32 / 47
第2章 4歳児、婚約する
12. エズの村
しおりを挟む
地図を受け取った僕は、そのまま公都アラルコンを後にした。
具体的には、街で一番高い内殿の尖塔の天辺まで警備の騎士達を振り切って駆け上り、そこからエズの村がある方向へダイブ、鎧を飛行形態に変化させた上、上昇気流を捉まえ、一気に高度を上げた。
空路で一直線にエズの村を目指す事にしたのだ。
出発前、エリカくらいには声を掛けていくべきだったかもしれないが、僕は1分1秒を惜しんでエズへ向かう事を選択したのだ。
なぜならーー
到着が遅れれば村人の被害者が増える。
それはーー
仇である船長の分身が増える事。すなわち、船長を殲滅するのが面倒になるからだ。
まぁ、僕にとっては、見ず知らずのエズの村の住人がヘドロに変わろうと、ピンとは来ないし、そもそも村を挙げて僕をオークションに出したくらいだから、村そのものに良いイメージは無い。
空路で約4時間。
途中何度か上昇気流を捉まえながら、ほぼ一直線に空を飛んだ僕の前方には、海岸沿いに拡がるエズの村が見えていた。馬車に揺られてドナドナした際には3日はかかった道のりも、あっという間だ。公都からの距離は、体感的にはだいたい3,400Kmという所かな。
僕は徐々に高度を落とし着陸態勢に入る。
あそこにカーラの仇がいると想うと、自重する気が全く起きない。
村の中央……僕が馬車に積まれた檻に放り込まれるまで閉じ込められていた、村で一番大きな建物でもある役場の正面が大通りになっていた。ちょうど着陸には手頃だな。すでに日は落ちていて真っ暗だが、気にする事もなく僕は、減速もそこそこに、大通りに着陸した。
足の裏で地面を削る感覚を味わいながら、少し減速した所で僕は拳を地面に突き立て、強引に停止した。
通りには大きな穴が空いてしまったが、都合よく、村のど真ん中、役場の目の前だ。
「ヘドロ人間はどこだ! 出てこい! 僕が来たぞぉ!」
周囲を見回し、大声で叫ぶ。
ヘドロ人間が出てくれば、一気に切り捨てるつもりだ。 元は人間だとしても助ける事が出来ないなら、公都と同じように切り捨ててあげるのが慈悲なんだろう。それにーー
カーラの事を考えると、彼らが被害者だとしても、我慢する事が出来ない。
「ヘドロ人間! 船長! いるんだろう! 出てこい!」
僕がしつこく叫ぶと、
「ば、馬鹿な……! シャルルか!?」
「え?」
突然僕を呼ぶ聞き覚えのある声が役場の建物から聞こえた。
「こっちだ……早く入れ!」
役場の扉から顔を出していたのはロランだった。
え? なんでロランがエズにいるの?
僕は不思議に思いながらも、役場の中へ入っていった。
役場は元々、それなりの広さがある木造の建物だったが、そこには所狭しと人がいて、身を寄せ合っている。一同の顔色は悪く、僕の事を不安そうにみていた。
「シャルル、どうやってここに来た? 公都で何かあったのか?」
「ロランこそ、なんでこんな所にいるのさ?」
「それは……ちょっと上にあがるか。おい、村長室使うぞ」
「は、はい」
ロランが近くにいた村役場の職員らしき男性の老人に声をかけ、座っている人々をかき分けるように役場の中央にある階段に向かった。
「あ、ここ」
「どうした? 知っているのか?」
「僕、この階段の下の牢屋に閉じ込められたんだよね」
「そ、そうか……それは難儀だったな」
僕はじっと地下へ続く下りの階段をみつめたあと、ロランに続いて2階へあがった。
2階も1階と同様、人が溢れていたが、こちらにいるのはどちらかと言えば、元気そうな人が多そうだ。
「閣下! 先ほどの叫び声はなんですか?」
「奴らが来るんですか?」
ロランを見ると口々にすがるように質問をしてくる。
さっきの叫び声って僕だよなぁ……
「なんでも無い、奥の村長室を使うからどいてくれ。村長の許可はとった」
そういって、近寄ってくる人をかき分けるように進む。
「シャルル、ここに入れ」
「はい」
ロランがドアを開けると、そこには大きな机と椅子があるだけの小部屋だった。机の後ろには大きな窓があるが、内側から板を打ち付けて塞いである。
「この村の村長用の執務室だ。狭いから今は使われてない」
「そうなんだ」
さっき、ロランが声をかけた老人が村長なのかな?
