4歳児、転生がバレたので家出する - 後に赤い悪魔と呼ばれる予定です

でもん

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第1章 4歳児、奴隷になる

4. 海賊船 ※ 食事中、注意

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 4歳にして僕の人生詰みました。 誰か助けてください。
 僕の冒険の旅は、開始早々、挫折に終わり、人生の敗残者らしく、

「うぇ……はぁ……ははうえに会いたい……オェ……ちちう……オェ……くそ! くせーんだよ!」

 僕は船奴隷として、うん◯がこびりついた便器を必死に磨いている。

 しかし、臭い! 臭い! 臭い!
 こいつら、相変わらず、ちゃんと狙いをつけてしねーから、うん○がこびりついていやがる。
 絶対に、絶対に僕は逃げ出してやる。

「はぁ……セリア、心配しているんだろうな……まぁ、セリアが僕の事を一人ぼっちにして置いていくのが悪いんだけど……育児放棄、幼児虐待だよ」

 毛がバサバサになった、短い柄のブラシで、木製の便器をゴシゴシと擦る。端から見ると赤い鎧を着たちびっこが、なんでトイレ掃除をしているのか不思議に思うだろうな……。

 船の一番底から外に出て、僕は親方に報告をする。

「親方ー、終わりました」
「おう、赤ヨロイ小僧か。ちゃんとキレイにしたか?」

 僕が親方と呼んだのは左腕が肩からなく、右足が膝から下が無い爺さんだ。親方は下甲板清掃責任者兼衛生責任者兼船奴隷管理者というポジションにいる現在の僕の上司。僕の生殺与奪権を持っている男だ。

 なぜこうなったか……

----- * ----- * ----- * -----

 屋敷を出てすぐ、オーガ族に追い立てられ、迷い込んだ森で山賊らしき男達に拉致をされた僕は、その場で麻袋に詰め込まれ、どこかに運ばれたみたいだ。随分長い時間、荷台みたいな場所に転がされ運ばれた。騒いだら殺すと袋の上から刃物を突きつけられ、何も出来なかったのだが、そのうちウトウトと寝落ちしてしまった。

 そして気がつけば船の上。

 ようやく袋から出された時は、どこだか知らない大海原のまっただなか。
 目の前には大柄な男が、僕を見下ろしていた。腰には大きな曲刀をぶら下げている。
 周りを見回すと、大きな帆にドクロのマーク。

 間違いない。
 海賊船だ。

 僕を見下ろしていた男は、まず最初に背中に背負っていた剣を取り上げた。
 鞘から引き抜こうとしたが、剣は抜けなかった。

「くそ、逸品かと思ったが、模造刀か……」

 そう呟くと興味が無くなったのか海に放り投げた。
 ああ……せっかく父が僕のために作ってくれたのに……

 続いて鎧を脱いで裸になるように言われたのだが、父特製の鎧はなぜか身体にぴったりと密着してしまい、自分では脱げなくなってしまったのだ。森へ逃げ込んだ時か、運ばれている途中に、どこかの留め金が壊れてしまったみたいだ。

 途方に暮れ、目の前にいる男に愛想笑いをして誤魔化そうとしたが、しこたま殴られた。無理に鎧を外そうと引っ張られたりもしたが、僕から鎧を剥がすことは出来なかったのだ。

 そのうち、苛ついたのか、鋭い目つきで僕を睨みつけた大柄の男は、僕の事を殴りつけた。それも、何回も、何回も執拗に殴りつけた。

「使えねぇガキでも、剣と鎧が売れりゃ元が取れると思ったが……大損だ!」

 殴る。そして今度は蹴る。また殴る。また蹴る。
 たった4歳の小さな身体は、吹き飛ばされ、壁に当たって跳ね返り、転がった。

「くそ! 殴っているこっちの手が痛むわ!」

 そして、とうとうそう叫ぶと、腰に吊り下げている曲刀を取り出し、僕の頭に向けて振りかぶった。僕は何も出来ず、ただ呆然とその刃先をみていたが……

「船長! 下甲板の便所掃除の手が足らねぇ。いらねぇガキなら下甲板に落としてくれねぇか!」

 突然、ガラガラと乾いた声が響き、男の動きが止まった。
 どうやら、こいつはこの船の船長らしい。

「ガロ! 糞ガキを庇うのか!」
「いや、この間、奴隷が死んじまったんでマジで便所掃除をやるやつがいねぇんだ。もう臭くてかなわん。このままだと問題が出るかもしれねぇ」
「くそっ!」

