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第3章 4歳児、悪役令嬢を助ける
8. 黒い肉棒みたび
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深夜になった。
「じゃあ、僕とスンでホールを見てくるね」
「気をつけて」
「はーい」
不安げなジョゼに見送られて、僕とスンは部屋の玄関の外へ出た。
「これが禁断の女子寮……」
思わず唾を飲み込むが、スンはそんな僕のロマンを無視してスタスタと先を歩く。
「スン、ちょっと待ってよ」
夜中とはいえ、他の部屋の住人に気づかれる訳にはいかないので、小声でそう言いながら僕はスンの後を追った。二人の格好は、最悪バレた時に言い逃れができるよう、一応、制服着用だ。僕のは赤いけど。
「階段、誰もいないよな」
ジョゼの部屋のすぐ先には階段があり、これを一階まで降りれば、食堂代わりに使っているホールは近い。
2階分の階段を一気におり、ホールへつながる廊下を覗いた。夜中といっても真っ暗ではなく、壁には蝋燭ランプが立てられている。だがランプ周辺が明るい事により、明かりが届かない辺りの暗さは一層増すため、何やら不気味な雰囲気が漂っている。そう、見るだけで正気を失っちゃうような何かに出会いそう……
「主様」
「なに?」
「あれ」
「ひっ!」
スンが指さす方向に黒い影が蠢いていた。
人ぐらいの大きさで、両手と、両足があり、頭のあたりには金色の毛が……
「な、何……ん? あれ? あれって、ミハル?」
「ん」
僕たちの前方で、まるで夢遊病患者のようにフラフラと歩いていたのは、ジョゼの元親友のミハルだ。目下、洗脳された可能性のある筆頭とも言える。そのミハルがこんな夜中に何を?
「あ、また人が……」
僕たちがいる階段のさらに上から人が足を引きずるような音を立てながら降りてくる音がした。僕たちは慌てて、階段の後ろにあるスペースに身を隠し、様子を見る。
しばらくすると足音の主は、1階まで降りてきて、そのまま先ほどミハルが向かった方向へ移動していく。その歩き姿は、やはりフラフラとしている。
「二人……あ、三人目?」
次に聞こえてきたのは1階の廊下の奥、ホールとは反対側から僕たちがいる、この階段の方へ向かってくる足音だ。ぺたん、ぺたんと裸足で歩くような音がする。
「四人目も来た!」
「主様、五人目」
僕たちが階段で身を潜めていた数分の間に、ミハルを入れて7人の学生が皆一様にフラフラとしながらホールへ向かっていったのだ。
「もう来ないかな?」
「ん」
最後の一人がホールに消えた後も、僕たちは警戒してしばらく動かなかったが、網大丈夫だろうという事で、彼女たちが向かったホールへ移動してみる事にした。
***
「こ、これを食べるんですか?」
「ええ、そうですわ。これが私たちのサークルに入るための秘密の儀式なのです」
「秘密の……」
ホールの中央にあるテーブルに彼女たちは集まっていた。
テーブルの上には燭台が立てられており、その周囲を先ほどホールに入っていった7人の学生が囲んでいる。その真ん中で、不安そうに怯える一人の女子が座っていた。
「この試練を乗り越えて、貴女はアネイお姉様の下僕として生きることを許されるわ」
「こ、これを……」
その女子が見つめるテーブルの上には――
「スン、確定だ」
「ん」
忘れもしない、あの黒い肉棒が置かれていた。
とりあえず、あれを食べちゃうと人として戻って来れないので、あの子だけでも助けてあげよう。
「スンは先にジョゼの部屋に戻っておいて」
「ん」
「僕はあの子を連れて行く」
