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1・天使と悪魔のはじめての朝
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身体が、とても温かかった。
全身をまるごと綿菓子で包み込まれているような、ほんわかとしたぬくもりが心地よい。
アルが小さく身じろぎをすると、その温かさにぎゅっと抱きしめられた。
アルは、ぼんやりと目を開ける。
「……ネビロス様?」
「おはよう、アル。よく眠れたか?」
甘い声と共に、ちゅっと頬にキスをされる。アルがぱちぱちと瞬きをすると、極上の笑顔がすぐ目の前にあった。
(……なんだっけ、これ)
どこかで、こんな場面を知っている。おはようのキスからはじまって、目覚めると大好きな人の笑顔が画面いっぱいにあって。
ああ、そうだ。ネビロスにすすめられて読んだ、人間界の本にこういうのがあった。人間界の一部で流行っているという、ボーイズラブというジャンルの本だ。
(なぜ、今そんなことを思い出したのだろう?)
今のアルとネビロスが、その状況に近いからかもしれない。
「起きられるか?」
アルは『はい』と答えるけれど、声がかすれてうまく出なかった。少しだけ、のど元が熱い気がする。
(どうしたんだろう?)
アルは、のどに手を当ててみる。
「ああ、のどが渇いているんだろう。少し待て」
身体を起こしたネビロスが、上機嫌でベッドサイドの水差しからコップに水を入れてくれる。
今朝のネビロスは、すごく楽しそうだ。いや、嬉しそう?
いつも以上に、よりいっそう輪をかけて、笑顔が甘い。
アルはネビロスをじっと見つめた。
なにも身につけていないネビロスの、肩から腕にかける筋肉がとても綺麗だ。すっと伸びた背筋も、その背に生えた大きな翼も。
こんなに美しい悪魔は、きっとほかにいないだろう。
こんなことを言ったら怒られそうだが、大天使ミカエルよりも、アルはこの男のほうが美しいと思う。
鍛え上げられた肉体はもとより、朝日に照らされた金の髪も、綺麗に澄んだ青い瞳も、彫りの深い整った顔立ちも、まるで芸術品のようだ。
そしてなにより目を引くのは、その背にある立派な翼だ。朝日を受けて淡く輝く純白の羽根は、それ自体が光を放っているかのように、キラキラと光り輝いている。
今朝のネビロスは、裸体でも、いや裸体だからこそ、その美しさが際立っている。
ぼんやりとする頭で、アルはそんなことを思った。
自分もなにも身につけていなかったけれど、今はまったく気にならなかった。この黒い目も、黒い髪も、黒い翼も、今は隠したいと思わなかった。
ここにはネビロスだけだから。
それに、ネビロスがこの色をいいと言ってくれるのだから、アルにはもう、なにを見られても恐れる必要はなかった。
(なんだろう?)
全身がふわふわする。まるで手足の爪の先まで、甘いなにかに満たされているみたいだ。
アルも身体を起こそうとしたけれど、なぜか少しふらついた。両腕をベッドについて上半身を起こすと、ネビロスが肩を抱くようにして支えてくれる。
それにアルはホッとして、少しだけネビロスに寄りかかった。
「大丈夫か? 無理に起き上がらなくていいぞ」
「大丈夫です。ありがとうございます」
アルは礼を言って、水の入ったコップを受け取ろうとする。しかしなぜかネビロスは、コップを渡してはくれなかった。
不思議に思って見上げていると、ネビロスがコップに口をつけた。
ああ、いつもの毒味か。それとも、ネビロスものどが渇いていたのかなと思っていると、コップをあおったネビロスが、そのままアルに唇をよせてくる。
あごに手を添えられて、上を向かせられる。アルは自然と目を閉じた。