 いまいましそうに船長が唾を吐くと、そのまま僕を蹴り飛ばした。僕は何度も転がった後、木の棒のようなものに、ぶつかって止まった。恐怖のあまり目を閉じていた僕は、理不尽な暴力の暴風が止まった事で、おそるおそる目を開けると、僕がぶつかったのは木の棒。その横には誰かの足が1本ある。

 そう。生身の足は左足だけ。右足は、ただの木の棒で簡易的に作られている義足のようだ。僕はゆっくりと視線を上げ、

「ひっ」

 目に映ったその姿は壮絶なものだった。
 左肩が抉れたように無く、当然、その先にあるべき左腕も無い。
 ギョロっとした大きな右目は黒目部分が真っ白に濁っており、もう片方の目は縦に大きな傷が入っていて、閉じられている。僕の事が見えているのだろうか……

 そんな風に思った瞬間、ガロは僕をつまみ上げると船の下甲板の隅に連れて行き、放り出した。

「小僧、名前は?」
「しゃ、しゃるる……」
「偉そうな名前だな。で、赤ヨロイのシャルル様よ。それ、本当に脱げないのか?」

 ガロは片方しか無い手で、僕の鎧を指差した。

「ひゃ、ひゃい」

 思わず噛んでしまったが、何とか答えられた。

「そうか、まぁいい。何か効果でも付与されているのだろう。次の港で解除してもらえばいい。とりあえず、今日からそこがお前の寝床だ。かなり殴られただろうから、今日は休め。明日から、きっちりと働かせるからな」
「は、はひ……ガロ様」
「親方だ。親方」
「は、はい、親方」

 ガロあらため親方は、まぁまぁ優しいみたいだ。
 殴られていた僕に気を使って、休ませてくれた。

 寝床と言われた場所は船の隅にある板の棚の下段。甲板嵐の時はどうすればいいんだろう、確実に浸水しそうなのだが……

 そう思いながら、横になってあらためて考える。

 ここはどうやら海賊船らしい。
 僕は奴隷として売られてきたみたいだ。
 逃げ出そうにも剣は海に捨てられたし、この小さな身体では抵抗しようもなさそうだ。
 唯一の救いは……

「でも、あれだけ殴られたのに、痛くも何とも無い」

 僕は小さな声で呟き、身体の各部を触ってみる。やはり、どこにも痛みは無い。船長の形相が怖かったし、無抵抗に暴力を受けるという心理的なものはあったが、結果的に、ただそれだけだった。きっと、この鎧の力なのだろう。だが、全身を覆い尽くすようなプレートメールでは無い。龍鱗で出来ていていると言っていたが、龍の皮製の鎧だ。顔を含めて露出している部分もかなりある。

 だが、その露出している部分も、一切のダメージを受けていない。これは……

「絶対的な物理防御?」

 検証しようが無いが、少なくとも殴られたり蹴られたりする分には平気なのだろうか。

「父上、心臓に悪いです……」

 涙がちょちょ切れるよ。

 さて、この防御力を背景に、脱出するか?
 いや、まだ海の上だし、無理だな。

 いくら防御力が高くても、さっきみたいに持ち上げられ、海に投げられたら抵抗のしようも無い。鎧をつけて、この海を泳げる自信も無いし、そもそも、ここがどこだか解らない。

 ここは、あえて・・・おとなしくしておく方が得策だろう。

「ははうえ……」

 僕は棚の奥へ顔を突っ込み、現実をみないように海賊船での初日を泣きながら過ごした。

----- * ----- * ----- * -----

 海賊船での一日は、陽が登ると同時に始まるようだ。

「小僧、起きろ!」
「はい」

 一晩泣いて、泣き疲れて眠った事もあり、後ろ向きにすっきりした。
 与えられた現実をしっかりと受け止めるという事で覚悟もできた。諦観とも言うが……
 今こそ、前世で鍛え上げたサラリーマンスキルを、発揮する時だ。どんなに文句を言っても、上司には逆らえない。会社には逆らえない。環境には逆らえない。そのくらいであれば、現状にささやかな満足を見出し、いつの日かを夢見て、前へ進むのだ。