「それで、なんでロランがエズにいるのさ?」
「国境沿いの村に疫病が発生したと言ったろ。その調査でやってきたのだ」
「ふうん、それも白ライセンスの仕事?」
「ああ、ここは隣のゴヤ公国と近くてな。ちょっとややこしい地域なんだ」
「そうなんだ」
「ところでお前は何でここにいるんだ?」
その質問に僕は目を伏せ説明を始めた。
***
「何! アマロ公家が全滅しただと!」
「うん」
「そうか……それで……カーラはどうした」
「……逝ったよ」
「そうか」
ロランはそう呟くと、僕の頭をポンとだけ叩いた。
「それで、ここのヘドロ化した村人の話を聞いて文字通り飛んできたという訳だな」
「うん。あいつらは……あいつらは、どこにいるの?」
僕の低く抑えた言葉に、ロランがポリポリと頬を書く。
「ここ以外だ」
「面倒くさいこと言わないでよ! 僕は今すぐにあいつらを殲滅するよ」
「いや、場所について勿体ぶっているんじゃなくて、文字通り、ここ……この役場以外なんだ」
「どういう事?」
ロランの言っている意味が……え? そういう事?
「もしかして、この場所以外には、もう住人がいないって事?」
「ああ、この役場に避難した俺を含めて78名以外はヘドロ化した」
遅かったか……思っていた以上に仇の数が多いぞ!
***
エズの村は、村と表現しているが、十分大きな街だ。
空から見た限り、街の大きさは3,4キロ四方はあった。高い建物はほとんど無いが、それでも家は、かなり密集して立てられていたし、人口も数千人は軽くいるんじゃないか。
その村が78人を残して全滅したというのが、ロランの見解だった。
「ロラン、でもどこかに残っている人は……?」
「いない」
「確認したの?」
おそるおそる、ロランに聞いてみる。
「ああ、確認した。さすがに俺が奴らにどうこうされるような事は無いからな。それこそ、この村に着いて3日目に村全体に疫病……お前の話を聞く限り、疫病では無さそうだが……その疫病が蔓延し、ヘドロ化していない健康なものだけを、この建物に集めた。それこそ、俺が一軒一軒回ったからな。疫病が流行る前に村の外に出ていた人間までは把握していないが、少なくともこの村の中に正常な人間はここ以外には、もういない」
僕の質問に、ロランは珍しく長口上で答えた。
その目はギラギラとしていて、ロランも出遅れたことが相当悔しいらしい。
「でも、ロランなら脱出できるんじゃない? さっさと公都に帰ったら?」
「いや、この疫病が隣国に波及しても問題だし、そもそも、ゴヤが仕掛けた可能性も考慮する必要がある。この件が片付くまで、ここを動くことは出来ない……」
そうなんだ。
エリカが待っているのに……それに、万が一、ロランがヘドロ人間になったら、エリカが悲しむと思うんだけど……僕みたいな苦しみを、エリカには味わって欲しくない。
「……という所だったのだが」
だがロランが少しだけニヤリと笑い、僕をみつめた。
「シャルルが来たことで、情報も入ったし、状況が変わった」
「じゃぁ、動くの?」
「ああ、ヘドロ化した人間が助からないなら、殲滅する。その上でお前が言う元凶の船長を探そう」
「ありがとう、仇討ちに協力してくれるんだね」
そう僕が言うと、ロランが首を振って、
「どちらかと言えば、シャルルが俺の任務に協力してくれるというのが正確だろう」
と、もう一度、僕の頭をポンと叩いた。
「もう暗い。奴らもまだこの建物には入ってこないようだ。今日は休め。そしてカーラを弔ってやれ。まだ祈りも捧げていないんだろう?」
「……うん」
ロランにそう言われて、僕は初めて気がついた。
身体は残っていないけど、気持ちでだけでも、ちゃんと送ってあげないと……