唇に、柔らかい感触が触れる。
唇をあわせて、少し開くと、温かい唇の間から、冷たい水が流れ込んできた。
アルは、こくんとのどを鳴らしてそれを飲み込んだ。
なんだか前にもこんなことがあった気がする。
「あの、ネビロス様、自分で飲めますよ?」
口移しでなくても、一度ネビロスが口をつけたコップを渡してくれればそれでいい。
アルがそう言うと、ネビロスはやっぱり笑った。
「俺がしたいからしているんだ。もっといるか?」
ネビロスが、なんだか本当に甘く優しく笑うから、アルは少しだけ胸が熱くなって、困った。
「……では、お願いします」
そうしてコップ半分ほどの水を飲ませてもらう。
ネビロスはいつも優しいけれど、今日の朝は別格だ。アルを甘やかすだけ甘やかそうとしているのがわかる。
(昨夜も、あんなに甘やかしてくれたのに)
昨日のことを思い出すと、アルは胸がぎゅっとする。
悪魔と交わった天使は、堕天する。
しかしアルは、ネビロスに救われた。なによりも優しくしてもらったし、宝物のように大切にしてもらった。もう天界に帰れなくても、そんなことはどうでもいい。もともと天界にアルの居場所などないし、もとより『暗黒の天使』などと呼ばれていたのだ。今さら堕天したところで、なにが変わるとも思えなかった。
それよりも、これでますますネビロスのもとを離れられなくなってしまった。離れたくないと思ってしまった。
そっちのほうが、アルには大変な問題だ。
「アル? 疲れているなら、横になってていいぞ」
ネビロスがアルを気づかって、ベッドにそっと横たえてくれる。
「どこか痛いところはないか?」
「大丈夫です」
「気分は悪くないか?」
「気分はいいです。ただ身体がふわふわして、頭も少しぼんやりします」
「そうか。今日はよく休んだほうがいいな」
「はい」
アルがうなづくと、ネビロスは優しく微笑んで、ひたいに、まぶたに、触れるようなキスをくれる。
労るような、慈しむような、そんな優しい触れかただった。
アルは胸が詰まって、困ってしまった。
本当に、こんなにアルをたぶらかして、この男はいったいどうするつもりなのだろうか。
もしもアルが、うっかり『ずっとネビロス様のそばにいたいです』などと口をすべらせてしまったら、どうするのだろう。
『ずっと』なんていう都合のいいことは、ありえないと知っているのに。
ずっと二人で生きていくと思っていた母は、アルが九才のときにあっけなく亡くなってしまった。
そのあと、アルが長い時間を一人ですごした、鉄格子だらけの塔での生活も、ずっと一生続くなんてことはなく、十八才の誕生日に突然連れ出され、この魔界に送られた。
今のこの生活も、いつどうなるかなんてわからない。
どんなに心をつくして祈り続けても、神様はアルの願いを叶えてくれないことのほうが多いのだから。
(どうせ今だけならば)
アルは腕を上げて、ネビロスの背中に手のひらを添わせた。すると、アルに唇をよせていたネビロスが、ぴたりと動きを止める。
「アル?」
「あ、すみません。できれば、少しだけ触ってもいいですか?」
先程、その裸の背中を目にしたときから、触ってみたいと思っていた。この美しい背中に触れてみたら、どんな気持ちがするだろう。
アルが遠慮がちにお願いすると、ネビロスは一瞬息を止めるように驚いて、次に嬉しそうに笑った。
「喜んで」
満面の笑顔で、さあどうぞと言われて、アルは遠慮なく手で触れてみた。
しっかりとした筋肉のついた身体は、少しかたくて、温かい。手を動かしてそっとなでると、すべらかな肌の感触が気持ちよかった。
以前ネビロスが、アルの髪や身体に触りたくなると言っていたのは、こういう気持ちなのだろうか。
夢中になってネビロスの背をなでていると、ふと目の前が暗くなった。