 勿論、チャンスがあれば逃げ出す転職つもりだけど、当面は目の前にある事を片付けていくしかない。THE 社畜。負け組み。草食系男子。何と言われようと、どうしようも無い事は、どうしようも無いとして受け入れるしか無い。

「食え」

 真っ黒に焦げた、よくわからない棒状のものを差し出された。

「火を通してあるから、当たらないはずだ」
「はい」

 よくわからないものを受取り、口に含んだ。

「ぶっ」

 そして思わず吐き出す。
 焦げと腐臭。この2つが僕の口腔内を占拠した。

「奴隷のお前に他に食い物は無い。まぁ、そのうち慣れる」
「……」

 慣れるのか、これに。
 思わず、そのなんだか解らない棒状のものをみつめながらも、飢えの苦しみから逃れるために、食うようになるんだろうなと、漠然と思った。なので、そのギリギリまではやめておこう。どうしようも無い事は、どうしようも無いが、少し逆らっても罰は当たるまい。

「あとで食べます」
「そうか」

 僕は自分の寝床の奥に棒状のものを押し込んだ。

「まぁ、ゴミ漁りのネズミも食わないから、そこで大丈夫か」

 ネズミも食わないようなものを僕に食わせたのか!

「やつらも仲間の肉だって事は解っているんだろうな」
「!!」
「がははは」

 思わず目を剥いた僕の反応に満足したのか親方が楽しそうだ。

「よし、食わねーなら仕事だ、ついてこい」

 いや、そんな事よりネズミの肉だったの? 僕、食中毒で死んじゃわない? そう目で訴えたが、そんな事が通るはずもなく、僕のケツを軽く蹴り、歩き出すよううながした。
 
 海賊船は、僕がいる場所が下甲板。階段を上がって船長が僕の事をボコボコにしていた場所が上甲板だと教わった。下甲板から上甲板の下にある屋内に入る事が出来る。ここも下甲板だって言われた。

 屋内の下甲板はいくつも部屋があり、そこで海賊が生活をしている。
 僕は奴隷だから下甲板の外で生活をするみたいだ。
 何人かいるらしいけど、親方以外はまだ会っていない。
 嵐や戦闘のたびに、行方不明になるので、ちょくちょく補充するそうだ。

 それって、殺されているか海に落ちているよね……気をつけないと。

 そして、屋内の下甲板には下りの階段があって、そこからもう一つ下の階へ行ける。そこが最下甲板さいかかんぱんというみたいだ。最下甲板は帆を出せないような時用のオールがある。そして最下甲板の下は船底。その向こうは、海らしい。

「そこだ」

 親方が指差した先には海に向かって2枚の板が突き出ていた。
 どうやら、ここが船長と親方の打合せで、僕の職場という事に決定したみたいだ。

「これは……?」
「便所だ」
「ですよね……」

 近づくに連れて、ツンとした匂いが仄かに漂っていたんだよなぁ。
 汲み取り式ほど目には染みないけど、どこか懐かしい香り。前世での子供の頃に行った田舎や山小屋を思い出す懐かしき香り。
 
 そこは、便所といっても便器がおいてあって囲いがあるなんていう上等なものではなく、海に突き出た2枚の板と、その周りに申し訳程度に囲いがある程度のもの。板の上にしゃがみ、板の隙間から用を致すという天然の水洗便所だ。

 船に溜め込まず、バンバンと外に捨てていくので、一見清潔そうに見えるこのシステムだが……

「毎日掃除しないと、狙いを外したブツが周りにくっついてな。前の担当がいなくなって一週間、ちょっと我慢が出来ないレベルになってきたので、さっさと磨いてくれ」

 そう言って、親方は僕に木の柄と何かの動物の毛で出来ているっぽい、短い・・ブラシとロープが付いたバケツを手渡した。

「これで、こするんですか?」

 こびりついたブツと絶妙な距離感になりそうな短いブラシを見つめながら、僕は親方に質問をした。

「そうだ。船は揺れるから落ちるなよ。落ちても誰も気が付かんし、助けにも行かん」
「は、はは……」
「昔、匂いがどうしても嫌だと腰を上げて長いブラシで掃除した奴もいたがな……」

