空に想いを乗せて

美和優希

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最終章

空に想いを乗せて

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 今年もはらはらと桜舞う季節がやって来た。

 高校三年生になった私は、地元の大学の学祭に来ていた。


 大学見学も兼ねて、という真面目な理由もちゃんとある。


 だけど、一番の理由は……。



「こんにちはー! Wild Wolfですー! 今日は、たくさんの皆さまに集まっていただけて本当に嬉しいです!」


 そう。奏ちゃんたちWild Wolfのステージを見るためだ。


 新島先輩と増川先輩も通うこの大学の学祭に、なんと奏ちゃんと北原くんも出場許可がおりたらしい。

 以前、ここの大学の企画で開催した駅前のライブの評判が良かったからなんだそうだ。


 晴れ渡る空の下設置された、屋外ステージ。


 激しいドラムの合図とともに始まる、一曲目。

 観客席から、ステージに向かって突き上げられる拳。

 会場が一気に熱気に包まれた。


「一時は本当に終わったと思ってたけど、良かったじゃない」

「み、美波!」


 観客席の隅の方で奏ちゃんたちの力強い演奏を見ていると、一緒に学祭に来ていた美波にかき氷を手渡される。


「花梨はいちごで良かったよね? 私はハワイアンブルー」


 この場所を確保したあと、どこかへと姿を消していた美波だけど、かき氷を買いに行ってたんだ……!


 吹きわたる春風はまだ冷たいけれど、この熱気の中ならかき氷の冷たさも合うかも……。

 っていうか。


「美波、この人混みの中で、何でかき氷?」

「私が食べたかったからに決まってるじゃない! 隅っこの席だし、あまり迷惑にはならないでしょ? 飛び跳ねたければ、かき氷持ったままでも飛び跳ねられるし」


 いや、そういう問題じゃないと思うんだけど……。


 あっけらかんと言うあたりが、美波だなぁと思う。

 基本的には、すごくしっかりしてる子なんだけどね。


「花梨は、第一志望、この大学にしたんだっけ?」

「うん。県外も考えたけど、やっぱり地元に残りたいなぁって思って」

「花梨くらい頭が良ければ、県外出たら選り取りみどりだろうに」

「あはは、選り取りみどりって。私はそこまでじゃないよ」


 将来の方向性も、なんとなく定まってきている。

 そして、奏ちゃんもそれは同じみたい。


 一曲目が終わって、それぞれの自己紹介をする中、奏ちゃんが叫ぶ。


「本日は、お招きくださりありがとうございます。俺とベースの瑛ちゃんは、まだ花北高校の三年生です! しっかり勉強して、来年には俺たちもこの大学の学生としてこのステージに立てるように頑張ります!」


 頑張れよ~、とか、待ってるからな~、といった声援がステージに向かって送られる。


「なるほどね~。柳澤くんも同じ大学志望なのね」


 美波がニヤニヤと私を見る。


「別に奏ちゃんと合わせたわけじゃないからね!」


 奏ちゃんは、ここの大学の教育学部を目指すことにしたらしい。


 生徒の心に親身に寄り添うことのできる教師を目指すんだと言っていた。


 奏ちゃんは、さらにプラスで音楽の楽しさも教えていけたらな~なんてと話してくれて、いかにも奏ちゃんらしいなと感じた。


 以前はお兄さんのこともあって将来のことまで考えられなかったらしい奏ちゃんだけど、ここ最近、考えがまとまったみたい。


 奏ちゃんに勉強教えてと頼まれて、最近は奏ちゃんと一緒に勉強をすることも増えた。



『俺も花梨みたいに頭よかったらなぁ~』


 とよく口にする奏ちゃんだけど、奏ちゃんはものすごく飲み込みが早くて、そのうち私なんかも抜かしていってしまいそうなくらい。


「どうだかね~。でも、いいなぁ。来年にはWild Wolfのメンバーはみんなここの学生になるなら、私も地元に残ろうかなぁ」


 冗談っぽくそう言う美波は、大学は東京に出る予定らしい。

 都会に出ることが夢だったんだそうだ。


 こうやって、少しずつ未来を現在に変えながら、一日一日歩いていく。


「実は、俺はWild Wolfの二代目ボーカルなんです! 今日は、一代目ボーカルに届けたいなと思って、この歌を空に向かって歌いたいと思います!」


 二、三曲歌ったあと、奏ちゃんが叫ぶとともに流れ出したのは、修学旅行のときにも聞かせてもらった、Wild Wolfの魂の一曲。


 この曲は、実は、奏ちゃんのお兄さんが最後に作った曲だったらしい。




 ──感じよう
 その肌で心で

 見つめよう
 その目を見開いて


 俺たちの刻むメロディーが途絶えない限り
 この唄が在りつづける限り

 たとえ、この声が枯れ果てても
 いつまでも叫び続けるから


 俺たちの目一杯の想いを
 この空に唄おう──




 お兄さん、聞こえていますか?

 感じていますか?


 奏ちゃんの、力強い歌声を。

 奏ちゃんの、響き渡る想いを。


 Wild Wolfの力強いメロディーを。


 歌詞の通り、途絶えることを知らないかのような勢いで、本当にこの空のどこかにいるお兄さんのもとへも届いてるような気がした。



 優しい春風が、会場内を駆け抜ける。



 このあふれんばかりの熱気も。

 音色も歌声も、すべて。

 空に想いを乗せて。



 たとえこの声が枯れ果てても
 このメロディーが途絶えない限り、ずっと。








 **END**
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