浅草お狐喫茶の祓い屋さん~あやかしが見えるようになったので、妖刀使いのパートナーになろうと思います~

千早 朔

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『姿の見えないストーカー』に追われています

『姿の見えないストーカー』に追われています⑤

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 別に、高倉さんを擁護するつもりは一切ない。けれどこれは、あんまりすぎる。
 彼を傷つけないようにと、これまで言葉を選んでいた自分が馬鹿みたい。

(……部長にはもうやっちゃったし、いいか)

 腹をくくった私はもう隠すことなく息をついて、笑みを消す。
 と、私の変化に気付いた孝彰さんが、

「ああ、ごめんね? なんか、邪魔が入っちゃって。場所かえて話そっか」

「帰ってください。そして金輪際、二度と私に関わらないでください」

「……え、と? 彩愛さん?」

「既に何度もお断りしましたよね。というか、そもそも食事の件だって、私は部長に騙されただけで一切望んでないんです」

「そう、だけどさ。あの時だって、楽しかったでしょ?」

「いえ、まったく。退屈で退屈で、早く帰りたくてたまりませんでした。孝彰さんの話もろくに聞いていません。まあ、貴方様は一人で気持ちよーくお喋りされていて、非常に楽しそうでしたけども」

 孝彰さんが「なっ!?」と目を見張る。
 その顔にはプライドを傷つけられた怒りも混ざっていたけれど、私は構うことなく言葉を続けた。

「ですから、私にとって、はじめっから"あり得ない"お見合い……まあ、お見合いって気持ちもさらさらなかったんですけど、ともかく孝彰さんとお付き合いする気は微塵もありません。なんなら今後、お仕事でない限りは一切関わることのない生活を望んでいますので、恋人探しでしたら他を当たってください」

 愛想笑いゼロ。
 ぴしゃりと言い切った私に、孝彰さんはわかりやすく焦燥を浮かべた。

「なにが……っ、俺のなにがそんなに気に入らないんだ? よく考えてみてくれ、俺につりあうのはキミしか、キミに相応しい男は俺しかいないだろう?」

「いや、ですからね……そもそもその"つりあう"って発想からして理解できな――」

「ならなんだ。キミほどの美人が生涯パートナーもつくらず、こんなしけた会社で使いつぶされる人生を選ぶのか? 違うだろ? 美しい服に靴やバッグ、アクセサリーだって、キミの美しさの為ならなんでも買ってあげるさ。食事だって質が上がるし、ジムでもヨガでもエステでも、好きなだけ時間をかけられる。そうしてキミは一生美しく、幸せな人生を手に入れる。俺の"妻"として。なあ、夢のようなチャンスじゃないか」

 ……ここまでくると、これまでのストーカー達の方がマシに思えてくる。

(なんか、頭が痛くなってきた)

 推測するに、こちら側がなんとか理解してもらおうといくら説明を重ねたところで、結局は向こうの都合の良い返事をするまでは、永遠にこうした押し問答が続くのだろう。
 周囲の社員はみんな息を潜めて、好奇の目を向けてくるだけ。
 良い晒しモノ。ほんと、最悪。

「……ともかく、何を言われたところで私の気持ちは変わりませんので。お引き取りください。もっと"つりあう"方が、他にいらっしゃいますから」

「ちょっと、彩愛さん!」

 引き止める声に胸中で「もう無理!」と叫びながら、席を立った私はフロアを飛び出て、足早に廊下端の女性用化粧室に逃げ込んだ。

(さすがにここまでは追ってこないでしょ……)

 パウダーコーナーの棚に手をついて、はあとため息ひとつ。
 あの人はもう、出て行ってくれただろうか。
 粘られていたら嫌だな……と戻り時間を思案すべく腕時計を確認する。刹那、

「――ちょっと! どういうつもりよ!」

「!」

 鬼の形相で飛び込んできたのは、高倉さんだ。
 走ってきたみたいで息があがっているけれど、本人はそんなの物ともせず、

「孝彰さんに向かってなんなのあの言い方! ちょっと顔がいいからって、調子乗ってるんじゃないわよ!」

「ちょっ、ちょっと落ち着いてください……! たしかに失礼な言い方しましたけど、そうでもしないと分かってもらえないからで……」

「なに? 今度は諦めてもらえないイイ女アピール? ふざけんじゃないわよ。アンタみたいな腹黒、その顔がなければ孝彰さんだって騙されずに……!」

 はあ? 騙す? どっちが! 騙されたのは私なんですけど!
 けれども言い返したところで、火に油を注ぐだけになるのは目に見えている。
 私はぐっと拳を握って耐え、「あの、訊きたいんですけど」と続く罵倒に割り入り、

「高倉さんも、酷い言われようでしたよね? なのになんでまだ、そうして孝彰さんの肩を持つんですか?」

「好きだからよ!」

 間髪入れずに叫んだ高倉さんは、ぐっと苦痛に耐えるように顔を歪めて、

「好きなんだから、仕方ないでしょ。私に……私に、アンタの顔があれば良かったのに……!」

 涙の滲んだ恨みがましい目で私を睨み上げ、高倉さんはさっと踵を返して出て行ってしまった。
 絨毯を走るくぐもったヒール音が、遠ざかっていく。
 ふと、視線を上げると、鏡の中には取り残された私の姿。

「……私の顔があれば、ねえ」

 これまで何回、この言葉を聞いたっけ。数えるのも、めんどくさい。
 私はそっと鏡に手を伸ばして、こちらを見つめる頬に触れた。冷たい。

 他人は皆、いろいろな言葉でこの顔を称賛して羨むけれど、それはこの顔であるが故の苦労を知らないから、気軽に言えるんだと思う。

 この顔を世界で一番愛しているのは、私。でも同じだけ、憎んでもいる。
 きっとこの、相反する葛藤を、他の人は理解しない。

「……そんなに"顔"を変えたいのなら、整形でもすればいいのに」

 その覚悟すらないのなら、"もしも私の顔だったら"なんて絵空事、いくら唱えようが無駄ってものだ。

「……今日はローズアロマの入浴剤いれよっかな」

 疲れた顔。かわいくない。こんなんじゃテンション駄々下がり。
 うん、決めた。今日は美味しいご飯を食べてから帰ろう。

「……あと五分したら、戻ろっかな」

 どうか諦めて帰ってくれていますように。
 そう願いながら、私は鏡に映る"私"とディナーの相談を始めた。
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