 そう言って船尾の端にぶら下がっている柄の長いブラシを指差した。なんだ、あるじゃん。

「今はブラシだけがあそこにぶら下がっている」
「このブラシでいいです……いや、このブラシがいいです」

 板の隙間から下を覗くと、海面が見える。
 僕の身体なら充分、この隙間から飛び込める。大人でも、身体の確度次第では落水しちゃうだろう。

 そして、匂い沸き立つ2枚の板を観察する。

 清潔なシステムと思ったのだが、これはあくまで船が揺れない場合に限るんだな。

 そう、船はユラユラと揺れるわけで、狙いを逸したブツがべっとりと板にこびり付いてしまっている。これを海水をバケツで組み上げ、ブラシで擦り落とすのが、もっとも最下層の俺の仕事。だが、ここだけの掃除なら、まだ我慢が出来る。

「よし、さっさとやってくれ。俺は元の場所にいるから、終わったら報告しろ。落ちたら、会うのはこれで最後かもしれんから、達者でな」

「い、いえ、落ちませんから……」

 なんて不吉な事を言うんだ。
 僕はじっと2枚の板を眺め、その隙間から落水する自分を想像して頭を振った。

「仕事はこれだけじゃないから、さっさとやれ!」
「はい!」

 とりあえず、アサインされたタスク与えられた仕事をこなすのがサラリーマンの使命だ。そんな事をブツブツ呟きながら、僕はバケツを板の隙間から海面に投げ入れ、水を汲む。

「結構、重い……」

 身体を持っていかれそうな抵抗があったが、なんとか汲み上げる。
 板で脚を踏ん張ったので……ブーツの裏にブツが付いて汚れてしまった。
 とりあえず、涙目になりながらも、ブラシで軽く擦って、汚れを落とす。

 僕はブラシを強く握りしめ……

「くせぇ!」

 離れて見ているうちは、潮の香りでかなり誤魔化されていたみたいだ。短いブラシをもって近づいてみると、相当匂いがキツイ。意識が遠のき……

「うわっ! 危ない!」

 マジで危なかった。

 ちょっと船が揺れたタイミングでふらついたので、落ちそうになった。
 咄嗟に手をついて身体をささえなければ、シャルル第2章奴隷編は、ここで終わっていたな。ちなみに第1章は何でもないような事が幸せだった日々の話だ。

 いや、そんな事はどうでもよくて、咄嗟についた手には、

「……ですよね」

 さすがに比較的乾いているブツばかりだったので、べっとりとまではいかなかったけど、はい、今度は手を洗います。

「さて、匂いにも慣れてきたし……」

 揺れたら板の隙間から落ちるだろうという事が予想できたので、僕はバケツのロープを外して簡易的な命綱を作った。最悪、これで落ちたとしても船尾にぶら下がって助けがくるのを待てばいい。明日からはバケツのロープではなく、専用の命綱を準備出来ないか、親方に相談してみよう。

「まったく、職場環境での安全は上司の義務だっつーの」

 顔を近づける。

「くそ、くせぇー」

 やっぱり慣れたなんて嘘でした。ごめんなさい。
 いくらやっても臭いものは臭い。
 
「ふざけんな! また、手に付いた……!」

 匂いから、身体を逸した際に思わず手を付いてしまっていた。

「何食ってるんだ!」
「くそ!」
「うお……慣れてきた!」
「やっぱり、クセぇ!」
「やってやる! やってやるぜ!」
「これが終わったら、母上に好きだ。オッパイが好きだ! って告白するんだ!」

 はぁ……ようやく仕事が終わる頃には、僕の言葉遣いも4歳児に相応しくないものになってきたな。『俺』の言葉遣いに、『僕』がだいぶ影響されてしまったのかもしれない。母が聞いたら悲しむだろうか……

「親方ぁ……終わりました」
「そうか。よし、じゃあ次の仕事を……」

 終わった事を確認しにも来ないのか。
 まぁ、上司なんてそんなもんだよな。そのくせ、ケチを付ける時はケチを付けてきやがる。

「その前に、明日からなのですが、少し長めのロープを借りれないでしょうか?」
「ロープか? 何に使うんだ?」
「海に落ちないように身体を支えようと思います」
「……」

 親方が潰れていない片目を大きく開いて沈黙に陥った。あれ? なんか怒らせたか?