そう言って僕は助走を付けてホールの中へ飛び込んだ。
「え?」
ひとっ飛びで周囲を囲んでいた7人の頭上を飛び越え、テーブルの上に静かに着地。魔法を唱えて黒い肉棒を焼き尽くした後、一瞬の出来事に呆然としている女の子の首根っこを捉まえて、
「ひぇぇ」
拉致した。
……窓から飛び出した僕を、7人の女子学生は一言も声を発せず、ただみつめていた。その目には人としての意思みたいなものは感じられなかった。
***
拉致した女の子と一緒に……抱えているだけだが……外壁を伝ってジョゼの部屋まで戻る。
「ただいま! お土産!」
窓の外から部屋のベッドに放り込むと、ちょうどベッドの上で座っていたジョゼにぶつかりゴロゴロと巻き込んで二人ともベッドの下に落ちてしまった。
「あ、ごめん」
「い、痛っ……な、な、なんですの……えっ? この娘は?」
「まだ大丈夫そうだったので、連れてきた。あ、ちょっと待って」
呆然自失の状態から回復したのか、息を吸い込み大声で悲鳴を上げそうになったので慌てて手で口を塞ぎ、
「いい? 悲鳴は駄目、大声も駄目。解った? 解ったら2回頷いて」
と優しく訴える。
ついでに、
「解らなかったら気絶してもらうけどね」
とも付け加えると、彼女は目に涙を浮かべ顔を引きつらせながらも、慌てて僕の指示通り2回頷く。それを見て、僕は塞いでいる手を外す。もしかしたら、悲鳴を上げちゃうかもしれないと覚悟をしたが、どうやら大丈夫そうだ。
怯えてガクガクと震えてるのは見なかったことにしよう。
「主様、早かった……」
そこへ先に行かせたはずのスンが下の階が戻ってきた。
外壁を一気に昇ったから、僕の方が早かったみたいだ。
「ああ、一気に連れてきちゃったから」
「そう」
スンはそう言って、ベッドの下に座り込んでしまっている彼女の前まで移動し、
「名前?」
と聞いた。
「ロアナ様よ」
だがその娘が答えるよりも早く、ジョゼが答えた。
「知っている子?」
「ええ、知っているわ。ロアナ・ミザ・バルーン侯爵令嬢。ゴヤ公国のお姫様よ」
そこでようやく部屋の中にもう一人いたことを思い出したようで、ロアナは絶望的な眼差しをジョゼに向けた。
「ジョゼ……様?」
「怖かったでしょう。もう大丈夫ですわ、この人達は安全です。私が保証します」
「で、でもジョゼ様の保証なんて……」
ロアナが軽蔑するように目を逸らし、
「バルーン家の私をこんな所に連れてきて、一体どういう目的なのでしょうか? ゴヤは決してオドンの下につくような事はありませんわ」
そう吐き捨てた。
「ロアナ様も噂を信じているのですね」
その言葉にジョゼは悲しそうに呟く。
このままでは埒が明かないので、僕が口を挟む。
「ゴヤ公国って、あのアネイの国だよね?」
「そうね、あのアネイの国だわ」
ジョゼのその言葉にロアナが抗議の声を上げた。
「ち、違います! ゴヤ公国は公王陛下のもので、スメラギ男爵家のモノではありません!」
「ふーん、だけど、さっきはロアナもアネイの下僕になろうとしていたんじゃない?」
でも僕の指摘に羞恥で顔を真っ赤に染めて、
「そ、それは……この学院で生きていくために仕方無い事で……」
声が尻すぼみに小さくなりつつも答えた。
「ジョゼ様も追い出されて、私もああなるのかと怖くなって……」
「自分よりも格下の男爵令嬢に媚を売ることを選んだという事なんだね」
僕の言葉に俯いていたロアナの肩がビクっとなる。
ジョゼも僕の言葉に特段フォローを入れる事はなく淡々と話しを進めた。
「ロアナ様も、私が『ああなる』という状況を見ていたという事は噂を完全に信じていた訳ではありませんね」
