あたしはハシビロコウに似ているらしい

真朱マロ

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あたしはハシビロコウに似ているらしい

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 日曜日。
 動物園に連れてこられた。

 お父さんと、お母さんと、あたしの三人。
 それから、あたしは嫌だったけど、小泉君の家族も一緒だ。 
 小泉君のおうちも、お父さんとお母さんの三人だった。

 別に、あたしの家族と小泉君の家族の仲がいいわけじゃない。
 と、言うより、実際のところは初めましてだ。

 そして、あたしと小泉君も、仲がいいわけじゃない。
 むしろ金曜日の昼休みに、派手な喧嘩をした仲である。
 小学三年生にもなって、子供同士の不始末に親が乗り出してくるとは。

 たかが喧嘩に、大掛かりな事である。
 いや、喧嘩じゃないな、アレは。

 子供同士のいさかいというには、取るに足りない出来事で。
 私にとっては、我慢ならない出来事だっただけだ。
 派手だったのは、結果である。

 金曜日の昼休み。
 唐突に、小泉君が言ったのだ。

「浜田さんって、ハシビロコウに似てるよね」

 それは給食が終わってからの自由時間に移る隙間時間だったので、普通の声だったのに教室中に聞こえるぐらい大きく響いた。
 あまりと言えば余りの言葉に、私は茫然としたけれど、小泉君と一緒にいたヤンチャな男の子たちは笑い出しただけでなく、こぞってはやし立てたのだ。

「それってぶっさいくな鳥だろ?」
「変顔で動かない奴だよな」
 
 ゲラゲラ笑う彼らの間で、小泉君だけは「え?」って顔をしていたけれど、だからなんだ。
 あたしだって、好きで四角い体格のお父さんに似ているわけじゃない。
 おかあさんみたいに、小さくて、丸っこいほっぺで、笑うとキラキラ周りが明るくなるような、可愛い女の子に生まれたかったのだ。
 クラスで一番背が高くて、普通にしていても目つきが悪くて、可愛さの欠片もない顔になったのは、どうしようもない事なのだ。
 だけど、可愛くないからと言って、こうやってクラスの中で笑いものにされるほど、悪い事なんてしていない。
 
 気の弱い子なら、これで不登校とか泣き寝入りしたかもしれない。
 ところがどっこい、常日頃は黙っていることが多いあたしは、実際のところ気が強い。
 気が強すぎて、じいちゃんばあちゃんに慎ましやかに黙る美徳について特別講義をされて、おとなしい子に擬態する技を身に着けた。

 だからいつもだったら笑って流していたけど、この時ばかりは我慢できなかった。
 あたしだって、ハムスターやリスやウサギに似ている可愛い女の子に、生まれたかったのに、よりにもよってハシビロコウってなんでだ。
 あんまり腹が立って頭に血が上ったものだから、私は実力行使で笑いの中心の彼らを黙らせた。

 すなわちズカズカと勢いよく近づいて、胸ぐらをつかんだ挙句に、ガツンガツンガツンと連続技で、それぞれに頭突きをお見舞いしてやったのだ。 
 私の石頭はお父さんを床に沈めたこともあるんだぞ。

 今まで笑っていたことも忘れて彼らはわぁわぁ泣き出したけど、私は勝ち誇った顔で勝利のポーズを決めた。
 敗者の鼻血はデンジャラスだったけど、あたしの石頭は無傷だ。
 ざまぁみろ、なのである。

 当然だが、その後で先生に生涯最大級に怒られた。
 放課後にそれぞれの親が呼び出され、事情説明もされた。
 みんないい人だったのか、ペコペコ頭を下げまくる親たちに、あたしたちの良心はちょびっとだけ痛んだ。

 他人の容姿をバカにしてはいけませんというお話と、どんなに腹が立っても暴力はいけませんというお説教を聞いて、とりあえず反省したふりをしていた。
 仲直りごっこが終わったらそれで終わりなんだから、早く時間が過ぎればいいな。
 なんて考えていた。
 私も、彼らも。

