あたしのアイツは勇者さま

真朱マロ

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おわり

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 祈りが届いたのだろうか。
 月の、綺麗な夜だった。

 天気も良かったので庭に石で竈を作り、網を置いて魚や野菜を焼いていた。
 星空を見ながらの夕食は、子供たちも大好きなメニューのひとつなのだ。
 食べごろなものを見計らって、子供たちの皿にポイポイと放り込んでいたら、不意に後ろから声が響いた。

「うまそうだな、俺も食っていいか?」

 身を震わせるような衝撃に打たれて振り向くと、会いたくて会いたくてたまらなかったアイツがいた。
 ずいぶんとくたびれた様子で、服も顔も汚れていたが、笑顔のキラキラ具合は数倍増している。
 別れた時より背も伸びて、力強い腕になって、がっしりと戦い慣れた体つきだったけれど、そこにいるのは間違いなくあたしのウォーレンだった。
 立ち上がって駆けだす前に、からかうようにアイツは子供たちを指さした。

「なんだ、浮気か?」
「そんな訳、あるかー!」

 イラッとしたので小さな火球を投げつけると、片手を振って簡単に消したウォーレンはハハハと悪びれずに笑った。
 なにもなかったように「お土産だ」と途中で捕まえたらしい野鳥を差し出してくるので、プイと横を向いて「ちゃんとさばいてお肉にして」と言えば、ハイハイとうなずかれた。
 子供たちはキョトンとしていたけれど、あたしとウォーレンを見るその眼がなぜか生ぬるい。
 
「他の人たちは?」
「さぁ? そのうち帰ってくるだろ」

 ウォーレン以外の姿がどこにもなかったので、もしかして魔王との戦闘で……と不安になって尋ねたら、ケガ人以外は帰路についているはずだと言った。
 ウォーレンは魔王を倒してから、ほぼ不眠不休でこの村に向かって走っていたそうだ。
 10年かかった距離を半年で走破するって、普通じゃない。
 何様だよ、と思ったけれど、勇者さまだった。

 祝賀会だのパレードだの、そういう面倒くさいものはすべて村長に丸投げして、とりあえずあたしからのハグが欲しかったと両手を広げるので、あきれながらその腕の中に飛び込んだ。

 温かい腕に抱きしめられ、幸せをかみしめる。
 そして、その胸を軽く叩いて腕を緩めてもらうと、右や左を向いて見ないふりをしている子供たちに手を伸ばした。

 おいで、と言えば、おずおずと三人は近づいてくる。
 距離感を測りかねて手が触れる寸前で立ち止まる子供たちを、ウォーレンとあたしは抱き上げた。
 ダンとティナはウォーレンが、ルイはあたしが、抱き上げて身を寄せる。
 一緒に暮らし始めたきっかけなんて、不幸な偶然だけど。

「あたしの大切な宝物を紹介するわ」

 簡単に事情を説明する間も、ぎゅうっと抱きしめ合う、小さなぬくもりが愛しい。
 キーラらしいと言いたげな、優しいウォーレンの眼差しも嬉しい。
 胸がいっぱいで、なぜか泣きたくなった。

「おかえり、ウォーレン」
「ただいま」

 ポロリとこぼれ落ちた涙を見ないふりして、長い抱擁に身をゆだねるあたしたちを、銀色の明るい月だけが見降ろしていた。



【 おわり 】




ありま氷炎様の「第八回月餅企画」になろうとノベルアップで参加しています。
ステキな企画をありがとうございますー!

テーマお題は「希望」という言葉を使うこと。
なろうさんや他サイトにもかかわる大きな企画ですから、ドキドキしています。
本当に締切りギリギリになってしまいましたが、楽しんでいただけると幸いです。


【容姿】

キーラ …… 赤毛の長髪 赤瞳。目鼻立ちのハッキリした気の強そうな顔立ち。
       背丈は普通だけど、体形のメリハリもはっきりしている。

ウォーレン …… 金髪 緑目。背は高めで、骨格もしっかりしている。
         黙っていれば凛々しいけど、キーラの前では温和。
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