「……ええ。すくなくともアネイ様が学院に来られるまでは、ジョゼ様はオドンの公女殿下として完璧に振る舞われていて、学院内でも信頼が厚かったですわ。だからおかしいと思いつつも、アネイ様も完璧でしたので、もしかしたら嫉妬されたのかと……」
「そう」
そう言ってジョゼは大きく溜息を付いた。
そして僕の方を見て、
「そんな事よりもシャルル君、どういう事? なんでロアナ様を連れてきたの?」
そう質問をしてきた。
「そ、そうですわ。なんですの、この子供は? まるで私を荷物のように持って、ここまで外壁を伝わって昇ってくる何て……はっ! まさか、ジョゼ様、私たちに復讐をするために悪魔を召喚……痛いっ!」
とりあえず、拳骨で軽く叱っておく。
女の子に暴力は良くないけど、いくら何でも酷い言い草だ。
「一応、僕は君の事を助けたつもりでいたんだけど、戻した方がいい?」
「助けた? どういう……」
「君が食べようとしていたアレ、黒い肉の棒。アレは食べたらお終い。人間を止める事になる」
「えっ?」
僕の言葉にロアナはキョトンとする。
だが、それを無視するかのようにジョゼが僕に説明を求めてきた。
「シャルル君、もしかしてアマロ公家の話と同じだったって事?」
「そう、その子が食べようとしていたのは、僕が何度も見てきた黒い肉棒。ヘドロ人間を作る食べものだ」
「そう……」
だが話だけしか聞いていないジョゼも少し懐疑的だ。
なので僕はそのまま、先ほどホールで見てきた光景をジョゼに説明する。
「そう、そんな儀式で結束力を上げているのね」
「だから違うよ」
燭台を中心に黒い肉棒を食べる行為を儀式として捉えたジョゼの言葉を否定しておく。
「あれは結束力を高めているのではなく、汚染だ。魂ごと侵される禁断の行為だよ」
「魂ごと?」
「そう。あの黒い肉棒を食べたら最後、もう人間には戻れない。さっきも言った通りあれこそがヘドロ人間の生成装置なんだと思う。呪いなのかどうかはまだ解らないけど……吐きだして一度も食べなかった僕は助かり、一度でも食べてしまった人達は誰も助けられなかった」
知っていたらカーラを助けていた。
僕は説明が終わったついで、ロアナに謝罪をする。一応、軽くだけど女の子を叩いちゃったしね。幼稚園に上がる前、近所の女の子と喧嘩した時、おばあちゃんが「女子供に手を上げるような男は生きている価値が無い」って、真っ赤に腫れ上がるまでお尻を叩いていた事がトラウマとして刷り込まれているのだ。
あれ、おばあちゃんが叩いていた僕は子供だったんだけどなぁ。まぁ、前世の話だ。今更言っても仕方無い。
「だから一応、さっきは助けてあげたって事で……怖がらせた事と叩いた事は水に流してもらえると嬉しい。許してもらってもいいかな?」
ロアナが僕の説明を聞いて少し冷静になったのか、背筋を伸ばし貴族らしい仕草で頷いた。
「こちらこそ、そんな事情を聴くと……解りました。その謝罪を受け入れます。ところで、助からないって、どういう事なのでしょうか?」
「実際に見ないと信じられないと思うけど……最後は黒いヘドロのような生き物になって、人を襲うようになる。アラルコンでは公王陛下以下、公王家がそれで全滅。ここのすぐ隣のエズの村もほとんどの村人が汚染されて壊滅したよ」
「嘘……」
「シャルル君の言っている事は本当かどうかは別として、少なくともアマロ公国の公王家はクニヒロ殿下を残して全員行方不明になっているわ」
ジョゼの説明でようやくロアナも自分の置かれていた危機的状況を納得してくれたようだ。
「では、あの黒い塊を食べていたら私も……」
「そうだね、助からなかっただろうね」
「じゃ、じゃぁ、皆さんもすでに?」
「少なくとも、あのホールにいた7人は駄目だろうね」
その言葉にロアナは涙を溢す。