「アル……」
ささやきとともに、熱い目をしたネビロスと目が合う。
(あ、食べられる)
そう思ったときには、形のよい薄い唇が、アルの唇をふさいでいた。
「っん」
先程、水を飲ませてくれたときとはまるでちがう。
食むように唇を吸われて、思わず唇を開くと、肉厚の熱い舌がアルの中に入ってきた。
舌をからめて吸われると、全身に甘い痺れがはしる。
「ふっ……、んん」
何度も角度をかえて、熱心に求めてくる唇に、アルも同じようにして返す。
体温があがって、頭がぼーっとしてくる。
やがて離れた唇を、アルは少し名残おしく思う。ぼんやりと見上げると、ネビロスの青い瞳は、いまだ熱い光を放っていた。
その目を見ただけで、自分が望まれているとわかる。
アルはぶるりと身体を震わせた。
「悪い、アル。もし身体が大丈夫だったら、少しだけいいか?」
「はい」
アルは、こくりとうなづくと、自分からネビロスに手を伸ばした。ふたたび、その背に手を添える。
「少しと言わず、いくらでも」
「おい、あんまり煽ると、あとで後悔するぞ」
「後悔なんてしませんよ」
こんな時間が、いつまで続くかなんてわからないのだ。今求められているのなら、応えないほうが、あとで絶対に後悔する。
「本当に知らないからな」
そう言うとネビロスは、それはそれは嬉しそうに笑った。
その綺麗な笑顔を目にしただけで、アルも胸が高鳴る。
目を合わせただけで、震えるほど幸せを感じる人がいる。
その人と、すべてをさらして抱き合える、奇跡のような時間がある。
こんなに尊い時間は、きっとこの世のどこをさがしても、ほかにない。
ふたたび身体を重ねようと、少し身体を離したネビロスが、はっとなにかに気づいたように、青い瞳を見開いた。
「アル、お前それは!?」
「え?」
ネビロスが突然なにに驚いているのか、わからなかった。
ネビロスが、アルの首に手を伸ばす。
「その首の輪だ」
アルが天使である証明の光の輪は、堕天すれば黒くくすんで砕け散るはずだ。
昨日すでに、半分の光が失われていた。
とうとう砕けたのかとアルも首に手をやると、そこにはいつもの感触があった。
(いや、いつもよりも温かい?)
ネビロスがベッドサイドの引き出しから手鏡を出して、アルに手渡してくれる。
「見てみろ」
鏡をのぞいて、アルは言葉を失った。
光を失ったはずの首の輪が、もとの光を取り戻し、淡く輝いていた。
~つづく~
全身をまるごと綿菓子で包み込まれているような、ほんわかとしたぬくもりが心地よい。
アルが小さく身じろぎをすると、その温かさにぎゅっと抱きしめられた。
アルは、ぼんやりと目を開ける。
「……ネビロス様?」
「おはよう、アル。よく眠れたか?」
甘い声と共に、ちゅっと頬にキスをされる。アルがぱちぱちと瞬きをすると、極上の笑顔がすぐ目の前にあった。
(……なんだっけ、これ)
どこかで、こんな場面を知っている。おはようのキスからはじまって、目覚めると大好きな人の笑顔が画面いっぱいにあって。
ああ、そうだ。ネビロスにすすめられて読んだ、人間界の本にこういうのがあった。人間界の一部で流行っているという、ボーイズラブというジャンルの本だ。
(なぜ、今そんなことを思い出したのだろう?)
今のアルとネビロスが、その状況に近いからかもしれない。
「起きられるか?」
アルは『はい』と答えるけれど、声がかすれてうまく出なかった。少しだけ、のど元が熱い気がする。
(どうしたんだろう?)
アルは、のどに手を当ててみる。
「ああ、のどが渇いているんだろう。少し待て」
身体を起こしたネビロスが、上機嫌でベッドサイドの水差しからコップに水を入れてくれる。
今朝のネビロスは、すごく楽しそうだ。いや、嬉しそう?
