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マルグリットは婚約を破棄してもらいたい
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マルグリットは追い詰められていた。
貴族らしい上等な手紙が早馬で、マルグリット宛に届いたのは数日前。
何かの間違いであって欲しいと繰り返し確認し、一字一句覚えるほどに見直したけれど、何度見直そうと内容は変わらなかった。
婚約者であるクリスティアンが、マルグリットに会うため西の辺境地を出立すると書いてあった。
手紙の書かれた日付を見れば、クリスティアンが明日にでも到着しておかしくない。
到着してしまえば心の準備をする間もなく、婚約式の打ち合わせだ。
その時を想像してしまい、青くなってマルグリットはプルプル震えるしかない。
「クリスティアン様、どうして婚約を破棄して下さらなかったの!」
もともと、南の辺境と西の辺境を結ぶ街道の環境整備が目的である。
孫子の代にも及ぶ長期の契約に、婚姻を条件とするのは定石だろう。
両方の辺境伯家に未婚者がいなかったために、街道予定地の領主に役割が投げられたのは仕方のない事だった。
仕方のない事ではあるが、実際に婚姻するのはマルグリットで、これも貴族の役目だからね~と受け取ってきた父ではない。
マルグリットはフェルトス家の三女だ。
田舎の小さな村を五つと古い歴史しかない小さな街を治める地方領主など、子爵位も飾り同然で、二人の姉の婚姻で持参金も尽きる。
一生結婚せず兄の補佐になるつもりで、馬に横鞍を付け領内を駆け回り、弓矢で猪や熊の討伐に乗り出す跳ねっ返りであった。
そろそろ長い髪を切って男装の補佐官になる予定が、とんだ大番狂わせである。
「よかったじゃないか、持参金なしで嫁に行けて」
などと、のたまったのは兄だ。
ついでに「ありのままで愛されると思うな」と言い放たれた。
「いいか、辺境の子息であっても、熊狩りの先頭に立つ女には惹かれない。か弱い令嬢になりきって騙せ」
酷い言い様である。
けれど、真理でもあった。
真理であるがゆえに、マルグリットは歩み寄ることを諦めた。
どうせ破綻する仲である。
ありのままの姿を伝えれば、即時、婚約破棄されるだろう。
破棄してもらえるなら、婚約式前が良い。
そう思って自分が経験したことをそのまま手紙にしたためたけれど、読み返して低くうなる。
熊被害にあった村に愛馬で駆け付け、自警団と共に森に入り、暴れるはぐれ熊の眉間を強弓で貫いたと、正直な申告は非常に嘘くさい。
事実を書けば書くほど、嘘としか思えないのはなぜか。
マルグリットは再び諦めた。
事実が嘘くさいなら、真実っぽい虚像を作るしかない。
幸い、相手は早馬を飛ばしても、一週間以上かかる位置にいる。
交流手段は文通で、顔合わせも婚約式を行う一年以上後になる予定だ。
それまでに、結婚相手にふさわしくないと認識してもらい、婚約を破棄してもらえば良い。
子も産めぬ、病弱でか弱い令嬢を装う方向に決めた。
『ダンスの練習をしていたら、お兄様を巻き込んで倒れてしまいました』
マルグリットが倒れたのは、戦闘を模した剣舞の激しいステップの連続回転中なので、嘘ではない。
だが、この国で貴族のダンスと言えばワルツなのだ。
ワルツすら踊れぬ病弱令嬢と勝手に勘違いしてくれるだろう。
『領内が雨続きで、目が回りそうです』
にょきにょきと遠慮なく生えてくる雑草を、むんずと掴んで引き抜いて回るのが忙しかったので嘘ではない。
悪天候で体調を崩す御夫人は多いから、目が回るとあれば勝手に病弱と誤解してくれるだろう。
『先日、領内に熊が出たようで、その知らせに震えてしまいました』
知らせを聞いて即座に強弓を手にして飛び出し、その日のうちに討伐も完了して、歓喜に震えたので嘘ではない。
でも、たぶん、熊の出没におびえて部屋に閉じこもる臆病な令嬢を装えたはず。
こうしてマルグリットは手紙を交わすたびに、全力で病弱で脆弱で臆病アピールを繰り返した。
クリスティアンは手紙に綴られた嘘を丸ごと信じて、いつも、丁寧に優しく慰めの言葉をくれた。
優美で繊細な文字を書き、詩集の一節を綴って婚約者として尊重してくれる。
手紙ひとつで、優しくて他人を思いやれる、美麗な貴公子の姿が見えるようだ。
良い人すぎて、虚像を装うのが辛くなるほどだ。
そうこうしているうちに、一年経った。
マルグリットの奮闘虚しく、婚約は解消されなかった。
そして、婚約式の日が近づいた。
その準備にクリスティアンがやってくるのだ。
もうだめだわ……と声にならない絶望に、打ちひしがれて勢いよく机に突っ伏す。
ガツンと良い音がしたけれどマルグリットの額には何のダメージもなく、壊れたのは手紙をしまう小箱の蓋だった。
ぱっかり割れた樫の木の蓋に、ホロリと涙がこぼれる。
現実に顔を合わせて、おまえなど要らないと言われるのはつらい。
どうせなら、虚像のうちに振ってほしかった。
綴られた文字に似た典雅な美男子に蔑まれる未来を想像し、涙にくれるマルグリットが、頑強で強面なゴリマッチョの婚約者と顔を合わせるのは、翌日の事である。
【終わり】
クリスティアンの頑強で厳つい姿を見て、マルグリットは開口一番に「嘘よ!!」と叫んだとかなんとか……
手紙でどんなに貧弱アピールした嘘をついても、領内の評判を聞けば辺境地にふさわしいお嫁さんだよね。というお話。
