同居人『エトランゼ』 - 花粉をばらまいているのは、やつらだ!

でもん

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同居人『エトランゼ』 - 花粉をばらまいているのは、やつらだ!

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 おかしい。
 どう考えてもおかしい!

 そう考えた事は無いだろうか。

 家の中に閉じこもり、空気清浄機をターボ全開で回しているはずなのに……
 マスクをして、花粉症対策の眼鏡をして、じっとしているのに……

 目の中にピンポイントで花粉が飛び込んでくる事を!

 だが、このおかしな現象に、人類は誰も疑問を抱いていないようだ。
 俺も、あの時までは、そうだった。

 ただ、この季節が過ぎるのをじっと待つ。
 飲み薬と、目薬を毎日使い、ただ、ただ、耐えるだけの数ヶ月。

 おかしい、どう考えてもおかしい……そういった疑問を誰も抱かないのは、なぜか?

 それは、痒みとともに、疑う心を摩耗させているからだ。
 鼻水と一緒に、くしゃみと一緒に、思考力というステータスを、外に吐きだしてしまっているからだ。

 そして--

 俺だけは知っている。

 今年もあいつらが……あいつらがやって来た事を……

 俺たち人類の目では、決して捉える事の出来ない、謎の同居人エトランゼがやって来た事を!

***

 そもそも、俺が奴らの存在に気がついたのは数年前。
 俺が花粉症と呼ばれる謎の病気を発症した時期だ。

 世間は、花粉症はスギの花粉を吸い込む事で発症するアレルギー反応だと信じているが、あれは嘘だ。

 俺は、たったの一度だけ観たのだ。

 それは、俺がマスクと眼鏡という完全防備に満足をして、街の交差点を渡ろうとしていたタイミング。

 満面の笑顔を浮かべながら、ピンセットでつまんだトゲのような半透明な物質を持つ、これまた同じような半透明でゲル状の質感の顔をした、おっさん達の姿を。

 奴らの移動速度は速い。
 まさに目で捉える事など至難の業。ハイスピードカメラで追ったとしても、影すら捉える事など出来ないだろう。

 俺が奴らの存在を知ったのは、本当の偶然。それも奴らのミスが原因だ。
 多分、2人のエトランゼは、俺の左右から高速に移動しながら、俺の目の中に……ご丁寧にも眼鏡を避けて、その手にもったトゲトゲの物質を入れようとしたのだろう。

 だが、タイミングを見誤った彼らは、俺の目の前でぶつかり、その動きを止める事となった。

 時間にして、1秒にもみたいない、刹那のような瞬間。
 笑顔のまま、俺の目の前でピンセットを伸ばす、2人のエトランゼ。
 頬と頬がぶつかりあい、ゲル状の身体が半分、混ざり合ったかのような形で潰れる姿を、俺の目はしっかりと捉えた。

「えっ」

 あまりの出来事に俺の思考が停止した瞬間、彼らの姿は消えており、そして襲ってくるのは、あの猛烈な痒み……

 だが、俺は流れ出る涙と鼻水に思考力を奪われないよう、必死に奴らの姿を脳裏に焼き付けた。

 その後、慌ててアパートへ戻った俺は、ネットで彼らが同居人エトランゼと呼ばれる存在だという事を知る。

 彼らの情報は、ほとんど無い。いや皆無と言っても良いくらいだ。
 すでにログ落ちしている掲示板のマイナースレッドに一言だけ、

「花粉症の原因はスギやヒノキでは無い。やつら……この世界に並行で存在する同居人……異邦人エトランゼが原因だ」

 と書かれていた。

 あまりの突拍子も無い説だったため、誰も相手をせず、そのユーザも2度と書き込みがなかったが……

 俺だけは真実に気がついてしまったのだ。
 エトランゼ、同居人……この世界には、俺たちとは違う『人類』がいる。

 俺はこの日から、奴らを漢字では同居人と書き、その読み方をエトランゼとし、奴らの存在を実証するために様々な事を始めた。

 そして、時はいたずらに経過する --

 結局、いまだに俺は、奴らがどういう目的で花粉症という偽りの情報を元に、俺たちの思考力を奪っているのかは解っていない。だが、確実に解っている事は、政府も一部の医療関係者も、この事実を知っているという事だ。

 よく考えてみれば解る。

 古来から日本に生えていた杉の花粉程度で、俺たち人間がこれほど苦しめられるような事があるはずが無い。なんらかの陰謀が、この状況を生み出している。少し角度を変えてみれば、簡単に帰結できる論理だ。

