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 しばらくしてマナリアは困惑しながら言った。

「先程の女性はいったいなんだったのでしょう······?」
「わかりません。フィルに聞いてみましょう。フィルっ! 聞こえますか? 一度合流しましょう」

 ライラが大声でフィルを呼ぶ。すぐにフィルは来た。

「どうした?」
「先程の女性についてです。会話を途中から聞いていたのですが、彼女はなぜ「にゃ」などと猫のようにつけて喋るのでしょう?」
「聞いてみたんだが「事情があるにゃ、詮索しないでほしいにゃ」つってた」
「ライラ、そこではありません。いえ、それも気にはなるのですがそうではなく、取引についてです」
「ああ、それは······」

 フィルは目をそらし、気まずそうに指で頬をかいた。

「その、彼女はここで商売をしているようです」
「ダンジョンの中で女性が一人で商売を? そんな危険なことを······。少し、話を聞きに行きましょう」

 行こうとするマナリアをライラが引き止めた。

「お待ちください、お嬢様。フィル、彼女は具体的に何の商売をしているのですか」
「あー···。うん、言いづらいんだが」
「まさか、彼女は春を売っているのですか?」
「そうとも言うな」
「春?」
「?」

 アイリスとマナリアは同じように首をかしげた。

「お嬢様、春を売るというのは体を売るということです」
「体をう······っ!」

 マナリアは顔を真っ赤にして叫んだ。

「ダンジョンで! そんな! 危険な!」
「具体的に言えば、「この胸を好きなだけ揉んでいいにゃ。その代わり、血を飲ませて欲しいにゃ」と言ってました」
「血を!?」

 今度はアイリスが叫んだ。血を飲むというのがラビと同じで驚いた。

「血、ですか。うさんくさい女性ですね」

 ライラは眉をひそめ、考えるように顎に指を当てた。

「もしかしたら、彼女が昏睡事件の犯人かもしれません」
「つまり、強盗だったと? 装備も金もなくなってないから、その線は薄いと······いや」
「ええ。目的が血なら盗らないでしょう。眠らせたあと、目立たない傷をつけて血をとった?」
「そういや致命傷が無いのは見たが、小さい傷はそれなりにあったな。傭兵だったから気にしなかったが」
「被害者が私達に「何も覚えていない」と話したがらなかった理由も見当がつきます」
「なるほど。お嬢に知られたくなかった、と」
「あくまで、かもしれない、ですが」
「なんにせよ、話を聞く必要があります」

 叫んでからずっと頭を抱えてしゃがんでいたマナリアが立ち上がった。

「行きましょう」
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