「この部屋は自由に使って良いぞ。今日は2階には誰も入れないようにしてやる。食事が必要になったら下へ取りに来い。俺は下で寝る。そして……明日、夜明けとともに仕掛けるぞ」
そういってロランは僕を残し、この部屋を出て行った。
ドアが閉まったのを見届けると、僕は、
「スン、出ておいで」
と、声をかけた。
その声にスンはすぐ反応してくれて、僕の背後に姿を現した。
「主様」
「カーラを弔おうと思う。この世界でのやり方は解らないけど、一緒にいいかな。カーラもスンの事、気に入っていたし」
「ん」
スンはそう答えて、村長室の机をごそごそと荒し始めた。
何をするのだろうと見ていると、今度は壁際にあるタンスを開け……
「これ」
そういって、太い蝋燭を僕に差し出した。
「ありがとう」
僕はその蝋燭を机の中央に立たせ、
「火……無いな」
「魔法」
「え、あ、ああ……でも僕の魔法だと船を吹き飛ばすようなものしかないけど……」
「私の後について」
「教えてくれるの?」
「ん、特別」
スンが背後から僕の右手を持ち、僕の耳元にささやくように呪文を告げる。
『この手に炎を宿し』
『この手に炎を宿し』
僕もスンから教えられた通り、静かに魔法の呪文を詠唱をする。
すると僕の手の上に小さな炎が浮かぶ。
『この炎をもって』
『この炎をもって』
その炎がゆっくりと揺らぎ、
『蝋燭の上に』
『蝋燭の上に』
そして蝋燭の上へ移動をし、蝋燭の芯に火を灯した。
「ついた」
「まだ」
スンが、さらに僕に呪文を囁く。
『我が光をもって』
『我が光をもって』
その瞬間、蝋燭の周囲に無数の光りの粒が現れ、
『かの魂』
『かの魂』
その光の一つ一つが、徐々に大きくなり小さな顔に変わる。
そこにはカーラや、ソフィア、それに公王やユリーヌ公妃、それに何人……何十人……何百人……何千人もの人達の柔らかい笑顔が……部屋の中を埋め尽くす。
『神々に捧げん』
『神々に捧げん』
僕の目からは涙が溢れたけど、そのままスンの言うとおりに呪文を終える。
僕の周囲にあった沢山の笑顔は、みな同じように上の方を見上げ、笑顔のまま、ゆっくりと消えていく……
最後に消えたひときわ大きな光はカーラの笑顔だった。
(ありがとう)
カーラの口がそう動いたような気がした。
***
暗がりを取り戻した部屋で僕はしばらく呆然と今見た光景に心を奪われていたが、やがて、
「スン……ありがとう」
と呟いた。
「ん」
スンはそういうと背後から握りしめていた僕の手を離し、僕の横にくっつくように座った。僕も絨毯に腰を下ろし、
「今のは……みんな安らかに成仏したという事かな?」
と、スンに聞いた。
「ん、魂を神々の世界へ還した」
「そうか……」
この世界の宗教観は解らないけど、魔法もあるくらいだし、神々の世界というのがあってもおかしくは無い。でもそこって死なないと行けないのかな? 生きたまま行けるのだったら、機会があれば、行ってみよう。もしかしたらカーラに会えるかもしれない。
カーラの暖かい笑顔をもう一度みる事が出来た僕は、少し眠気が差したので、
「スン、寝るね」
「うん」
そういってスンと僕は横になる。
孤児院ではカーラがいたので、久しくなかったのだが、僕はスンにしがみつき、久しぶりにゆっくりと寝た。
***
暖かい夢をみた。
母のそばに僕が座り、その様子をタオルを持ったカーラがニコニコしながら見ている。
母の腕の中には、この世で一番愛おしい何かがいて、僕は幸せな気分に包まれていた。
***
「シャルル、開けるぞ……うわっ! スンちゃん、服を着て寝なさい! 風邪を引くぞ! ん? 魔具は風邪を引くのか?」