「……」
「お、親方、いいです。すみません、わがままを言いまして。大丈夫です。与えられた環境で頑張ります。全然平気です。以前の職場も、それはブラックで……!」

 とりあえず、殴られたくないので土下座をしておく。
 そんな僕の頭を、親方が突然撫でた。

「……おう! その手があったか!」

 はい?

「いや、船が揺れたり、酔っ払ったりで海に落ちるやつも多くてな。なんか方法が無いかと思っていたが、そういう手があったか。何で今まで思いつかなかったんだろうな。お前、ガキのクセに賢いな」

 いや、こんなの、ごく当たり前の発想じゃないか?

「いやー、そうか。船員や奴隷なんて換えがきくから、そんな事考えもしなかったぞ。ふむ、船長にも、お前が考えついたと報告しておこう」

 とりあえず、こんなくだらない事で使える子供という評価が得られたみたいだ。

----- * ----- * ----- * -----

 ちなみに、船長の報告は、なぜか僕も同行する事になった。
 そして殴られた。

 理由は、

「なんでもっと早く考えつかなかったんだ!」

 だそうだ。

 いや、僕、昨日誘拐されて連れてこられたばかりだし……

「悪かったな。だが坊主は丈夫だな。傷一つないじゃないか」
「心が傷ついています」
「は? 面白い事を言うな。心が血でも流すのか? がははは!」
「そ、そうですね……はははは」

 親方がブラック企業のクズ上司っぽい事を言いだしたので合わせて置いた。とりあえず、これで殴られても傷つかないって事は流されたようだ。

「じゃあ、次の仕事だ……」

 そういって再び僕と親方は下甲板から最下甲板へ降りていった。
 
 僕の職場、天然露天水洗便所は、実際の所、ある程度海が凪いでいて、明るい時にしか使えないそうだ。少しでも時化たり、暗くなったりすると隙間から転落するリスクが高くなるので、使わないという運用をしているらしい。まぁ、命綱もなくあそこで踏ん張ったら落ちるよな……

 そこで、そういう時のために、この船では各々が専用のバケツを用意しており、それを利用してしのいでいるという事だ。

 毎朝、最下甲板の船首にある倉庫に、このバケツが集められている。ここから船尾まで運んで海に捨て、バケツを洗う。これも僕の仕事という事になった。

「親方、バケツの中身を捨ててから便所を掃除した方が、二度手間にならなくていいのでは……」
「……」
「またですか……」

 また、親方が残った片目を開いて固まった。そして、

「そうだな。坊主、お前、賢いな」

 はいはい、僕はもっと文明の進んだ世界から来ましたからね。優秀なんですよ。まさに、チートですねぇ。

「でも、なんでワザワザ船首に溜めているんです? 船尾に置けば捨てるのは楽ですし、そもそも各自で捨ててしまえば、面倒も無いんじゃ」

 また固まるかな……そう思ったが、今回はあっさりと回答があった。

「戦闘時の嫌がらせだ」
「嫌がらせ?」
「そうだ。戦闘になって、こちらが危ない時は船首から敵船に突っ込む。そして、バケツをぶちまける」

 うわー、それは嫌だな。

「実際にそんな状態になった事はあるんですか?」
「まだ、無いな」

 それは色々な意味で良かった。

「まぁ、片付ける奴がいれば、無理に溜める必要も無い。なので、ここにあるのは海に捨ててしまえ」
「はぁ」

 だったら、各自で毎朝捨てれば……と提案するのは、ループになりそうなので止めておく。
 とりあえず解ったことは、ここの船員はオツムが弱いのだろう。そして、う◯こが死ぬほど臭い。いや、これは万国共通か……

----- * ----- * ----- * -----

 仕事が終わった事を報告し、親方に報告をした。

「朝飯をもってこい」

 朝飯? ああ、朝、僕がしまったやつだね。
 
 僕は言われた通り、寝床から肉を持ち出した。
 その肉をジロリと白く濁った片目で見ると、僕から乱暴にもぎ取り、腰に指した。そして、親方はどこから取り出したのか、また真っ黒に焦げた棒状の肉を僕に差し出した。