 なんの事は無い。
 これは陰謀だ。

 俺の目が痒いのも、鼻水が止まらないのも、何者かの陰謀なのだ。
 だが、相手が政府だという事は、うかつな行動に出る訳にはいかない……そう思っていた。

***

 毎年のように痒みを我慢し、春が過ぎるのをじっと待つ生活をしていた俺は、今年、とうとう行動を起こす決意をした。

 どうやら、俺が奴らの研究を続けている事がバレてしまったようだ。
 政府が毎年のように、今年の花粉予報を報道し、花粉の季節突入した事を告げると同時に、俺は両目に痒みを感じ、鼻水が噴き出し、くしゃみが止まらなくなった。

 俺の経験と計算からすると、これは同時に4人のエトランゼが俺を襲ったに違いない。
 もう潜伏する時期は終わってしまったようだ。

-- いつまでも、俺がおとなしくしているとは思うな!

 素振りはアパートの庭で何度も繰り返した。
 準備は万全だ。

 俺は、戸棚にしまってあるチェーンソーを取り出すと、俺はマスクをし、水中眼鏡を付けるという完全武装で、外へ出た。

「さぁ、来てみろエトランゼ!」

 アパートを飛び出し、人通りの多い大通りに出て叫ぶ。

 ここまですれば、奴らも俺を見過ごす事が出来ずに、襲ってくるであろう。
 痒みを感じた瞬間、俺はこの秘密兵器チェーンソーを振り回し、やつらへ反撃する。うまくいけば、やつらの存在を明るみに出す事が出来る。

 俺たちと並行に存在する謎の人類エトランゼの姿を!

「おら、こないのか!?」

 俺の叫び声に、何事かと俺の周囲を取り囲むように人だかりが出来た。
 これは危険だ。奴らの矛先が俺以外にも及んでしまうかもしれない。

 俺はチェーンソーのスイッチを入れ、周囲で襲おうとしているエトランゼに対し牽制のため、一度振り回し、こう叫ぶ。

「皆さん、近づかないでください! 俺が奴らを引きつけますので!」

 俺の忠告が通じたのか、俺を囲む人々の輪が拡がる。

 これで襲われるのは俺だけで済むだろう。
 だが、いくら待ってもエトランゼは俺を襲ってこない。あの猛烈な痒みが感じられないのだ……はっ!

「そ、そうだ。マスクと水中眼鏡……」

 馬鹿だなぁ。
 ここまで完全防備をしていれば、やつらのトゲトゲを感じる事など出来るわけは無い。

 俺は、慌ててマスクと水中眼鏡を投げ捨てた。

「さぁ、どうだ!」
「動くな!」
「へっ?」

 突然、周囲の人垣を割って、数人の警官が現れた。

「どうしました?」

 俺は何か事件でもあったのかと思い、警官に声をかけた。

「う、動くな!」

 だが、その警官は俺を指さして、何か叫んでいる。

 あ、そうだ。チェンソーのスイッチを動かしているので、音がうるさくて通じていないのか。
 俺は慌ててスイッチを……そこで俺はある疑問を抱いた。

 警官……警官……地方自治体の職員……国家の手先……

「ま、まさか! 貴様ら、奴らの味方か!?」

 俺は、スイッチを止めようとした手をとめ、警官達にこう問いかけた。

「全員、構えろ!」

 ところが警官達は俺の疑問には答えようともせず、一斉に腰に下げた拳銃を取り出し俺に向けた。

「抵抗するな! 武器を捨てろ!」
「やはり、貴様ら、エトランゼの回し者だな!」

 くそ、国だけではなく、地方自治体にまで、奴らの手は及んでいたのか!
 俺は自分のうかつさを呪いつつも、チェンソーを構え直す。

 その瞬間、俺は目に強烈な痒みを感じた。

「来たな! エトランゼ!」

 ついに来た。そう思った俺は反射的にチェンソーを振り回した。

 だが、エトランゼの手応えを感じる前に、俺は、腕と腰、それに足に何か熱い物が突き抜けるような感覚を味わい、意識は途絶え、俺は暗闇に閉ざされた。
 
***

 俺が意識を取り戻したのは、警察病院の病室だった。

 どうやら、エトランゼに反撃しようとした俺は、本格的に奴らを怒らしたらしい。警官達に指示が出て、俺は射殺されかけたようだ。

 何度か警官や刑事達が立ち替わり、俺に事情聴取と言って話しを聞きに来た。怪我がある程度回復してくると、俺は拘束衣を着せられ、行動を制限された。

 取り調べの度に、俺はエトランゼの危険性を主張したのだが、すでに奴らに取り込まれている刑事達はニヤニヤするか、困ったような顔をするだけで、俺の危機感は伝わらなかった。