「おはよう、ロラン、朝から五月蠅いね」
僕はロランの騒がしい声で目を覚ました。
僕の横には目をぱっちりと開けたまま横になっているスンが……全裸で寝ていた。
「いつも思うんだけど、スンは何で朝になると裸なの?」
「仕様」
「仕様なら仕方ないね。ロラン、仕様だって。嫌だったら仕様変更依頼書を提出して。無償有償の判断の上、有償なら見積もりだすから」
僕はそういって、もう一度横になった。
なんか幸せな夢をみていたんだよなぁ……。
「おい! カーラの仇はどうした!」
僕はその声に飛び起きる。
「ごめん、寝ぼけた。スン、準備」
「ん」
そういって、スンは刀に変化する。すぐ横に鞘も落ちていたので、刀を鞘に収め、僕は背中の定位置に装着する。
「いいよ」
「よし、行くか。半日でケリをつけて午後は住民を連れて公都まで移動を開始するぞ」
「村を捨てるの?」
「8千人はいた村人が100分の1になった。エズは生活基盤から見直しだ。移民も募る必要があるが、一時的には生き残った全員を避難させる」
僕はロランの声に頷き、鎧を完全武装モードに変化させる。
「じゃぁ行こうか」
そして、僕は村長室の窓をふさぐ板を吹き飛ばし、開いた窓から外へ飛び出した。
具体的には、街で一番高い内殿の尖塔の天辺まで警備の騎士達を振り切って駆け上り、そこからエズの村がある方向へダイブ、鎧を飛行形態に変化させた上、上昇気流を捉まえ、一気に高度を上げた。
空路で一直線にエズの村を目指す事にしたのだ。
出発前、エリカくらいには声を掛けていくべきだったかもしれないが、僕は1分1秒を惜しんでエズへ向かう事を選択したのだ。
なぜならーー
到着が遅れれば村人の被害者が増える。
それはーー
仇である船長の分身が増える事。すなわち、船長を殲滅するのが面倒になるからだ。
まぁ、僕にとっては、見ず知らずのエズの村の住人がヘドロに変わろうと、ピンとは来ないし、そもそも村を挙げて僕をオークションに出したくらいだから、村そのものに良いイメージは無い。
空路で約4時間。
途中何度か上昇気流を捉まえながら、ほぼ一直線に空を飛んだ僕の前方には、海岸沿いに拡がるエズの村が見えていた。馬車に揺られてドナドナした際には3日はかかった道のりも、あっという間だ。公都からの距離は、体感的にはだいたい3,400Kmという所かな。
僕は徐々に高度を落とし着陸態勢に入る。
あそこにカーラの仇がいると想うと、自重する気が全く起きない。
村の中央……僕が馬車に積まれた檻に放り込まれるまで閉じ込められていた、村で一番大きな建物でもある役場の正面が大通りになっていた。ちょうど着陸には手頃だな。すでに日は落ちていて真っ暗だが、気にする事もなく僕は、減速もそこそこに、大通りに着陸した。
足の裏で地面を削る感覚を味わいながら、少し減速した所で僕は拳を地面に突き立て、強引に停止した。
通りには大きな穴が空いてしまったが、都合よく、村のど真ん中、役場の目の前だ。
「ヘドロ人間はどこだ! 出てこい! 僕が来たぞぉ!」
周囲を見回し、大声で叫ぶ。
ヘドロ人間が出てくれば、一気に切り捨てるつもりだ。 元は人間だとしても助ける事が出来ないなら、公都と同じように切り捨ててあげるのが慈悲なんだろう。それにーー
カーラの事を考えると、彼らが被害者だとしても、我慢する事が出来ない。
「ヘドロ人間! 船長! いるんだろう! 出てこい!」
僕がしつこく叫ぶと、
「ば、馬鹿な……! シャルルか!?」
「え?」
突然僕を呼ぶ聞き覚えのある声が役場の建物から聞こえた。
「こっちだ……早く入れ!」
役場の扉から顔を出していたのはロランだった。
え? なんでロランがエズにいるの?