「皆さん、私のお友達でした……ジョゼ様……あの中にはミハル様も……」
「そう……」
ジョゼも覚悟はしていたのだろうが、唇を噛みしめ涙を堪えるような表情を浮かべた。
「お友達がアネイ様と仲良くなっていくのを見て、その輪の中に入らないとって私も……愚かでした……」
そう俯き、涙を拭って顔を上げた。
「それでジョゼ様と……えーと? あっ、お名前をうかがっていませんでしたね」
「僕はシャルル、そっちはスン」
「シャルル様とスン様」
「シャルルで良いよ」
「……それでは私もジョゼ様にならってシャルル君とお呼びしますね。それでジョゼ様とシャルル君はどうするのですか?」
アネイとその取り巻きをどうするのか……という質問なのだろう。
「僕としては、ヘドロ人間には恨みしか無いので殲滅の一択なんだけど、どうする?」
被害者に個人的な恨みは全く無いが、助からないなら……解放が必要なら、僕の恨みを晴らす作業の一貫で一緒に殺らせてもらう。
「本当に助からないのですの?」
「何とかならないの?」
ジョゼとロアナがそう言う。
僕は一応スンを見るが、スンも首を横に振るだけだ。
「多分……すくなくとも今までは誰一人助けられなかったかな」
今更そんな方法があると知ったら、僕は正気ではいられないかもしれない。
僕は、腕の中で光の塵となって消えたカーラの最期を思い浮かべる。
喪った命は還ってこない。いくら僕が化け物のような力を持ってしまったとはいえ、これは逆らえない自然の摂理だ。それとも魔法があるこの世界では黄泉から魂を戻すような方法があるのだろうか。
「殿下だけでもお救いできないか確認させてください。殲滅はその後で……」
「時間は無いよ」
汚染が広まれば、エズの村の再現となる。
「解っています。明日の朝……明日の朝まで待ってください」
「解った」
ジョゼは覚悟を決めたようだ。
「いいよ。でも殿下が黒い肉棒に侵されていると解ったら、僕はジョゼがなんと言おうと消すからね」
「……はい」
(明日が学院の最後の日……になるかもしれません)
と、ジョゼが呟いたのは聞き流しておこう。
いくら何でも、加減はするよ……多分。
スンが呆れたように僕を見ていた。
「じゃあ、僕とスンでホールを見てくるね」
「気をつけて」
「はーい」
不安げなジョゼに見送られて、僕とスンは部屋の玄関の外へ出た。
「これが禁断の女子寮……」
思わず唾を飲み込むが、スンはそんな僕のロマンを無視してスタスタと先を歩く。
「スン、ちょっと待ってよ」
夜中とはいえ、他の部屋の住人に気づかれる訳にはいかないので、小声でそう言いながら僕はスンの後を追った。二人の格好は、最悪バレた時に言い逃れができるよう、一応、制服着用だ。僕のは赤いけど。
「階段、誰もいないよな」
ジョゼの部屋のすぐ先には階段があり、これを一階まで降りれば、食堂代わりに使っているホールは近い。
2階分の階段を一気におり、ホールへつながる廊下を覗いた。夜中といっても真っ暗ではなく、壁には蝋燭ランプが立てられている。だがランプ周辺が明るい事により、明かりが届かない辺りの暗さは一層増すため、何やら不気味な雰囲気が漂っている。そう、見るだけで正気を失っちゃうような何かに出会いそう……
「主様」
「なに?」
「あれ」
「ひっ!」
スンが指さす方向に黒い影が蠢いていた。
人ぐらいの大きさで、両手と、両足があり、頭のあたりには金色の毛が……
「な、何……ん? あれ? あれって、ミハル?」
「ん」
僕たちの前方で、まるで夢遊病患者のようにフラフラと歩いていたのは、ジョゼの元親友のミハルだ。目下、洗脳された可能性のある筆頭とも言える。そのミハルがこんな夜中に何を?