「火を通してすぐの方が安全だ」

 安全か危険かが食べ物をチョイスする基準じゃ無いような気もしたが、ここはそういう場所なのだろう。それに……いやー、本当に腹が減っていたんだよね。朝からどころか、村で朝飯を食って以来何も食べていなかったので、さすがに目が回りそうだったんだ。

 今朝は食べる事の出来なかった黒い何だか解らない感じになっている肉の塊。ネズミの肉らしいというのは忘れよう。きっと大丈夫だ……色々な事が頭を過ぎったが、諦めて食いついた。

「くさ……ん? あれ……」

 不味くは無いが、うまくも無い。味がしない塊を食べている感じだ。すごい遠くに肉のような味を感じる。今朝感じた腐敗臭はどこにいったのだろうか……

「ほう、もう慣れたか」
「もぐもぐ……そ、そうみたいですね」

 とりあえず栄養補給を第一に考え、しっかり噛んでから飲み込む。

「まぁ、あんだけ、クソまみれになっていれば、鼻も利かなくなるか」
「なるほど」

 そういう事か。
 匂いが解からなければ、味も解らないしな。腐敗臭も味もしない。何とか食えるか。

 そう思ってからは、体力回復を念頭に、しっかり一本を食べ、雨水を溜めただけという、少し色のある飲水で喉を潤し、僕の奴隷としての初日のお努めは終了した。

----- * ----- * ----- * -----

(ふわり)

 何か柔らかいものに包まれた気がした。ただ、疲れて泥のように眠りに落ちていた僕は、目が重くて開けることが出来ない。

 どこからか、とっても懐かしくて、いい匂いがする。
 その匂いと、柔らかさに包まれて、僕の身体から疲れは癒え、活力が全身に行き渡るのを感じた。

 とっても暖かい。何の疑いもなく、僕は「大丈夫だ」という想いに満たされる。
 そう、これはまるで……

----- * ----- * ----- * -----

「……はうえ……」

 僕は自分の声で目を覚ました。
 
 うわ、恥ずかしい。母を寝ぼけて呼んでしまうなんて同僚に聞かれたら……

 って、ここは海賊船だね。同僚はいないし、僕はシャルル、4歳児だ。

「坊主、朝だ! いつまで……って、起きていたのか」
「おはようございます、親方」

「なんだ元気そうだな。夜中は平気だったか?」
「夜中ですか?」
「ああ、昨日、初めて黒肉を食っただろう。一晩中、下痢で悩まされなかったか……」
「いえ……昨晩はすっかり熟睡してしまって……」
「そ、そうか……」

 あの肉は、やっぱり食ったら危ないものだったのか?

「まぁ、遅い奴でも1ヶ月くらいで慣れるからな。坊主は平気だったって事か」
「はい……そうみたいですね」
「それじゃ、朝の分だ」

 そういって親方が黒肉を差し出す。

「あ、次から食事は自分で取ってきますね」
「いや、いい。これが俺の仕事だ。それにお前達船奴隷は、調理場や食堂には入れない」
「そうなんですか」
「食事を配るのも、船奴隷管理者としての仕事だ。気にするな。お前はお前の仕事をしていればいい」

 親方もただの中間管理職って事なんだな。

「それじゃ、それを食ったら仕事に取り掛かれ」
「はい」
「あ、ちょっと待て。これだ……」

 そういって親方は腰の後ろに手を回し、赤黒く薄汚れたロープを僕に差し出した。

「あ、命綱ですね。ありがとうございます……って」

 赤黒い? どこかで見たような色のような気がしないでもない。……深く考えると怖いので、このままにしておこう。

「とりあえず、これで安心して仕事が出来ます。そういえば、他の船奴隷の方って何をしているんでしょうか。一度、ご挨拶をした方が……」
「大丈夫だ。それは俺の方でやっておく。お前はお前の仕事をすればいい」
「はぁ」

 ブラックっぽい言い方だ。
 しかし、この船に乗ってから船長と親方以外、誰にも合っていないんだが……
 そんな事を考えながら最下甲板へ行き、船首の倉庫を確認すると、

「うわー」

 昨日と同じだけ、バケツが並んでいる。
 この船の連中、どんだけ、う◯こをするんだ。しかも出来たてホヤホヤか……

「くせぇ」

 とりあえずボヤキながら僕は一番手前にあるバケツを持ち上げた。
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