僕は不思議に思いながらも、役場の中へ入っていった。
役場は元々、それなりの広さがある木造の建物だったが、そこには所狭しと人がいて、身を寄せ合っている。一同の顔色は悪く、僕の事を不安そうにみていた。
「シャルル、どうやってここに来た? 公都で何かあったのか?」
「ロランこそ、なんでこんな所にいるのさ?」
「それは……ちょっと上にあがるか。おい、村長室使うぞ」
「は、はい」
ロランが近くにいた村役場の職員らしき男性の老人に声をかけ、座っている人々をかき分けるように役場の中央にある階段に向かった。
「あ、ここ」
「どうした? 知っているのか?」
「僕、この階段の下の牢屋に閉じ込められたんだよね」
「そ、そうか……それは難儀だったな」
僕はじっと地下へ続く下りの階段をみつめたあと、ロランに続いて2階へあがった。
2階も1階と同様、人が溢れていたが、こちらにいるのはどちらかと言えば、元気そうな人が多そうだ。
「閣下! 先ほどの叫び声はなんですか?」
「奴らが来るんですか?」
ロランを見ると口々にすがるように質問をしてくる。
さっきの叫び声って僕だよなぁ……
「なんでも無い、奥の村長室を使うからどいてくれ。村長の許可はとった」
そういって、近寄ってくる人をかき分けるように進む。
「シャルル、ここに入れ」
「はい」
ロランがドアを開けると、そこには大きな机と椅子があるだけの小部屋だった。机の後ろには大きな窓があるが、内側から板を打ち付けて塞いである。
「この村の村長用の執務室だ。狭いから今は使われてない」
「そうなんだ」
さっき、ロランが声をかけた老人が村長なのかな?
「それで、なんでロランがエズにいるのさ?」
「国境沿いの村に疫病が発生したと言ったろ。その調査でやってきたのだ」
「ふうん、それも白ライセンスの仕事?」
「ああ、ここは隣のゴヤ公国と近くてな。ちょっとややこしい地域なんだ」
「そうなんだ」
「ところでお前は何でここにいるんだ?」
その質問に僕は目を伏せ説明を始めた。
***
「何! アマロ公家が全滅しただと!」
「うん」
「そうか……それで……カーラはどうした」
「……逝ったよ」
「そうか」
ロランはそう呟くと、僕の頭をポンとだけ叩いた。
「それで、ここのヘドロ化した村人の話を聞いて文字通り飛んできたという訳だな」
「うん。あいつらは……あいつらは、どこにいるの?」
僕の低く抑えた言葉に、ロランがポリポリと頬を書く。
「ここ以外だ」
「面倒くさいこと言わないでよ! 僕は今すぐにあいつらを殲滅するよ」
「いや、場所について勿体ぶっているんじゃなくて、文字通り、ここ……この役場以外なんだ」
「どういう事?」
ロランの言っている意味が……え? そういう事?
「もしかして、この場所以外には、もう住人がいないって事?」
「ああ、この役場に避難した俺を含めて78名以外はヘドロ化した」
遅かったか……思っていた以上に仇の数が多いぞ!
***
エズの村は、村と表現しているが、十分大きな街だ。
空から見た限り、街の大きさは3,4キロ四方はあった。高い建物はほとんど無いが、それでも家は、かなり密集して立てられていたし、人口も数千人は軽くいるんじゃないか。
その村が78人を残して全滅したというのが、ロランの見解だった。
「ロラン、でもどこかに残っている人は……?」
「いない」
「確認したの?」
おそるおそる、ロランに聞いてみる。
「ああ、確認した。さすがに俺が奴らにどうこうされるような事は無いからな。それこそ、この村に着いて3日目に村全体に疫病……お前の話を聞く限り、疫病では無さそうだが……その疫病が蔓延し、ヘドロ化していない健康なものだけを、この建物に集めた。それこそ、俺が一軒一軒回ったからな。疫病が流行る前に村の外に出ていた人間までは把握していないが、少なくともこの村の中に正常な人間はここ以外には、もういない」
僕の質問に、ロランは珍しく長口上で答えた。
その目はギラギラとしていて、ロランも出遅れたことが相当悔しいらしい。
「でも、ロランなら脱出できるんじゃない? さっさと公都に帰ったら?」
「いや、この疫病が隣国に波及しても問題だし、そもそも、ゴヤが仕掛けた可能性も考慮する必要がある。この件が片付くまで、ここを動くことは出来ない……」
