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襲撃と"念"祓い
襲撃と"念"祓い④
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私は苦笑を浮かべて、
「私がさ、さっさと雅弥に伝えていたら、もっと早くにあの"念"とかいうのを祓ってくれてたんでしょ?」
「……それは、そうだが」
「そうすれば、高倉さんはそれだけ早くに救って貰えてたワケだし。私がもたもたしてたから、高倉さんを余計に苦しめて……私を、襲わせちゃった。だから今回の事件は、私の責任」
「……それは結果論に過ぎない。そもそもアンタに"念"が見えていなければ、結局は今と同じ末路を辿っていた」
「でも私には見えてた。日に日にアレが大きくなっているのも、気付いていた。知ってことを、知らなかったとは言えないよ」
そうだ。結局のところ私は、本気で何とかしようと思っていなかった。
風邪を引いたと嘘をついて、会社を休んで『忘れ傘』に行くことだって出来た。
体調が悪いと、早退することだって。
今日までどれ一つとせず、仕事を優先させていたのは、心のどこかで後回しにしていたから。
目の前で高倉さんが、どんどん壊れていっているのに。
"自分には関係ない"って、そう思っていた証拠。
「……ほーんと、私ってひっどい人間」
自嘲気味に零して、私は"私"という人間の本質を改めて思い知る。
高倉さんの言った通りだ。私は実に、腹黒い。
だからといって今更、落ち込んでなんかあげないのだけど。
「……"念"、といのは」
降ってきた声に、雅弥を見上げる。
「思念、雑念、怨念。いわゆる人の持つ感情は"念"となるが、あまりに強い感情は持ち主から溢れ、他の"念"を引き寄せ、育つ。力を持てば持つほど宿主の思考に強く干渉し、その人格や行動に影響をもたらす」
「……それって、高倉さんが私を殺そうとしたのも、育っちゃった"念"が指示したせいだってこと?」
「いや。"念"はその思考に、あくまで"干渉"するだけだ。例えば、本人すら気づいていない潜在意識を増幅させ、自覚させたりな。が、それだけだ。"念"が自ら宿主に行動を指示することは、ない」
言い切った雅弥は「つまり」と、高倉さんに視線を流し、
「多かれ少なかれ、この女はアンタが存在しなければと考えていたのだろう。その想いが"念"によって増幅し、力づくでの"排除"に至ったと考えるべきだ」
「あー……なるほどねえ、納得」
「これを聞いてもなお、アンタは自分に責任があると考えるのか?」
尋ねる雅弥の双眸が、じっと私を映す。
街頭を反射する、夜のように黒い眼。そこどんな感情が込められているのか、私にはわからない。
――どうかそれが、"嫌悪"じゃないといいな。
理屈なく、純真に願いながら、私は「うん」と頷いた。
「そりゃあね、もともと理不尽極まりない理由で邪険にされてたし、そこに関しては被害者です! って胸はれるんだけども……。それでもやっぱり、高倉さんに私を襲わせるなんて、させちゃ駄目だったのよ。私は高倉さんを止める術を知ってた。だから、彼女をここまで傷つけたのは、どうしたって私ね」
「……必要な情報は話した。アンタがそうやって自ら罪を刻むというのなら、俺はこれ以上口を出さない」
雅弥がそう、呆れ交じりに嘆息した時だった。
「――おっまえなあ!? "狐"の呼び出しがあるときは事前に連絡寄こせって、何べんも言ってんだろ!?」
「わわっ!?」
突如轟いた怒号に顔を跳ね向けると、夜道を全力で駆けてくる男性が視界に入った。
目元には縁のある眼鏡。短い黒髪はその速度を物語るようにして、額を露わにしている。
男性は今さっきまで自室で寛いでいたのか、ゆとりのあるトレーナーとズボン姿だ。
足物のスニーカーがなんだかちぐはぐで、きっと、そのまま飛び出してきたんだろうなと思わせる。
「大声で喚いていたら、近所迷惑だぞ」
冷静に告げる雅弥の眼前で、男性が急停止した。
背はここにいる誰よりも高い。
それに、さぞかし鍛えられているんだろうなと感じさせる、肩幅をしている。
男性は自身の失態を恥じているのか、必死に酸素をとりこもうとしているのか。
どちらなのかわらかないけど、何か言いたげに口を何度もハクハクと動かし、それからやっとのことで私と高倉さんの存在に気が付いた。
「あ゛?」
ドスの効いた声に、刃のように鋭い眼光。
思わず「ひえ」と肩を縮めてしまったけど、男性は数秒して「あ、なんだ悪い」と剣呑さを解き、
「あんた、人間か。こいつ絡みだからてっきり"違え方"かと思った」
"人間"。"違う方"って……。
「もしかして、見えるんですか?」
「あ? あーまあ、見えるっちゃあ見えっけど、信じてねえから、俺は」
「……はい?」
ん? 見えるけれど信じていない?