 そして取り調べが終わったのか、数日間、俺は放置された。

 このまま、ここで朽ち果てるのか。
 そんな不安にかられ始めた頃、病室に一人の高そうな背広を着た男が入ってきた。

「君の調書を見たよ、何か強固な妄想に取り付かれていたようだね」
「妄想……だと?」

「ああ、妄想だよ。エトランゼ……面白い発想だ。花粉症がよほど辛かったようだな。本当に面白い」
「妄想なんかでは無い、俺は間違い無く見たんだ。その証拠に、こうして俺はお前達政府の手先に捕まって……」

 そこで男が大きく頷き、

「ああ、失礼。大丈夫、僕は君を助けに来たんだ」

 そう言って、言葉を続けた。

「いくつか質問をさせてもらうよ。エトランゼとは関係ないような質問もあるけど重要な事なので真剣に答えてね」
「解った」
「それじゃぁ……」

 その後、男は俺の子供の頃など、エトランゼに関係ないような質問を交えて、30分ほど会話を続けた。俺は、これが何の役に立つのかとも思ったが、重要な事という言葉を信じ、そして、初めてちゃんと話を聴いてくれそうな人に、少しでもエトランゼの危険性を理解してもらおうと真摯に対応した。

「わかりました」

 解ってくれた!
 俺の心が少し軽くなる。

 男はいつの間に取り出したのかA4サイズの紙に何かを書き付け立ち上がった。そして、背後の病室のドアに向かって、

「終わりました。目も泳いでもいないですし、話にも筋が通ってます。保身のための虚言の可能性は低いですね」

 と言った。

 誰か外にいるのか……でも、虚言じゃ無いと解ってもらえたのが本当に嬉しい。ここから人類の反撃が--

「これじゃ、公判の維持は出来ないんじゃないか……被疑者以外、誰も怪我をしていないし、保護観察処分って所でしょうか?」

 え?

「そうですね」

 病室のドアが開き、外から黒い背広にサングラスを付けたがたいのいい男が入ってきた。

「お手数をおかけしました。ありがとうございます。後は我々の方で手続きをするので……」
「わかりました。それじゃ、君、お大事に」

 背広の男は外の男と、そう会話をすると部屋を出て行った。

「おい、ちょっと待て! 今の話……おい、エトランゼはいるんだ! このままでは……!」

 慌てて、出て行こうとする男を呼び止めようとしたが、拘束衣で固められた俺は思うように身体を動かせない。そうこうしているうちに、黒い背広の男が入れ違いに部屋に入ってきて、後ろでで扉を閉める。

「困ったことをしてくれたものだ。エトランゼか……馬鹿らしい」
「解っているぞ! 政府は俺たちを騙して、花粉症という名前で事態をオブラートに包み、俺たちを支配しようとしている事を?」

 その言葉に男はふっと笑う。

「支配しようとしている? 面白う……本当にユニークだ」

 そして、とうとう堪えきれなくなったのか、大声で笑い出した。

「実に君の発想は……ああ、息が苦しい……本当に面白い。うん、楽しませて貰ったよ」
「お前も……エトランゼは俺の妄想だと言うのか?」

 さすがに大の大人が大笑いをしている姿に俺は不安になった。
 本当に、こいつが言うように、エトランゼは花粉症の痒みに耐えきれなくなった俺が生み出した妄想なのか? 全て、俺が生み出した幻想で……俺は大通りでチェンソーを持って暴れただけなのか……

 背中を冷たい汗が伝う。
 突如、気がついてしまった現実に……俺は……

「ああ、失礼、失礼。私が笑ったのは君の妄想を笑ったのでは無いよ」

「えっ?」

「私が笑ったのは、『支配しようとしている』といった君の事態把握の甘さについてだ」

 それは……どういう事?

「『支配しようとしている』では無い、我々はすでに『支配している』んだよ」

 そう言いながら、男はサングラスを外した。
 その瞬間、男の肌の質感が変わる。

 そう、透明なゲル状のもの……に…… 
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