そうなんだ。
エリカが待っているのに……それに、万が一、ロランがヘドロ人間になったら、エリカが悲しむと思うんだけど……僕みたいな苦しみを、エリカには味わって欲しくない。
「……という所だったのだが」
だがロランが少しだけニヤリと笑い、僕をみつめた。
「シャルルが来たことで、情報も入ったし、状況が変わった」
「じゃぁ、動くの?」
「ああ、ヘドロ化した人間が助からないなら、殲滅する。その上でお前が言う元凶の船長を探そう」
「ありがとう、仇討ちに協力してくれるんだね」
そう僕が言うと、ロランが首を振って、
「どちらかと言えば、シャルルが俺の任務に協力してくれるというのが正確だろう」
と、もう一度、僕の頭をポンと叩いた。
「もう暗い。奴らもまだこの建物には入ってこないようだ。今日は休め。そしてカーラを弔ってやれ。まだ祈りも捧げていないんだろう?」
「……うん」
ロランにそう言われて、僕は初めて気がついた。
身体は残っていないけど、気持ちでだけでも、ちゃんと送ってあげないと……
「この部屋は自由に使って良いぞ。今日は2階には誰も入れないようにしてやる。食事が必要になったら下へ取りに来い。俺は下で寝る。そして……明日、夜明けとともに仕掛けるぞ」
そういってロランは僕を残し、この部屋を出て行った。
ドアが閉まったのを見届けると、僕は、
「スン、出ておいで」
と、声をかけた。
その声にスンはすぐ反応してくれて、僕の背後に姿を現した。
「主様」
「カーラを弔おうと思う。この世界でのやり方は解らないけど、一緒にいいかな。カーラもスンの事、気に入っていたし」
「ん」
スンはそう答えて、村長室の机をごそごそと荒し始めた。
何をするのだろうと見ていると、今度は壁際にあるタンスを開け……
「これ」
そういって、太い蝋燭を僕に差し出した。
「ありがとう」
僕はその蝋燭を机の中央に立たせ、
「火……無いな」
「魔法」
「え、あ、ああ……でも僕の魔法だと船を吹き飛ばすようなものしかないけど……」
「私の後について」
「教えてくれるの?」
「ん、特別」
スンが背後から僕の右手を持ち、僕の耳元にささやくように呪文を告げる。
『この手に炎を宿し』
『この手に炎を宿し』
僕もスンから教えられた通り、静かに魔法の呪文を詠唱をする。
すると僕の手の上に小さな炎が浮かぶ。
『この炎をもって』
『この炎をもって』
その炎がゆっくりと揺らぎ、
『蝋燭の上に』
『蝋燭の上に』
そして蝋燭の上へ移動をし、蝋燭の芯に火を灯した。
「ついた」
「まだ」
スンが、さらに僕に呪文を囁く。
『我が光をもって』
『我が光をもって』
その瞬間、蝋燭の周囲に無数の光りの粒が現れ、
『かの魂』
『かの魂』
その光の一つ一つが、徐々に大きくなり小さな顔に変わる。
そこにはカーラや、ソフィア、それに公王やユリーヌ公妃、それに何人……何十人……何百人……何千人もの人達の柔らかい笑顔が……部屋の中を埋め尽くす。
『神々に捧げん』
『神々に捧げん』
僕の目からは涙が溢れたけど、そのままスンの言うとおりに呪文を終える。
僕の周囲にあった沢山の笑顔は、みな同じように上の方を見上げ、笑顔のまま、ゆっくりと消えていく……
最後に消えたひときわ大きな光はカーラの笑顔だった。
(ありがとう)
カーラの口がそう動いたような気がした。
***
暗がりを取り戻した部屋で僕はしばらく呆然と今見た光景に心を奪われていたが、やがて、
「スン……ありがとう」
と呟いた。
「ん」
スンはそういうと背後から握りしめていた僕の手を離し、僕の横にくっつくように座った。僕も絨毯に腰を下ろし、
「今のは……みんな安らかに成仏したという事かな?」
と、スンに聞いた。
「ん、魂を神々の世界へ還した」
「そうか……」
この世界の宗教観は解らないけど、魔法もあるくらいだし、神々の世界というのがあってもおかしくは無い。でもそこって死なないと行けないのかな? 生きたまま行けるのだったら、機会があれば、行ってみよう。もしかしたらカーラに会えるかもしれない。
カーラの暖かい笑顔をもう一度みる事が出来た僕は、少し眠気が差したので、
「スン、寝るね」
「うん」
そういってスンと僕は横になる。