いつも以上に、よりいっそう輪をかけて、笑顔が甘い。
アルはネビロスをじっと見つめた。
なにも身につけていないネビロスの、肩から腕にかける筋肉がとても綺麗だ。すっと伸びた背筋も、その背に生えた大きな翼も。
こんなに美しい悪魔は、きっとほかにいないだろう。
こんなことを言ったら怒られそうだが、大天使ミカエルよりも、アルはこの男のほうが美しいと思う。
鍛え上げられた肉体はもとより、朝日に照らされた金の髪も、綺麗に澄んだ青い瞳も、彫りの深い整った顔立ちも、まるで芸術品のようだ。
そしてなにより目を引くのは、その背にある立派な翼だ。朝日を受けて淡く輝く純白の羽根は、それ自体が光を放っているかのように、キラキラと光り輝いている。
今朝のネビロスは、裸体でも、いや裸体だからこそ、その美しさが際立っている。
ぼんやりとする頭で、アルはそんなことを思った。
自分もなにも身につけていなかったけれど、今はまったく気にならなかった。この黒い目も、黒い髪も、黒い翼も、今は隠したいと思わなかった。
ここにはネビロスだけだから。
それに、ネビロスがこの色をいいと言ってくれるのだから、アルにはもう、なにを見られても恐れる必要はなかった。
(なんだろう?)
全身がふわふわする。まるで手足の爪の先まで、甘いなにかに満たされているみたいだ。
アルも身体を起こそうとしたけれど、なぜか少しふらついた。両腕をベッドについて上半身を起こすと、ネビロスが肩を抱くようにして支えてくれる。
それにアルはホッとして、少しだけネビロスに寄りかかった。
「大丈夫か? 無理に起き上がらなくていいぞ」
「大丈夫です。ありがとうございます」
アルは礼を言って、水の入ったコップを受け取ろうとする。しかしなぜかネビロスは、コップを渡してはくれなかった。
不思議に思って見上げていると、ネビロスがコップに口をつけた。
ああ、いつもの毒味か。それとも、ネビロスものどが渇いていたのかなと思っていると、コップをあおったネビロスが、そのままアルに唇をよせてくる。
あごに手を添えられて、上を向かせられる。アルは自然と目を閉じた。
唇に、柔らかい感触が触れる。
唇をあわせて、少し開くと、温かい唇の間から、冷たい水が流れ込んできた。
アルは、こくんとのどを鳴らしてそれを飲み込んだ。
なんだか前にもこんなことがあった気がする。
「あの、ネビロス様、自分で飲めますよ?」
口移しでなくても、一度ネビロスが口をつけたコップを渡してくれればそれでいい。
アルがそう言うと、ネビロスはやっぱり笑った。
「俺がしたいからしているんだ。もっといるか?」
ネビロスが、なんだか本当に甘く優しく笑うから、アルは少しだけ胸が熱くなって、困った。
「……では、お願いします」
そうしてコップ半分ほどの水を飲ませてもらう。
ネビロスはいつも優しいけれど、今日の朝は別格だ。アルを甘やかすだけ甘やかそうとしているのがわかる。
(昨夜も、あんなに甘やかしてくれたのに)
昨日のことを思い出すと、アルは胸がぎゅっとする。
悪魔と交わった天使は、堕天する。
しかしアルは、ネビロスに救われた。なによりも優しくしてもらったし、宝物のように大切にしてもらった。もう天界に帰れなくても、そんなことはどうでもいい。もともと天界にアルの居場所などないし、もとより『暗黒の天使』などと呼ばれていたのだ。今さら堕天したところで、なにが変わるとも思えなかった。
それよりも、これでますますネビロスのもとを離れられなくなってしまった。離れたくないと思ってしまった。
そっちのほうが、アルには大変な問題だ。
「アル? 疲れているなら、横になってていいぞ」
ネビロスがアルを気づかって、ベッドにそっと横たえてくれる。
「どこか痛いところはないか?」
「大丈夫です」
「気分は悪くないか?」
「気分はいいです。ただ身体がふわふわして、頭も少しぼんやりします」
「そうか。今日はよく休んだほうがいいな」
「はい」
アルがうなづくと、ネビロスは優しく微笑んで、ひたいに、まぶたに、触れるようなキスをくれる。
労るような、慈しむような、そんな優しい触れかただった。
アルは胸が詰まって、困ってしまった。
