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第3章
元メンバーの存在(4)
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「ってか、瑛ちゃんだけじゃなくて、みんな思ってるでしょ? あのタイミングで抜けて、ほとぼりが冷めた頃にオーディションだなんて……」
残っていたアイスコーヒーを一気に飲みきって、グラスをガンとカウンターテーブルに置く新島先輩。
「まぁ、実際問題、今も昔もWild Wolfがプロ入りなんて、厳しい話なんだけどな。だけど、瑛ちゃんはWild Wolfの中でベースを弾く慎ちゃんの一番のファンだったから。あいつは、慎ちゃんがWild Wolfを抜けるときも、一番反対したんだ。きっとだからなんだろうな。他のプロのバンドで演奏するようになった慎ちゃんを、受け入れられないんだと思う」
「ちょっと、駿ちゃん! その言い方、慎ちゃんと瑛ちゃん、どっちの味方かわかんないから!」
「え、そ、そう?」
続いてさらに詳しく説明してくれた増川先輩に、新島先輩が噛みつくように言った。
つまり、北原くんは、Wild Wolfとしてベースを弾く慎司さんに憧れてた。
憧れのお兄さんのあとを継ぐ形になった北原くん。
それなのに、慎司さんはWild Wolfを脱退したあと、プロバンドのベースとしてデビューしてしまった。
だから、北原くんとしては裏切られたかのように感じている、ってことなんだよね?
「北原くんとしては、慎司さんにはWild Wolfとしてプロ入りしてほしかった、ってことなのかな……?」
「そうなんだろうな。Wild Wolfに入るとき、瑛ちゃん言ってたもんな。“またベースをやりたくなったら、いつでもこのポジションは兄貴に譲る”って」
奏ちゃんはそうやって、少し寂しそうに笑ったけれど、新島先輩はフンと鼻息荒く言い放った。
「でも結局、Wild Wolfのベースは辞めたくせに、他でベースを弾くことにしたのよ、あいつは。ああ、思い出すだけで嫌になるわ」
北原くんにとっては、かつては憧れのお兄さんだったのに。Wild Wolfにとっては、かつては仲間だったのに。こんなに憎しみの対象になってしまうなんて……。
事情をかいつまんで聞いた部外者の私には何も言う権利はないけれど、奏ちゃんが寂しそうに笑うのもわかる気がした。
日が暮れつつある中、私はWild Wolfのメンバーたちと別れて喫茶店バロンをあとにする。
北原くんは、結局あのあと一階に戻って来なかった。
扉を出ると、奏ちゃんが申し訳なさげに口を開く。
「今日はせっかく来てくれたのに、雰囲気悪くてごめんな?」
「ううん。私も、図々しく首突っ込んじゃったみたいになって、ごめんね」
「ううん。俺ら、ああ見えて結構ワケありだから。それで嫌な思いさせたら、本当に申し訳ないし。送らなくて大丈夫?」
「大丈夫だよ、まだ明るいし。ありがとう」
奏ちゃんに手を振って背を向けたとき、私はぐいっと奏ちゃんに肩を引かれた。
「……んっ」
瞬間、私と奏ちゃんの唇がふわりと重なっていた。
「……えっ、と。奏ちゃ、ここ」
ここ、外なのに……。
キョロキョロととっさに周りを見回して見るけれど、駅が近いだけあって、みんなこちらの様子なんて気に留める素振りもなく早足で行き交っている。
「わ、悪い。……つい」
奏ちゃんは、どこか決まりが悪そうに私からふいっと顔をそらしてしまった。
だけどそんな行動とは裏腹に、奏ちゃんはぐいっと今度は私の腕を引いてぎゅっと抱きしめてきた。
「奏、ちゃん……?」
「ごめん。少しだけ、こうさせて?」
「……うん」
本当に、少しだけ。
時間にしてみれば、五秒程度だったんじゃないかと思う。
奏ちゃんの腕から解放された私に、奏ちゃんが口を開く。
「ごめんな。なんか急に、花梨に離れて行かれないか不安になって……」
「あはは、何それ。私は奏ちゃんから離れて行かないよ?」
どことなく不安げに揺れる、奏ちゃんの瞳。
どうして、急に不安になったんだろう……?