 だけど、たった一人、空気を読まない人物がいた。
 小泉君である。

「浜田さんを不快にさせたことは謝るよ、ごめんなさい。だけど、ハシビロコウはそんなバカにされるような生き物じゃないよ」

 どうして、みんな笑うんだ? と口をへの字に曲げて目に涙をいっぱいにためているので、あたしはほとほと困ってしまった。
 反省したふりをしておけば済む話なのに、小泉君は面倒なほどまじめでまっすぐな子らしい。

 中学生になるぐらいにはグッと背が伸びるかもしれないけれど、クラスで一番背の高いあたしなんかよりも、ずっとずっと可愛らしいお姫様みたいな子なのだ。
 いや、小泉君は間違いなく、小学三年生の男子だけど。
 クラスで一番背が低くて、華奢な体つきをしていて、あたしなんかよりもずっと可憐で、泣かれると罪悪感が半端ない。

 おかあさん助けて、の意味を込めて肘でつついたら、おかあさんは何を血迷ったのか「小泉君にとってのハシビロコウがどんなに素敵か教えて」と暴走した。
 その暴走に乗っかって、小泉君のお母さんまで「落ち着いてお話すればきっと分かり合えるわ」と言って連絡交換を始めてしまった。

 この人たち、何を言ってるの? とぼうぜんとするあたしを尻目に、その日は解散したがお互いの親も真面目な人たちだった。
 帰宅してから、ピロンピロンと通信アプリでお母さんが嬉々として予定を立てていたけれど。
 素敵なハシビロコウを見に行こうの会が、日曜日に行われると超高速で決まったのだ。

 当事者のあたしの意向は完全無視で、意味がわからない。

 わからないけれど、今日は日曜日で、動物園だ。
 小泉君のお父さんはカメラ小僧でバズーカみたいなレンズのついたカメラを持ってきていたけれど、あたしのお父さんも同じメーカーの同じくらい大きなレンズのついたカメラを持ってきていて、同志に会えたと子供のようにはしゃいでいた。
 そして、お母さん同士はと言えば、金曜日の呼び出しが初めましてだったはずなのに、高速でハシビロコウを見る会を決めたことでお分かりのように、とっても気が合うらしい。
 キャッキャッと少女のようにじゃれ合っていて、ポツネンと立ち尽くすあたしと小泉君に気づくと、集合時間と集合場所だけ告げて「自由行動にしましょう。仲直りしてらっしゃい!」と無責任に放り出された。

 理不尽である。
 理不尽ではあるけれど、あきらめるしかない。
 小泉君を見ると、あたしと同じようにあきらめの表情をしていた。

「お父さんもお母さんも、自分たちに友達ができて浮かれてるよね」
「まぁ、大人になったら友達を見つけるのも大変っていうから、砂漠に落ちた宝石を見つけた気分なんだろうね」

 おぉぅ、小泉君、なにげに難しい言葉を使う。
 あ、でも、意味がわかるから、あたしもそこそこいけるんじゃない?
 などと変な焦りを感じつつ、小泉君が言うままに歩いた。
 可愛い小動物やかっこいい草原の動物のいる場所はまるで無視して、ずんずん奥に歩いていく。
 辿り着いたのは、まるで森の奥みたいに鳥の声がうるさい場所だ。
 
「浜田さん、アレがハシビロコウ」
「不細工じゃん。やたらデカいし」

 ふてくされたあたしを華麗に無視して、小泉君は流れるようにハシビロコウの話をはじめた。
 手元には図鑑も何もないのに、つまることなく語り続けるので、動物博士みたいだ。

 いわく。
 ハシビロコウはコウノトリ目のハシビロコウ科であること。
 中央アフリカやスーダン、ザンビア島に生息していること。
 普段は単独で暮らしていること。
 魚類や両生類を食べること。
 木靴のような大きなくちばしをして、正面から見ると目つきが悪く見えるけれど、実際は愛嬌のある可愛い顔であること。

 あたしは、アレが可愛い顔なの? という問いかけを必死に心の中に飲み込んだ。
 小泉君が特殊性癖の持ち主だろうと、他人の好みにケチをつけるのはあたしの主義に反する。がまんだ、がまん。