「あ、また人が……」
僕たちがいる階段のさらに上から人が足を引きずるような音を立てながら降りてくる音がした。僕たちは慌てて、階段の後ろにあるスペースに身を隠し、様子を見る。
しばらくすると足音の主は、1階まで降りてきて、そのまま先ほどミハルが向かった方向へ移動していく。その歩き姿は、やはりフラフラとしている。
「二人……あ、三人目?」
次に聞こえてきたのは1階の廊下の奥、ホールとは反対側から僕たちがいる、この階段の方へ向かってくる足音だ。ぺたん、ぺたんと裸足で歩くような音がする。
「四人目も来た!」
「主様、五人目」
僕たちが階段で身を潜めていた数分の間に、ミハルを入れて7人の学生が皆一様にフラフラとしながらホールへ向かっていったのだ。
「もう来ないかな?」
「ん」
最後の一人がホールに消えた後も、僕たちは警戒してしばらく動かなかったが、網大丈夫だろうという事で、彼女たちが向かったホールへ移動してみる事にした。
***
「こ、これを食べるんですか?」
「ええ、そうですわ。これが私たちのサークルに入るための秘密の儀式なのです」
「秘密の……」
ホールの中央にあるテーブルに彼女たちは集まっていた。
テーブルの上には燭台が立てられており、その周囲を先ほどホールに入っていった7人の学生が囲んでいる。その真ん中で、不安そうに怯える一人の女子が座っていた。
「この試練を乗り越えて、貴女はアネイお姉様の下僕として生きることを許されるわ」
「こ、これを……」
その女子が見つめるテーブルの上には――
「スン、確定だ」
「ん」
忘れもしない、あの黒い肉棒が置かれていた。
とりあえず、あれを食べちゃうと人として戻って来れないので、あの子だけでも助けてあげよう。
「スンは先にジョゼの部屋に戻っておいて」
「ん」
「僕はあの子を連れて行く」
そう言って僕は助走を付けてホールの中へ飛び込んだ。
「え?」
ひとっ飛びで周囲を囲んでいた7人の頭上を飛び越え、テーブルの上に静かに着地。魔法を唱えて黒い肉棒を焼き尽くした後、一瞬の出来事に呆然としている女の子の首根っこを捉まえて、
「ひぇぇ」
拉致した。
……窓から飛び出した僕を、7人の女子学生は一言も声を発せず、ただみつめていた。その目には人としての意思みたいなものは感じられなかった。
***
拉致した女の子と一緒に……抱えているだけだが……外壁を伝ってジョゼの部屋まで戻る。
「ただいま! お土産!」
窓の外から部屋のベッドに放り込むと、ちょうどベッドの上で座っていたジョゼにぶつかりゴロゴロと巻き込んで二人ともベッドの下に落ちてしまった。
「あ、ごめん」
「い、痛っ……な、な、なんですの……えっ? この娘は?」
「まだ大丈夫そうだったので、連れてきた。あ、ちょっと待って」
呆然自失の状態から回復したのか、息を吸い込み大声で悲鳴を上げそうになったので慌てて手で口を塞ぎ、
「いい? 悲鳴は駄目、大声も駄目。解った? 解ったら2回頷いて」
と優しく訴える。
ついでに、
「解らなかったら気絶してもらうけどね」
とも付け加えると、彼女は目に涙を浮かべ顔を引きつらせながらも、慌てて僕の指示通り2回頷く。それを見て、僕は塞いでいる手を外す。もしかしたら、悲鳴を上げちゃうかもしれないと覚悟をしたが、どうやら大丈夫そうだ。
怯えてガクガクと震えてるのは見なかったことにしよう。
「主様、早かった……」
そこへ先に行かせたはずのスンが下の階が戻ってきた。
外壁を一気に昇ったから、僕の方が早かったみたいだ。
「ああ、一気に連れてきちゃったから」
「そう」
スンはそう言って、ベッドの下に座り込んでしまっている彼女の前まで移動し、
「名前?」
と聞いた。
「ロアナ様よ」
だがその娘が答えるよりも早く、ジョゼが答えた。
「知っている子?」
「ええ、知っているわ。ロアナ・ミザ・バルーン侯爵令嬢。ゴヤ公国のお姫様よ」
そこでようやく部屋の中にもう一人いたことを思い出したようで、ロアナは絶望的な眼差しをジョゼに向けた。