謎の宣言に思わず聞き返してしまうと、男性は「つまりな」と腕を組み、
「目の前に俺にだけ見えるリンゴがあったとして、それを俺が見えないモノとすれば、それは"ない"と同じだろ? おまけにそのリンゴだって、本当はそこに無いのかもしれねえ。俺にだけ見える"幻覚"ってやつだな。だから俺は見えるけど、コイツの言うあやかしやらなんやらっちゅーのは信じねえの」
「はあ……」
「つまり、馬鹿だってことだ」
「あんだと雅弥!? てめえ、誰のおかげで未だにしょっぴかれることなく、怪しさ満点の"祓い屋"なんて続けられてると思ってんだ!」
「うるさい。住民に通報されるぞ。いいのか? 刑事のくせに」
「け、刑事!?」
思わず声を上げた私に、その男性は焦ったように「しー! しー!」と人差し指を立てる。
あ、本当に刑事さんなんだ。
自身の口を両手を覆い声を収めた私に、男性は「あー」と頭を掻いた。
「俺は新垣壮真だ。まだまだ下っ端だけど、一応ちゃんと刑事。こいつの"狐"が何の準備もなく引っ張り出しやがったから、今は証明できるもんないけどな。おねーさんは? "見える"のかって聞いてきたぐらいだし、雅弥の知り合いか?」
「ええと、名前は柊彩愛です。普通の会社員ですけど、雅弥とは最近知り合って……というか、助けて? もらって?」
「おい、なんだその疑問形は」
「だって、お葉都ちゃんの件は誤解だったわけだし」
「あのな……俺がいなきゃアイツだって、自制が効かず実害を出していた可能性も」
「待て待て、いま俺が自己紹介聞いてるトコだから。俺無視してイチャコラすんのやめてくれ」
「してないです!」
咄嗟の否定に、新垣さんが「だからシー! ガチで通報とかされたらシャレになんねーから!」と再び人差し指を立てる。
「あ、ごめんなさい」
口元を抑えた私に対し、「自業自得だ」と冷たく言い放つ雅弥。
すかさず新垣さんが「あんだとー?」と雅弥に顔を寄せにらみつけ……。
いや、イチャコラしてるのはどっちですか。
「私がさ、さっさと雅弥に伝えていたら、もっと早くにあの"念"とかいうのを祓ってくれてたんでしょ?」
「……それは、そうだが」
「そうすれば、高倉さんはそれだけ早くに救って貰えてたワケだし。私がもたもたしてたから、高倉さんを余計に苦しめて……私を、襲わせちゃった。だから今回の事件は、私の責任」
「……それは結果論に過ぎない。そもそもアンタに"念"が見えていなければ、結局は今と同じ末路を辿っていた」
「でも私には見えてた。日に日にアレが大きくなっているのも、気付いていた。知ってことを、知らなかったとは言えないよ」
そうだ。結局のところ私は、本気で何とかしようと思っていなかった。
風邪を引いたと嘘をついて、会社を休んで『忘れ傘』に行くことだって出来た。
体調が悪いと、早退することだって。
今日までどれ一つとせず、仕事を優先させていたのは、心のどこかで後回しにしていたから。
目の前で高倉さんが、どんどん壊れていっているのに。
"自分には関係ない"って、そう思っていた証拠。
「……ほーんと、私ってひっどい人間」
自嘲気味に零して、私は"私"という人間の本質を改めて思い知る。
高倉さんの言った通りだ。私は実に、腹黒い。
だからといって今更、落ち込んでなんかあげないのだけど。
「……"念"、といのは」
降ってきた声に、雅弥を見上げる。
「思念、雑念、怨念。いわゆる人の持つ感情は"念"となるが、あまりに強い感情は持ち主から溢れ、他の"念"を引き寄せ、育つ。力を持てば持つほど宿主の思考に強く干渉し、その人格や行動に影響をもたらす」
「……それって、高倉さんが私を殺そうとしたのも、育っちゃった"念"が指示したせいだってこと?」
「いや。"念"はその思考に、あくまで"干渉"するだけだ。例えば、本人すら気づいていない潜在意識を増幅させ、自覚させたりな。が、それだけだ。"念"が自ら宿主に行動を指示することは、ない」
言い切った雅弥は「つまり」と、高倉さんに視線を流し、
「多かれ少なかれ、この女はアンタが存在しなければと考えていたのだろう。その想いが"念"によって増幅し、力づくでの"排除"に至ったと考えるべきだ」
「あー……なるほどねえ、納得」
「これを聞いてもなお、アンタは自分に責任があると考えるのか?」
尋ねる雅弥の双眸が、じっと私を映す。