「ほら、頭の飾り羽が寝ぐせみたいにちょこっとはねてて、めちゃくちゃ可愛い。ハシビロコウって飼育員さんにもすごくなついて、言うこともちゃんと聞いて性格も可愛いし、仕草に愛嬌があってすごく良いよね」

 指さしながら、ぽわぽわした笑顔で大絶賛している小泉君に、あたしは毒気を抜かれていた。
 何を言ってるのか意味は分かるけど、いまいちピンとこない。
 木靴みたいな顔の厳つい鳥が、本当に可愛いのか?
 でも、小泉君の目はハートだ。

「小泉君って、ハシビロコウが好きなの?」

 うん、と即答された。
 迷いもしないのか。

「凛々しくて、愛嬌があって、可愛いから、ハシビロコウって好きなんだ」

 そっか、とあたしはうなずいた。
 その感性は今ひとつわからないけれど、小泉君の真意はわかった。
 彼にとっては、ハシビロコウに似てるって、最大級の誉め言葉だったようだ。

「ごめんね、頭突きして」
「僕も、伝わらない言い方をしてゴメン」

 えへへ、とあたしたちは笑いあった。
 誉め言葉だってわかってしまうと、ちょっぴり照れ臭い。
 モジモジし合うあたしたちの間に、暖かい空気が流れたけれど、小泉君はやっぱり小泉君だった。
 ふと思いついたように、余計なことを言った。

「頭突きはびっくりしたけど、ゴリラよりも力強くて格好良かった」

 強くて凛々しくて憧れるよ、と続いたけれど、あたしは遠い目になる。
 ハシビロコウよりも、ゴリラは嫌だ。
 たぶん、そう言っても小泉君には伝わらないけど。

「浜田さんのお父さんも、なんかいいよね。チベットスナギツネみたいで、愛らしくって僕は好きだなぁ」

 また顔の濃いのが来た。
 確かにあたしのお父さんも目が細いアニマル顔だけど、チベットスナギツネとは。

「なんだか、お父さんたちも仲良くなったみたいだし、動物園にまた来ようね」
「今日の様子だと、絶対にまた会おうって、約束しちゃうよ」
「浜田さんが一緒に回ってくれるなら、年間パスポートも良いなぁ」
「小泉君は、動物、好きなの?」
「うん、解説はまかせて。わからない事があったら、次までに調べてくるよ。だから、また一緒にきてね」
 
 約束だよって左手の小指を出されて。
 条件反射のように小指を絡めた今日のあたしは、どうやら小泉君に弱いらしい。
 イヤって拒否したら、目にいっぱい涙をためてあきらめるんだろうなって、予想がつくから断れない。

「あ、そろそろ集合時間じゃない?」
「お弁当、何かなぁ」
「おにぎりは、あたしも手伝ったよ。あとねぇ、唐揚げと卵焼き」
「お弁当って、中身がわかっていても、楽しみだよね」

 うん、とあたしはうなずいた。
 ハシビロコウに似てるって言われて、最初は悲しかったけれど。
 大絶賛する小泉君のおかげで、ほんのちょっとだけ誇らしかった。

 あたしの可愛くない顔立ちも、愛嬌があるって言われると嬉しい。
 ピンピン跳ねまくる落ち着きのない髪の毛も、寝ぐせみたいで可愛いって言われると嬉しい。
 ゴリラみたいに力強くて凛々しいって言われたことだけは、断固として異議を申し立てるけど。でも、格好良いって言われるのは、そんなに嫌じゃない。

 凛々しくて、愛嬌があって、可愛い鳥に似ているなら。
 あたしはきっと、どんなあたしでも好きになれる。

「お弁当、楽しみだなぁ」

 小泉君ははしゃぎながら、あたしの手をぎゅっと握って駆けだした。
 あたしも負けずにぎゅっと握り返して、走りながら笑った。
 小さな手だけど、小泉君の手はポカポカあったかい。

 ハシビロコウはそんなあたしたちを見送るように、カタカタとくちばしをならしていたのだった。



 Fin
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