孤児院ではカーラがいたので、久しくなかったのだが、僕はスンにしがみつき、久しぶりにゆっくりと寝た。
***
暖かい夢をみた。
母のそばに僕が座り、その様子をタオルを持ったカーラがニコニコしながら見ている。
母の腕の中には、この世で一番愛おしい何かがいて、僕は幸せな気分に包まれていた。
***
「シャルル、開けるぞ……うわっ! スンちゃん、服を着て寝なさい! 風邪を引くぞ! ん? 魔具は風邪を引くのか?」
「おはよう、ロラン、朝から五月蠅いね」
僕はロランの騒がしい声で目を覚ました。
僕の横には目をぱっちりと開けたまま横になっているスンが……全裸で寝ていた。
「いつも思うんだけど、スンは何で朝になると裸なの?」
「仕様」
「仕様なら仕方ないね。ロラン、仕様だって。嫌だったら仕様変更依頼書を提出して。無償有償の判断の上、有償なら見積もりだすから」
僕はそういって、もう一度横になった。
なんか幸せな夢をみていたんだよなぁ……。
「おい! カーラの仇はどうした!」
僕はその声に飛び起きる。
「ごめん、寝ぼけた。スン、準備」
「ん」
そういって、スンは刀に変化する。すぐ横に鞘も落ちていたので、刀を鞘に収め、僕は背中の定位置に装着する。
「いいよ」
「よし、行くか。半日でケリをつけて午後は住民を連れて公都まで移動を開始するぞ」
「村を捨てるの?」
「8千人はいた村人が100分の1になった。エズは生活基盤から見直しだ。移民も募る必要があるが、一時的には生き残った全員を避難させる」
僕はロランの声に頷き、鎧を完全武装モードに変化させる。
「じゃぁ行こうか」
そして、僕は村長室の窓をふさぐ板を吹き飛ばし、開いた窓から外へ飛び出した。
0
あなたにおすすめの小説
俺が悪役令嬢になって汚名を返上するまで (旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)
南野海風
ファンタジー
気がついたら、俺は乙女ゲーの悪役令嬢になってました。
こいつは悪役令嬢らしく皆に嫌われ、周囲に味方はほぼいません。
完全没落まで一年という短い期間しか残っていません。
この無理ゲーの攻略方法を、誰か教えてください。
ライトオタクを自認する高校生男子・弓原陽が辿る、悪役令嬢としての一年間。
彼は令嬢の身体を得て、この世界で何を考え、何を為すのか……彼の乙女ゲーム攻略が始まる。
※書籍化に伴いダイジェスト化しております。ご了承ください。(旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
没落ルートの悪役貴族に転生した俺が【鑑定】と【人心掌握】のWスキルで順風満帆な勝ち組ハーレムルートを歩むまで
六志麻あさ
ファンタジー
才能Sランクの逸材たちよ、俺のもとに集え――。
乙女ゲーム『花乙女の誓約』の悪役令息ディオンに転生した俺。
ゲーム内では必ず没落する運命のディオンだが、俺はゲーム知識に加え二つのスキル【鑑定】と【人心掌握】を駆使して領地改革に乗り出す。
有能な人材を発掘・登用し、ヒロインたちとの絆を深めてハーレムを築きつつ領主としても有能ムーブを連発して、領地をみるみる発展させていく。
前世ではロクな思い出がない俺だけど、これからは全てが報われる勝ち組人生が待っている――。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした【改稿版】
きたーの(旧名:せんせい)
ファンタジー
【毎週火木土更新】
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。
その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ!
約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。
―――
当作品は過去作品の改稿版です。情景描写等を厚くしております。
なお、投稿規約に基づき既存作品に関しては非公開としておりますためご理解のほどよろしくお願いいたします。
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる