンと激しく叩いて他の者にも迷惑をかけてしまったことを思い出し、肩をすくめる。
 日中に大きな戦闘を終えた後なので、それは迷惑極まりない行為だ。
 正直うっとうしいが、邪険にしても明日は忘れているだろう。
 厄介なのに捕まってしまった。

「すでに騎士ではないよ。お前たちの仲間だから」

 騎士の称号は得ていても辺境自治区にいる間は、騎士特権は据え置きになっている。
 仕事のほとんどは魔物退治で、ギルドに雇われた者とやっていることが変わらない。
 それに貧乏小国だから辺境まで予算が回らず、経費の半分を自分たちの活動で賄っているから、消耗するだけの雇われ戦闘員だ。
 中央に戻れば特権も回復するが、辺境自治区の討伐隊を指揮権すらないので騎士崩れと変わらず、望んで来るのは私のような訳ありや戦闘狂ぐらいだろう。

「騎士に違いはないだろ? 女だてらにこんな辺境までご苦労なこった」
「変わっているのが欲しかったんだろう? 嫌ならいつでも言ってくれ」

 気持ち良く酔っている同僚の軽口は、針のようにチクチクとイヤなところを突いてくる。
 中央で学び積み重ねた経験も正統派の剣術も戦術も、ここでは役に立たないから軽んじてくるその空気が神経に触って仕方ない。
 人そのものをあまり見ない辺境では、武器も肩書も身分も意味を持たないから、毛色の変わった相手に絡みたくなるのだろうが迷惑だった。

 私は手にした愛用のトンファーを布で磨きながら、その黒々とした冷たい輝きに目を細める。
 これが一番変わっていると自覚はある。
 どれほど私にとって大切なものでも、剣や弓ほどなじみがない武器だ。

 わかっている。
 これは騎士が扱う得物ではない。
 打撃だけではなく楯にもなるから体術さえ身につけていると役立つが、確実に接近戦になるから魔物相手には効率が悪く、使う者が少ないから私には師すらいない。
 なにより性別は変えようがなく、ザックリまとめただけの艶の失せた赤毛も、筋肉の厚みが薄い女の身体も、戦いを生業にする彼らにとっては目障りなのだろう。
 酔いが深くなったのかウザがらみが続くので、いい加減面倒になり「いつでも出ていく」と笑ってやったら、さすがに同僚はあわてた顔になった。

「おいおい、文句なんてないぜ。美人だし、金にはなるし、なにより強い。おまえの風変わりは大歓迎なんだ」
「なら、ゴチャゴチャ言わないでくれ。ぶん殴られたいのか?」

 スッと右手にトンファーを構えると、同僚の顔色が青くなった。
 震える声で「よせよ」と絞り出すと、わかりやすく動揺しながら席を立った。
 椅子にぶつかりながら「酔っ払いすぎたから寝るわ~」と小走りで逃げていく背中に、やれやれと私はため息をひとつ落とした。

「父上、母上」

 手の中のトンファーをそっと指先でなぞる。
 騎士の身には、不似合いな武器ではあるけれど。
 黒曜石のように黒々と輝くそれは、世界に一つしかない対の武器。

 美しいそれは、私の異質な能力の証。
 父は名のある騎士で、母は高位の魔術師だった。
 誰に私が似たのかはわからないけれど、神の力の一端を宿すとうたわれる「古い血」を受け継いでいるのは確かだ。

 生まれつき自分が変わっていることに、もっと早く気がついていたなら、こんなところにいないのだ。
 私は対象を選ばずなんでもレア・アイテムに変える力があるので、戦った魔物すら活動費になると同僚たちは喜んでいるけれど、神の祝福と呼ぶには呪われた異能だった。

 私が幼いころ。物心がついて少しぐらいだったか。
 周囲すべてを変質させる私の異能が開花した。

 目に入るすべてを物質に変える驚異の力。
 使いこなせない能力など、厄災に等しい。

 あまりに大きすぎて制御できずあふれだしたとき、両親は自分たちの身体を盾にして押さえこんだ。
 世界を変えようとする私の力のすべてをその身に受けて、世にも美しい黒曜のトンファーへと両親はその身を変えた。
 その時から異能が解放されるのは、トンファーを使う時だけに限定された。
 無秩序に命を奪うことなく人に仇なす存在だけに解放され、私のすすむべき道を光のように照らしてくれる。

 力の使い方を誤れば魔物と変わらない私を、二人がこの世界で人として生かしてくれる。
 命を賭してまで「生きろ」と告げたその想いは、炎のように私の中でいつまでも燃えていた。
 なにより、この世界で生を営む力弱い人のために、力を尽くした両親は私の誇りなのだ。

 右手は父で、左手は母。
 戦う力と護る力を宿した、唯一無二の存在。
 大切なふたりの命が、私自身を制御するための代償ならば。

 父上、母上。共に生きましょう。
 あなた方の生きざまに恥じぬ戦いを、私のこの命が果てるまで。
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