上 下
15 / 115
第2章

新たな不安(2)

しおりを挟む
 しばらくして、拓人がテーブルに料理を並べる。


「すげぇ! 見たことねぇ料理が並んでる!!」


 ヒロはテーブルを見るなり大きな声を上げる。


「『そばめし』やな。久しぶりやわぁ」


「カイト、知ってんのかぁ~?」

 ヒロは大きな目を見開てカイトを見る。


「知ってるもなにも、神戸のB級グルメやで。簡単に説明すると、焼きそばとご飯を鉄板で炒めたソース味の焼飯のことや」


「さすが、カイト。やっぱり関西出身の人は知ってるんだな。この前、偶然見た料理番組で知って、試しに作ってみたんだ」


「意外とイケるぞ~うめぇっ!!」

 既にヒロはがっつき始めていた。


「……ったく、あいつどんだけ飢えてんだよ」

 シンジがヒロの様子を見てぼやいた。


「それより拓人、桃華ちゃんに何かあったの?」

 ハルキがすかさず聞いた。


 拓人はシンジの手元の本を見て、何のことを聞かれているのか、だいたい見当がついた。


 拓人は簡単に桃華の記憶転移の現象について説明した。





「そんなことがあったんだ。不思議だね」

 一通り説明を聞き終えると、ハルキは考え込むような表情を浮かべる。


「桃華のお父さんも、桃華とすごく良く似た事例を海外の文献で読んだらしいから、とりあえずそうじゃないかって話になってるんだ」


「科学的根拠がねぇってのが、俺は気に入らねぇがな」

 シンジは本に視線を落としたままだ。


「シンジ~、早く食わねぇと冷めるぞ?」

 ヒロが口いっぱいにそばめしを頬張りながら言う。


「そうだな……ここまで読んだら食う。おまえにはやらねぇからな」

 シンジはヒロの意図することを読み取ったかのように返した。



「シンジ、何か分かったか? 俺にはその本難しすぎて理解しきれねぇんだよ」

 拓人は真剣な表情を浮かべて口を開く。


「この本自体は、だいたい拓人が説明してくれたようなことを、色々な角度で検証して書かれてるだけってとこかな? あとは実際あった事例と」


「やるなぁ、シンジ」

 シンジの説明に、カイトは感心したように声を上げた。


「まぁ、大したことねぇよ。拓人、桃華ちゃんには記憶転移らしきもんはあっても、人格転移とかってのはおきてねぇのか?」


「人格?」

 シンジの言葉に拓人が首を傾げる。


「桃華ちゃんの性格の変化はないかってことじゃないかな? おっとりしてた桃華ちゃんが、移植手術後、急に人が変わったようになっちゃったとか」

 ハルキがシンジの言葉に付け加える。


「そういうのはねぇな。ちょっと大人っぽくなったくらいか?」


「ふぅん。じゃあそれはねぇんだろうな。性格が変わってしまったって事例もあるらしい。しかも、海外の調査で、嗜好にしても人格にしても変化した例を見ると、ほとんどは提供してくれた人の物そっくりになったらしい。不思議な話だな」


「……なんか聞けば聞くほど、良く分かんねぇな」

 シンジの説明に拓人は肩を落とし、ため息を漏らした。


「俺らの頭には難しすぎんだろ~?」


「おまえは理解しようとしてねぇだけだろうが!」

 シンジが本の背でコツンとヒロの頭を叩いた。


「いってぇっ……んなとこで殴るなっ! ただでさえ悪い頭が余計に悪くなるだろうがっ!!」


「んな訳ねぇだろ。意外と読めるぞ? おまえも読んでみろ」


 シンジに本を突き付けられ、ヒロは渋々本を手に取る。


 数秒ヒロが本を眺めた後「え……」っと不安げな声を漏らした。


「ヒロ……? どないしたんや?」

 カイトがヒロの表情の変化に素早く反応した。


「これ……」

 ヒロが文章を指さし、カイトが横からその部分を読む。


「何やヒロ。心配症やねんな。今も桃華ちゃんは拓人一途なんやし、大丈夫やろ」


 それはこういった内容のものだった。



 ある心臓移植を受けた女性が、移植後好みが一転して、以前はラブラブだった夫への愛を感じなくなり、浮気に走り、離婚に至ったというものだった。



 その部分をまだ読んでいなかった拓人は、カイト達の会話に一瞬動きが止まる。


「拓人? 大丈夫……?」

 拓人の心の動揺に気づいたハルキが、そっと耳打ちする。


「え……。いや、何でもねぇよ」

 拓人は平静を装うように言うと、残っていた料理を掻き込んだ。


「無理して爆発させるなよ。話ならいつでも聞くし」


「ああ……」


「それに、移植手術後も拓人が好きだったから、桃華ちゃんは拓人の傍に戻って来たんだろ?俺も深く気にすることないと思うよ」


「分かってる……」


 拓人は桃華を信じているし、移植手術後もそこに変化が無いことは見て取れるし、頭の中では分かっていた。


 でも、100%大丈夫だと言い切れないだけに、少し不安が過ぎった。
しおりを挟む

処理中です...