街頭を反射する、夜のように黒い眼。そこどんな感情が込められているのか、私にはわからない。
――どうかそれが、"嫌悪"じゃないといいな。
理屈なく、純真に願いながら、私は「うん」と頷いた。
「そりゃあね、もともと理不尽極まりない理由で邪険にされてたし、そこに関しては被害者です! って胸はれるんだけども……。それでもやっぱり、高倉さんに私を襲わせるなんて、させちゃ駄目だったのよ。私は高倉さんを止める術を知ってた。だから、彼女をここまで傷つけたのは、どうしたって私ね」
「……必要な情報は話した。アンタがそうやって自ら罪を刻むというのなら、俺はこれ以上口を出さない」
雅弥がそう、呆れ交じりに嘆息した時だった。
「――おっまえなあ!? "狐"の呼び出しがあるときは事前に連絡寄こせって、何べんも言ってんだろ!?」
「わわっ!?」
突如轟いた怒号に顔を跳ね向けると、夜道を全力で駆けてくる男性が視界に入った。
目元には縁のある眼鏡。短い黒髪はその速度を物語るようにして、額を露わにしている。
男性は今さっきまで自室で寛いでいたのか、ゆとりのあるトレーナーとズボン姿だ。
足物のスニーカーがなんだかちぐはぐで、きっと、そのまま飛び出してきたんだろうなと思わせる。
「大声で喚いていたら、近所迷惑だぞ」
冷静に告げる雅弥の眼前で、男性が急停止した。
背はここにいる誰よりも高い。
それに、さぞかし鍛えられているんだろうなと感じさせる、肩幅をしている。
男性は自身の失態を恥じているのか、必死に酸素をとりこもうとしているのか。
どちらなのかわらかないけど、何か言いたげに口を何度もハクハクと動かし、それからやっとのことで私と高倉さんの存在に気が付いた。
「あ゛?」
ドスの効いた声に、刃のように鋭い眼光。
思わず「ひえ」と肩を縮めてしまったけど、男性は数秒して「あ、なんだ悪い」と剣呑さを解き、
「あんた、人間か。こいつ絡みだからてっきり"違え方"かと思った」
"人間"。"違う方"って……。
「もしかして、見えるんですか?」
「あ? あーまあ、見えるっちゃあ見えっけど、信じてねえから、俺は」
「……はい?」
ん? 見えるけれど信じていない?
謎の宣言に思わず聞き返してしまうと、男性は「つまりな」と腕を組み、
「目の前に俺にだけ見えるリンゴがあったとして、それを俺が見えないモノとすれば、それは"ない"と同じだろ? おまけにそのリンゴだって、本当はそこに無いのかもしれねえ。俺にだけ見える"幻覚"ってやつだな。だから俺は見えるけど、コイツの言うあやかしやらなんやらっちゅーのは信じねえの」
「はあ……」
「つまり、馬鹿だってことだ」
「あんだと雅弥!? てめえ、誰のおかげで未だにしょっぴかれることなく、怪しさ満点の"祓い屋"なんて続けられてると思ってんだ!」
「うるさい。住民に通報されるぞ。いいのか? 刑事のくせに」
「け、刑事!?」
思わず声を上げた私に、その男性は焦ったように「しー! しー!」と人差し指を立てる。
あ、本当に刑事さんなんだ。
自身の口を両手を覆い声を収めた私に、男性は「あー」と頭を掻いた。
「俺は新垣壮真だ。まだまだ下っ端だけど、一応ちゃんと刑事。こいつの"狐"が何の準備もなく引っ張り出しやがったから、今は証明できるもんないけどな。おねーさんは? "見える"のかって聞いてきたぐらいだし、雅弥の知り合いか?」
「ええと、名前は柊彩愛です。普通の会社員ですけど、雅弥とは最近知り合って……というか、助けて? もらって?」
「おい、なんだその疑問形は」
「だって、お葉都ちゃんの件は誤解だったわけだし」
「あのな……俺がいなきゃアイツだって、自制が効かず実害を出していた可能性も」
「待て待て、いま俺が自己紹介聞いてるトコだから。俺無視してイチャコラすんのやめてくれ」
「してないです!」
咄嗟の否定に、新垣さんが「だからシー! ガチで通報とかされたらシャレになんねーから!」と再び人差し指を立てる。
「あ、ごめんなさい」
口元を抑えた私に対し、「自業自得だ」と冷たく言い放つ雅弥。
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いや、イチャコラしてるのはどっちですか。
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