稀代の悪女に名を連ね

真朱マロ

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そのさん 婚約者候補

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 17歳になったラヴィニアは、順調に悪女の道を突き進んでいた。
 正しく言うと、周囲の思惑や誘導で出来上がった「ラヴィニア悪女街道」を、まっすぐに突き進むしかなかった。
 もちろん、ラヴィニア自身の希望は、これっぽっちも含まれていない。

 同年代の少女は思考が幼すぎて友達は出来なかったけれど、その親世代の茶会に呼ばれることが多く、失敗狙いの不手際を仕掛けられたら、完璧なマナーで返り討ちにした。
 宰相補佐である父親の後妻を狙う淑女や未亡人に呼ばれたら、亡き母に瓜二つの美貌を磨き上げて見せつけ、父本人や使用人から集めた母とのラブラブ想い出エピソードをぶつけて潰しておいた。
 ボンキュッボンの音がでそうな発育の良さに「傾国のラヴィニア」の逸話を持ち出し、不埒な振る舞いを仕掛けてきた輩がいれば、自家の騎士団で学んだ護身術でボコボコにしたうえで、王国騎士団に相手のお家事情も垂れ込み再起不能まで追い込んだ。
 ラヴィニア自身では対処できない事があっても、武勇に優れた護衛騎士と忠実な侍女が常に後ろに控えている。
 それに娘を溺愛する父侯爵が色々と手を回して対処するから、ほぼ無敵状態であった。

 上手く立ち回れなかったのは、婚約事情である。
 王家からの打診で、3人いる婚約者候補のひとりになってしまったのだ。
 公爵家・侯爵家といった上位貴族の中に、年頃の娘は三人しかいない。
 10歳やそこらで王妃の資質が見極められるはずもなく、能力の未発達な幼少期にたった一人を選ぶのは愚行である。
 複数の候補の中から優れた令嬢を王妃に据えたいと望むのは、王家としても致し方ない事なのだった。

 もちろん候補に入る事すら「断る!」と父は抵抗した。
 ラヴィニア自身も不敬ギリギリの率直な言葉で辞退した。
 なにしろ侯爵家の唯一の跡取り娘であるから、王太子妃の立場など降ってわいた災難でしかない。

 けれど、ラヴィニア以上に王太子妃の資質のある令嬢はいなかった。
 歴代のラヴィニアの名を持つ者同様に、立ち回りが上手く、目もくらむような美少女で、記憶力もずば抜けた令嬢とくれば、名前を外すのは大いなる損失である。

 妥協として、三人の令嬢に同等の教育を18歳まで施し、その中から総合的に優れた者を王太子妃にすると、王命が下された。
 もちろん教育の費用は王族持ちで、公務に関する支出も王族持ちで、公的な社交も王太子との交流も三人平等に行うこととなった。
 
 そんな決定にラヴィニアの父がごねてごねてごねまくった結果、王太子妃から外れた令嬢は婚姻相手選択の自由が認められた。
 通常であれば王家の許可がなければ貴族は結婚できないが、特例として伴侶がどこの誰であろうと許可される。
 もし、自身で見つけられなかった場合は、王家主導でその令嬢にふさわしい相手を斡旋すると明記された契約書が交わされた。
 なにしろ18歳まで他の縁を探すことができないのだ。
 侯爵家の跡継ぎの伴侶を探すとなると、時期を失うどころか致命的である。
 
 ラヴィニア自身も降ってわいた災害のように思っていたが、幸い当事者である王太子は色々とわきまえていた。
 ドラクロワ侯爵家の事情をくみ取って、ふたりきりの時に「心配せずとも次期侯爵として支えてほしい」と王太子妃から外す意向を、そっとラヴィニアに耳打ちしするような人物だった。
 その理由を尋ねたところ、内緒話として語った理由によると、不埒な行いを仕掛けた貴公子を投げ飛ばしハイヒールで大事なところを踏みにじる現場を見てしまい、それから閨事の相手として考えられなくなったそうだ。
 見た目が華奢で可憐な庇護欲をそそる美麗な令嬢なので、荒々しい行動が悪い方向で心に刻まれたらしい。

 ラヴィニアを外す意思があってもそこはうまく隠して、王太子は妃候補となった三人の令嬢と平等に接し、穏やかな人柄で周囲の声も良く聞き、側近に選ぶのも家格を見ず能力で取り立てた。
 それでいて他人の妬み嫉みにも敏感なのか、側近から外れた家格の高いものも重要な役割を与えて徴用し、驕りを感じれば遠慮なくたしなめた。
 婚約者選定に不満を隠さないラヴィニアの父ですら、賢王の素質を感じると声にする人物である。

 ただ、それが幸いに転がるかといえば、そうでもなかった。
 華やかな容姿を持ち資質に優れた麗しの金髪碧眼王太子とくれば、他の候補令嬢の意欲と対抗心は過熱する。
「自分こそが」と燃える候補者ふたりの姿を横目に、ひとり冷めているラヴィニアは候補者の中でも浮いていた。

 最初から辞退を申し出ているラヴィニアは、王太子簒奪戦に対してまったくもって興味がなく、費用は王家持ちで高名な師が施す最先端の教育を受けられるから、解放されるまで我慢しよう、程度の意識でいる。
 その達観した態度が余計に他の候補者の神経をささくれさせ、小さな嫌がらせや棘のある態度は常態化していくのは理不尽な災難であった。

「ラヴィニア、もし困ったことが起こりそうならば、貴女の父君に相談してほしい」

 心配して王太子がそっと声をかけるほどに、他の二人の候補の戦いは白熱していた。
 王太子自身に、と言わないところが気が利いていて、よけいな巻き込まれを避ける最善だとラヴィニアはうなずいた。
 気の回る王太子の許しをもらったので、悪鬼のような形相で「だから辞退しているのに!」と国王への怨嗟を叫びつつ、父は魔術師を一人、護衛として追加手配した。