ちなみに、馬には横鞍でドレス姿で乗ってます。
貴族らしい上等な手紙が早馬で、マルグリット宛に届いたのは数日前。
何かの間違いであって欲しいと繰り返し確認し、一字一句覚えるほどに見直したけれど、何度見直そうと内容は変わらなかった。
婚約者であるクリスティアンが、マルグリットに会うため西の辺境地を出立すると書いてあった。
手紙の書かれた日付を見れば、クリスティアンが明日にでも到着しておかしくない。
到着してしまえば心の準備をする間もなく、婚約式の打ち合わせだ。
その時を想像してしまい、青くなってマルグリットはプルプル震えるしかない。
「クリスティアン様、どうして婚約を破棄して下さらなかったの!」
もともと、南の辺境と西の辺境を結ぶ街道の環境整備が目的である。
孫子の代にも及ぶ長期の契約に、婚姻を条件とするのは定石だろう。
両方の辺境伯家に未婚者がいなかったために、街道予定地の領主に役割が投げられたのは仕方のない事だった。
仕方のない事ではあるが、実際に婚姻するのはマルグリットで、これも貴族の役目だからね~と受け取ってきた父ではない。
マルグリットはフェルトス家の三女だ。
田舎の小さな村を五つと古い歴史しかない小さな街を治める地方領主など、子爵位も飾り同然で、二人の姉の婚姻で持参金も尽きる。
一生結婚せず兄の補佐になるつもりで、馬に横鞍を付け領内を駆け回り、弓矢で猪や熊の討伐に乗り出す跳ねっ返りであった。
そろそろ長い髪を切って男装の補佐官になる予定が、とんだ大番狂わせである。
「よかったじゃないか、持参金なしで嫁に行けて」
などと、のたまったのは兄だ。
ついでに「ありのままで愛されると思うな」と言い放たれた。
「いいか、辺境の子息であっても、熊狩りの先頭に立つ女には惹かれない。か弱い令嬢になりきって騙せ」
酷い言い様である。
けれど、真理でもあった。
真理であるがゆえに、マルグリットは歩み寄ることを諦めた。
どうせ破綻する仲である。
ありのままの姿を伝えれば、即時、婚約破棄されるだろう。
破棄してもらえるなら、婚約式前が良い。
そう思って自分が経験したことをそのまま手紙にしたためたけれど、読み返して低くうなる。
熊被害にあった村に愛馬で駆け付け、自警団と共に森に入り、暴れるはぐれ熊の眉間を強弓で貫いたと、正直な申告は非常に嘘くさい。
事実を書けば書くほど、嘘としか思えないのはなぜか。
マルグリットは再び諦めた。
事実が嘘くさいなら、真実っぽい虚像を作るしかない。
幸い、相手は早馬を飛ばしても、一週間以上かかる位置にいる。
交流手段は文通で、顔合わせも婚約式を行う一年以上後になる予定だ。
それまでに、結婚相手にふさわしくないと認識してもらい、婚約を破棄してもらえば良い。
子も産めぬ、病弱でか弱い令嬢を装う方向に決めた。
『ダンスの練習をしていたら、お兄様を巻き込んで倒れてしまいました』
マルグリットが倒れたのは、戦闘を模した剣舞の激しいステップの連続回転中なので、嘘ではない。
だが、この国で貴族のダンスと言えばワルツなのだ。
ワルツすら踊れぬ病弱令嬢と勝手に勘違いしてくれるだろう。
『領内が雨続きで、目が回りそうです』
にょきにょきと遠慮なく生えてくる雑草を、むんずと掴んで引き抜いて回るのが忙しかったので嘘ではない。
悪天候で体調を崩す御夫人は多いから、目が回るとあれば勝手に病弱と誤解してくれるだろう。
『先日、領内に熊が出たようで、その知らせに震えてしまいました』
知らせを聞いて即座に強弓を手にして飛び出し、その日のうちに討伐も完了して、歓喜に震えたので嘘ではない。
でも、たぶん、熊の出没におびえて部屋に閉じこもる臆病な令嬢を装えたはず。
こうしてマルグリットは手紙を交わすたびに、全力で病弱で脆弱で臆病アピールを繰り返した。
クリスティアンは手紙に綴られた嘘を丸ごと信じて、いつも、丁寧に優しく慰めの言葉をくれた。
優美で繊細な文字を書き、詩集の一節を綴って婚約者として尊重してくれる。
手紙ひとつで、優しくて他人を思いやれる、美麗な貴公子の姿が見えるようだ。
良い人すぎて、虚像を装うのが辛くなるほどだ。
そうこうしているうちに、一年経った。
マルグリットの奮闘虚しく、婚約は解消されなかった。
そして、婚約式の日が近づいた。
その準備にクリスティアンがやってくるのだ。
もうだめだわ……と声にならない絶望に、打ちひしがれて勢いよく机に突っ伏す。
ガツンと良い音がしたけれどマルグリットの額には何のダメージもなく、壊れたのは手紙をしまう小箱の蓋だった。
ぱっかり割れた樫の木の蓋に、ホロリと涙がこぼれる。
現実に顔を合わせて、おまえなど要らないと言われるのはつらい。
どうせなら、虚像のうちに振ってほしかった。
綴られた文字に似た典雅な美男子に蔑まれる未来を想像し、涙にくれるマルグリットが、頑強で強面なゴリマッチョの婚約者と顔を合わせるのは、翌日の事である。
【終わり】
クリスティアンの頑強で厳つい姿を見て、マルグリットは開口一番に「嘘よ!!」と叫んだとかなんとか……
手紙でどんなに貧弱アピールした嘘をついても、領内の評判を聞けば辺境地にふさわしいお嫁さんだよね。というお話。
ちなみに、馬には横鞍でドレス姿で乗ってます。
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