「ジョゼ……様?」
「怖かったでしょう。もう大丈夫ですわ、この人達は安全です。私が保証します」
「で、でもジョゼ様の保証なんて……」
ロアナが軽蔑するように目を逸らし、
「バルーン家の私をこんな所に連れてきて、一体どういう目的なのでしょうか? ゴヤは決してオドンの下につくような事はありませんわ」
そう吐き捨てた。
「ロアナ様も噂を信じているのですね」
その言葉にジョゼは悲しそうに呟く。
このままでは埒が明かないので、僕が口を挟む。
「ゴヤ公国って、あのアネイの国だよね?」
「そうね、あのアネイの国だわ」
ジョゼのその言葉にロアナが抗議の声を上げた。
「ち、違います! ゴヤ公国は公王陛下のもので、スメラギ男爵家のモノではありません!」
「ふーん、だけど、さっきはロアナもアネイの下僕になろうとしていたんじゃない?」
でも僕の指摘に羞恥で顔を真っ赤に染めて、
「そ、それは……この学院で生きていくために仕方無い事で……」
声が尻すぼみに小さくなりつつも答えた。
「ジョゼ様も追い出されて、私もああなるのかと怖くなって……」
「自分よりも格下の男爵令嬢に媚を売ることを選んだという事なんだね」
僕の言葉に俯いていたロアナの肩がビクっとなる。
ジョゼも僕の言葉に特段フォローを入れる事はなく淡々と話しを進めた。
「ロアナ様も、私が『ああなる』という状況を見ていたという事は噂を完全に信じていた訳ではありませんね」
「……ええ。すくなくともアネイ様が学院に来られるまでは、ジョゼ様はオドンの公女殿下として完璧に振る舞われていて、学院内でも信頼が厚かったですわ。だからおかしいと思いつつも、アネイ様も完璧でしたので、もしかしたら嫉妬されたのかと……」
「そう」
そう言ってジョゼは大きく溜息を付いた。
そして僕の方を見て、
「そんな事よりもシャルル君、どういう事? なんでロアナ様を連れてきたの?」
そう質問をしてきた。
「そ、そうですわ。なんですの、この子供は? まるで私を荷物のように持って、ここまで外壁を伝わって昇ってくる何て……はっ! まさか、ジョゼ様、私たちに復讐をするために悪魔を召喚……痛いっ!」
とりあえず、拳骨で軽く叱っておく。
女の子に暴力は良くないけど、いくら何でも酷い言い草だ。
「一応、僕は君の事を助けたつもりでいたんだけど、戻した方がいい?」
「助けた? どういう……」
「君が食べようとしていたアレ、黒い肉の棒。アレは食べたらお終い。人間を止める事になる」
「えっ?」
僕の言葉にロアナはキョトンとする。
だが、それを無視するかのようにジョゼが僕に説明を求めてきた。
「シャルル君、もしかしてアマロ公家の話と同じだったって事?」
「そう、その子が食べようとしていたのは、僕が何度も見てきた黒い肉棒。ヘドロ人間を作る食べものだ」
「そう……」
だが話だけしか聞いていないジョゼも少し懐疑的だ。
なので僕はそのまま、先ほどホールで見てきた光景をジョゼに説明する。
「そう、そんな儀式で結束力を上げているのね」
「だから違うよ」
燭台を中心に黒い肉棒を食べる行為を儀式として捉えたジョゼの言葉を否定しておく。
「あれは結束力を高めているのではなく、汚染だ。魂ごと侵される禁断の行為だよ」
「魂ごと?」
「そう。あの黒い肉棒を食べたら最後、もう人間には戻れない。さっきも言った通りあれこそがヘドロ人間の生成装置なんだと思う。呪いなのかどうかはまだ解らないけど……吐きだして一度も食べなかった僕は助かり、一度でも食べてしまった人達は誰も助けられなかった」
知っていたらカーラを助けていた。
僕は説明が終わったついで、ロアナに謝罪をする。一応、軽くだけど女の子を叩いちゃったしね。幼稚園に上がる前、近所の女の子と喧嘩した時、おばあちゃんが「女子供に手を上げるような男は生きている価値が無い」って、真っ赤に腫れ上がるまでお尻を叩いていた事がトラウマとして刷り込まれているのだ。