「ハハっ。だと信じてる。ちょっといろいろあったから、俺も疲れてんだと思う。ごめんな、引き留めて」
「ううん。何かあったら私でよければ話聞くし、言ってね」
私なんかで役に立てるかどうかわからないけど、少しでも奏ちゃんの役に立てたらと思って、そう言った。
そしてその帰り道、私はまた花町三丁目交差点で手を合わせていた。
今日は、真新しいミニヒマワリが供えられている。
実は喫茶店バロンから家まで、一番の近道はこの交差点を通らずに帰る道だ。
だけど私は、必ずこの交差点で手を合わせて帰るようにしている。
喫茶店に通うようになったからという理由で、手を合わせないことが増えるのは嫌だったから……。
お兄さん。
あなたがあの日、助けてくれたおかげで私は今日もこうして生きていられます。
私もお兄さんのように、誰かのために動ける強い人間になりたいです。
夏の風が、私の長いポニーテールの髪を揺らす。
奏ちゃんの不安げな瞳や顔が、この日が終わるまでずっと頭から離れなかった。
残っていたアイスコーヒーを一気に飲みきって、グラスをガンとカウンターテーブルに置く新島先輩。
「まぁ、実際問題、今も昔もWild Wolfがプロ入りなんて、厳しい話なんだけどな。だけど、瑛ちゃんはWild Wolfの中でベースを弾く慎ちゃんの一番のファンだったから。あいつは、慎ちゃんがWild Wolfを抜けるときも、一番反対したんだ。きっとだからなんだろうな。他のプロのバンドで演奏するようになった慎ちゃんを、受け入れられないんだと思う」
「ちょっと、駿ちゃん! その言い方、慎ちゃんと瑛ちゃん、どっちの味方かわかんないから!」
「え、そ、そう?」
続いてさらに詳しく説明してくれた増川先輩に、新島先輩が噛みつくように言った。
つまり、北原くんは、Wild Wolfとしてベースを弾く慎司さんに憧れてた。
憧れのお兄さんのあとを継ぐ形になった北原くん。
それなのに、慎司さんはWild Wolfを脱退したあと、プロバンドのベースとしてデビューしてしまった。
だから、北原くんとしては裏切られたかのように感じている、ってことなんだよね?
「北原くんとしては、慎司さんにはWild Wolfとしてプロ入りしてほしかった、ってことなのかな……?」
「そうなんだろうな。Wild Wolfに入るとき、瑛ちゃん言ってたもんな。“またベースをやりたくなったら、いつでもこのポジションは兄貴に譲る”って」
奏ちゃんはそうやって、少し寂しそうに笑ったけれど、新島先輩はフンと鼻息荒く言い放った。
「でも結局、Wild Wolfのベースは辞めたくせに、他でベースを弾くことにしたのよ、あいつは。ああ、思い出すだけで嫌になるわ」
北原くんにとっては、かつては憧れのお兄さんだったのに。Wild Wolfにとっては、かつては仲間だったのに。こんなに憎しみの対象になってしまうなんて……。
事情をかいつまんで聞いた部外者の私には何も言う権利はないけれど、奏ちゃんが寂しそうに笑うのもわかる気がした。
日が暮れつつある中、私はWild Wolfのメンバーたちと別れて喫茶店バロンをあとにする。
北原くんは、結局あのあと一階に戻って来なかった。
扉を出ると、奏ちゃんが申し訳なさげに口を開く。
「今日はせっかく来てくれたのに、雰囲気悪くてごめんな?」
「ううん。私も、図々しく首突っ込んじゃったみたいになって、ごめんね」
「ううん。俺ら、ああ見えて結構ワケありだから。それで嫌な思いさせたら、本当に申し訳ないし。送らなくて大丈夫?」
「大丈夫だよ、まだ明るいし。ありがとう」
奏ちゃんに手を振って背を向けたとき、私はぐいっと奏ちゃんに肩を引かれた。
「……んっ」
瞬間、私と奏ちゃんの唇がふわりと重なっていた。
「……えっ、と。奏ちゃ、ここ」
ここ、外なのに……。
キョロキョロととっさに周りを見回して見るけれど、駅が近いだけあって、みんなこちらの様子なんて気に留める素振りもなく早足で行き交っている。
「わ、悪い。……つい」
奏ちゃんは、どこか決まりが悪そうに私からふいっと顔をそらしてしまった。
だけどそんな行動とは裏腹に、奏ちゃんはぐいっと今度は私の腕を引いてぎゅっと抱きしめてきた。
「奏、ちゃん……?」
「ごめん。少しだけ、こうさせて?」
「……うん」
本当に、少しだけ。
時間にしてみれば、五秒程度だったんじゃないかと思う。
奏ちゃんの腕から解放された私に、奏ちゃんが口を開く。
「ごめんな。なんか急に、花梨に離れて行かれないか不安になって……」
「あはは、何それ。私は奏ちゃんから離れて行かないよ?」
どことなく不安げに揺れる、奏ちゃんの瞳。
どうして、急に不安になったんだろう……?
「ハハっ。だと信じてる。ちょっといろいろあったから、俺も疲れてんだと思う。ごめんな、引き留めて」
「ううん。何かあったら私でよければ話聞くし、言ってね」
私なんかで役に立てるかどうかわからないけど、少しでも奏ちゃんの役に立てたらと思って、そう言った。
そしてその帰り道、私はまた花町三丁目交差点で手を合わせていた。
今日は、真新しいミニヒマワリが供えられている。
実は喫茶店バロンから家まで、一番の近道はこの交差点を通らずに帰る道だ。
だけど私は、必ずこの交差点で手を合わせて帰るようにしている。
喫茶店に通うようになったからという理由で、手を合わせないことが増えるのは嫌だったから……。
お兄さん。
あなたがあの日、助けてくれたおかげで私は今日もこうして生きていられます。
私もお兄さんのように、誰かのために動ける強い人間になりたいです。
夏の風が、私の長いポニーテールの髪を揺らす。
奏ちゃんの不安げな瞳や顔が、この日が終わるまでずっと頭から離れなかった。
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