本当に、こんなにアルをたぶらかして、この男はいったいどうするつもりなのだろうか。
もしもアルが、うっかり『ずっとネビロス様のそばにいたいです』などと口をすべらせてしまったら、どうするのだろう。
『ずっと』なんていう都合のいいことは、ありえないと知っているのに。
ずっと二人で生きていくと思っていた母は、アルが九才のときにあっけなく亡くなってしまった。
そのあと、アルが長い時間を一人ですごした、鉄格子だらけの塔での生活も、ずっと一生続くなんてことはなく、十八才の誕生日に突然連れ出され、この魔界に送られた。
今のこの生活も、いつどうなるかなんてわからない。
どんなに心をつくして祈り続けても、神様はアルの願いを叶えてくれないことのほうが多いのだから。
(どうせ今だけならば)
アルは腕を上げて、ネビロスの背中に手のひらを添わせた。すると、アルに唇をよせていたネビロスが、ぴたりと動きを止める。
「アル?」
「あ、すみません。できれば、少しだけ触ってもいいですか?」
先程、その裸の背中を目にしたときから、触ってみたいと思っていた。この美しい背中に触れてみたら、どんな気持ちがするだろう。
アルが遠慮がちにお願いすると、ネビロスは一瞬息を止めるように驚いて、次に嬉しそうに笑った。
「喜んで」
満面の笑顔で、さあどうぞと言われて、アルは遠慮なく手で触れてみた。
しっかりとした筋肉のついた身体は、少しかたくて、温かい。手を動かしてそっとなでると、すべらかな肌の感触が気持ちよかった。
以前ネビロスが、アルの髪や身体に触りたくなると言っていたのは、こういう気持ちなのだろうか。
夢中になってネビロスの背をなでていると、ふと目の前が暗くなった。
「アル……」
ささやきとともに、熱い目をしたネビロスと目が合う。
(あ、食べられる)
そう思ったときには、形のよい薄い唇が、アルの唇をふさいでいた。
「っん」
先程、水を飲ませてくれたときとはまるでちがう。
食むように唇を吸われて、思わず唇を開くと、肉厚の熱い舌がアルの中に入ってきた。
舌をからめて吸われると、全身に甘い痺れがはしる。
「ふっ……、んん」
何度も角度をかえて、熱心に求めてくる唇に、アルも同じようにして返す。
体温があがって、頭がぼーっとしてくる。
やがて離れた唇を、アルは少し名残おしく思う。ぼんやりと見上げると、ネビロスの青い瞳は、いまだ熱い光を放っていた。
その目を見ただけで、自分が望まれているとわかる。
アルはぶるりと身体を震わせた。
「悪い、アル。もし身体が大丈夫だったら、少しだけいいか?」
「はい」
アルは、こくりとうなづくと、自分からネビロスに手を伸ばした。ふたたび、その背に手を添える。
「少しと言わず、いくらでも」
「おい、あんまり煽ると、あとで後悔するぞ」
「後悔なんてしませんよ」
こんな時間が、いつまで続くかなんてわからないのだ。今求められているのなら、応えないほうが、あとで絶対に後悔する。
「本当に知らないからな」
そう言うとネビロスは、それはそれは嬉しそうに笑った。
その綺麗な笑顔を目にしただけで、アルも胸が高鳴る。
目を合わせただけで、震えるほど幸せを感じる人がいる。
その人と、すべてをさらして抱き合える、奇跡のような時間がある。
こんなに尊い時間は、きっとこの世のどこをさがしても、ほかにない。
ふたたび身体を重ねようと、少し身体を離したネビロスが、はっとなにかに気づいたように、青い瞳を見開いた。
「アル、お前それは!?」
「え?」
ネビロスが突然なにに驚いているのか、わからなかった。
ネビロスが、アルの首に手を伸ばす。
「その首の輪だ」
アルが天使である証明の光の輪は、堕天すれば黒くくすんで砕け散るはずだ。
昨日すでに、半分の光が失われていた。
とうとう砕けたのかとアルも首に手をやると、そこにはいつもの感触があった。
(いや、いつもよりも温かい?)
ネビロスがベッドサイドの引き出しから手鏡を出して、アルに手渡してくれる。
「見てみろ」
鏡をのぞいて、アルは言葉を失った。
光を失ったはずの首の輪が、もとの光を取り戻し、淡く輝いていた。
~つづく~
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