 偶然、その年若い魔術師がエルダリオンだったので、ラヴィニアは胸をときめかせた。
 庭園の出会いから、素朴な木綿のハンカチはラヴィニアの御守りなのである。
 王城内ですれ違うことが稀にあるが、あいさつ程度で雑談すらしない。
 当たり前だが、自家の護衛や侍女がいるので二人きりで話すことはできないが、護衛となると存在がすぐ側にある。

 ふとした瞬間に、目を合わせて声を聞ける幸せが、胸を温めていく。
 王城の中での移動と自宅への往復への付き添いは頻繁で、その手間を申し訳なく思いつつも、大人になったエルダリオンも出会った時と同じ暖かな眼差しをしていたから、馬車への乗車で手を支えられる度に離れがたく思った。
 もちろん思うだけで、今のラヴィニアは王太子の婚約者候補なので、態度にも表情にも出さず、穏やかに微笑むだけである。

 候補者選定の学習も一年を切ると、婚約者同士の争いは激化した。
 加熱する二人がラヴィニアも当事者と意識していることを王太子は懸念して、自身の近衛から護衛として騎士を三人平等に付けたほどだ。

 王の意向はともかく、この頃には王太子も婚約者候補の中からの選定を諦めていて、婚約の候補解消を言い出すかタイミングを見計らっていたが、解消する前に死人が出るのは好ましくない。
 ただそれだけだったのだが、護衛という名の近衛騎士たちは良く連携し、不幸な事故をいくつも防いだが、働きが良すぎて婚約者候補二人の犯罪まで暴いてしまった。
 相手を追い落とすための工作だが、出どころの怪しい薬や非合法の組織に繋がるものまで出てきて、大捕物が起こってしまった。

 結果、困ったのはラヴィニアである。
 唯一の王太子妃候補になってしまった。

 当然、国王は喜んだ。
 ラヴィニアの聡明さと美貌を王家の物に出来るからだ。
 なにより、歴史上の悪女であるラヴィニアとは違い、ドラクロワ侯爵令嬢であるラヴィニアは清廉な気質をしている。
 王妃になれば国が富むこと間違いなしだと、間違えようのない確信があった。

 頭を抱えたのは王太子だ。
 ラヴィニアの事は好ましく思っているが、それは親友であり戦友に対する好ましさで、お互いに婚約解消を前提に協力し合ってきたのだ。
 国王の跡継ぎと、侯爵家の跡継ぎ。お互いの背負う重さを知っていたから、良好な関係を築けていたのに、夫婦となると話が違いすぎて仲がこじれる確信があった。
 なにより、ドラクロワ侯爵はフットワーク軽く動けるからという理由で宰相補佐の位置に居るが、宰相よりも貴族間の動向を掌握しているので、敵に回すと厄介なのだ。
 次代の侯爵を王家に差し出すことはできないという辞退の理由も納得のいくもので、国王がなぜラヴィニアに固執するのか王太子には少しも理解できなかった。

 と、いうことで王太子は、エルダリオンを呼び出した。
 愛娘を大好きすぎるドラクロワ侯爵が、名指しで護衛に付けるほどの魔術師なのだ。
 おまけに、個人的に呼び出してちょいちょいと厄介ごとを丸投げして、魔物退治や大捕物で手柄を立てさせている。
 便利な道具か最終兵器扱いなのかはわからないが、ドラクロワ侯爵のお気に入り。
 その程度の認識だったが、貴族と違う意味で一癖ある青年と対話して、ははーんと王太子は呆れた顔になった。
 エルダリオンに対して呆れたわけではなく、ドラクロワ侯爵が着々と準備を進めていた狙いに気が付いたのだ。
 すでにエルダリオンが解決した事象は数多く、褒賞を与えねばおかしいほどに膨らんでいる。
 地位と権力を持つ者が一押しすれば、英雄に引き上げるのも簡単だ。
 これは、知らぬは本人ばかりなり、というやつだろう。

「きみ、エルダリオンと言ったね。侯爵に伝えてくれ、貴方の思惑に私も乗る、と」
「そのまんま伝えますから、取引は当事者同士でお願いできますか?」

 行ったり来たりの伝言ゲームは性に合わないとばかりに、抜け抜けと言い放ったエルダリオンに、王太子は「図太いな」とほがらかに笑った。
 そしてひとしきり笑った後で、楽しげに瞳を緩める。
 
「確かにその方が早い。エルダリオン、きみ、転移は得意か?」
「飛翔回数の多さと距離は、師匠に褒められたことがあります。失敗したこともありません」
「よし。では友よ、今夜、私の部屋にきたまえ。侯爵にもよろしく伝えてくれ」

 友? と首を傾げつつ、了承してエルダリオンは王太子の前から下がる。
 すぐに公爵に伝えれば「言葉そのままに捉えたのか」と笑われたものの、肩をポンと叩かれ「信用されたと思っておけ。私は今夜この執務室に一人で居残りだ」と言われてよくわからないまま頷いた。

 その夜、エルダリオンは王太子の私室を尋ねた。
 新しい友との語らいが楽しみだと、感情の振れが少ない王太子には珍しいほど、ご機嫌な様子だった。
 軽食やワインを用意してふたりきりになると、侍女も侍従もすべて下がらせる。
 婚約者候補たちが起こした事件の影響で多忙を極めていた王太子が、屈託ない調子で呼んだ魔術師は親しい友であると疑う者はいなかった。

 その夜。
 ひっそりと密談が三者で行われたことを、誰も知らない。
 
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