あれ、おばあちゃんが叩いていた僕は子供だったんだけどなぁ。まぁ、前世の話だ。今更言っても仕方無い。
「だから一応、さっきは助けてあげたって事で……怖がらせた事と叩いた事は水に流してもらえると嬉しい。許してもらってもいいかな?」
ロアナが僕の説明を聞いて少し冷静になったのか、背筋を伸ばし貴族らしい仕草で頷いた。
「こちらこそ、そんな事情を聴くと……解りました。その謝罪を受け入れます。ところで、助からないって、どういう事なのでしょうか?」
「実際に見ないと信じられないと思うけど……最後は黒いヘドロのような生き物になって、人を襲うようになる。アラルコンでは公王陛下以下、公王家がそれで全滅。ここのすぐ隣のエズの村もほとんどの村人が汚染されて壊滅したよ」
「嘘……」
「シャルル君の言っている事は本当かどうかは別として、少なくともアマロ公国の公王家はクニヒロ殿下を残して全員行方不明になっているわ」
ジョゼの説明でようやくロアナも自分の置かれていた危機的状況を納得してくれたようだ。
「では、あの黒い塊を食べていたら私も……」
「そうだね、助からなかっただろうね」
「じゃ、じゃぁ、皆さんもすでに?」
「少なくとも、あのホールにいた7人は駄目だろうね」
その言葉にロアナは涙を溢す。
「皆さん、私のお友達でした……ジョゼ様……あの中にはミハル様も……」
「そう……」
ジョゼも覚悟はしていたのだろうが、唇を噛みしめ涙を堪えるような表情を浮かべた。
「お友達がアネイ様と仲良くなっていくのを見て、その輪の中に入らないとって私も……愚かでした……」
そう俯き、涙を拭って顔を上げた。
「それでジョゼ様と……えーと? あっ、お名前をうかがっていませんでしたね」
「僕はシャルル、そっちはスン」
「シャルル様とスン様」
「シャルルで良いよ」
「……それでは私もジョゼ様にならってシャルル君とお呼びしますね。それでジョゼ様とシャルル君はどうするのですか?」
アネイとその取り巻きをどうするのか……という質問なのだろう。
「僕としては、ヘドロ人間には恨みしか無いので殲滅の一択なんだけど、どうする?」
被害者に個人的な恨みは全く無いが、助からないなら……解放が必要なら、僕の恨みを晴らす作業の一貫で一緒に殺らせてもらう。
「本当に助からないのですの?」
「何とかならないの?」
ジョゼとロアナがそう言う。
僕は一応スンを見るが、スンも首を横に振るだけだ。
「多分……すくなくとも今までは誰一人助けられなかったかな」
今更そんな方法があると知ったら、僕は正気ではいられないかもしれない。
僕は、腕の中で光の塵となって消えたカーラの最期を思い浮かべる。
喪った命は還ってこない。いくら僕が化け物のような力を持ってしまったとはいえ、これは逆らえない自然の摂理だ。それとも魔法があるこの世界では黄泉から魂を戻すような方法があるのだろうか。
「殿下だけでもお救いできないか確認させてください。殲滅はその後で……」
「時間は無いよ」
汚染が広まれば、エズの村の再現となる。
「解っています。明日の朝……明日の朝まで待ってください」
「解った」
ジョゼは覚悟を決めたようだ。
「いいよ。でも殿下が黒い肉棒に侵されていると解ったら、僕はジョゼがなんと言おうと消すからね」
「……はい」
(明日が学院の最後の日……になるかもしれません)
と、ジョゼが呟いたのは聞き流しておこう。
いくら何でも、加減はするよ……多分。
スンが呆れたように僕を見ていた。
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なお、投稿規約に基づき既存作品に関しては非公開としておりますためご理解のほどよろしくお願いいたします。
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初めまして。
一昨日から面白くてイッキ読みして追い付いたんですが、続きは書かないんですか?
楽しみ待ってます。
気が向いたら続きお願いします。