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第2章

◇暗闇の中で-美姫Side-(2)

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 私たちの学校では、毎年5月にスポーツ大会が行われる。


 この時期に行われる理由としては、気候も悪くないこと、そして新しいクラスに早く馴染めるようにという狙いも含まれているらしい。


 種目は、バスケ、バレーホール、テニスの3種目で、各クラスごとにトーナメント形式で行われる。


 持田くんから手渡されたプリントには、各種目ごとの試合開始時間と対戦相手が事細かに記載されている。


「うん。ありがとう」


「これでほぼ準備も終わったし、あとは明後日のスポーツ大会の日を待つだけだね」


 ここのところ忙しかったのは、スポーツ大会の準備もあったからだ。


 必要な道具を揃えたり、細かいルールについて話し合ったり、タイムテーブルを決定したり。どれも当日のスポーツ大会を無事に迎えるために必要なことだ。



「そうね。無事に天気になってくれるといいけれど」


 ちなみに今日の天気はくもりのち雨。

 今日の夕方から夜にかけて、強い低気圧が近づくらしい。


 雨は明日、長ければ明後日まで続く可能性があるって天気予報で言ってたし、やっぱり心配だ。


 バスケ、バレーホールは体育館内で行うけれど、テニスはグラウンドにあるテニスコートで行われるから。


 雨天なら翌週に延期になるけれど、せっかくここまで準備したなら、予定通りに終わらせたい。


「まぁ、天気ばっかりは僕らの力じゃどうしようもできないからな。何なら篠原さんが窓辺にてるてる坊主でもたくさん作って祈っててよ」

「て、てるてる坊主って……」

「あれ? 篠原さんっててるてる坊主とか信じて作ってそうだと思ったけど違った?」


 私の反応にクククと意地悪く笑う持田くん。

 もしかして私、からかわれてる!?


「ごめんごめん、冗談だよ。あ、ちょっと待って」


 そのとき、持田くんの手がこちらに伸びてきて、私は思わず身を強ばらせる。


 な、何……? 怖い……っ。


 相手は持田くんなのに……。

 こんな反応したら変に思われちゃうって。

 平然を装うとしても、それ以上に身がすくんで身体が言うことを聞いてくれない……。


「はい、取れた」


 だけど、そんな声とともに持田くんが私から離れていく気配を感じた。


 見ると、持田くんは私の前に黒い糸のようなものを見せている。


「肩についてたから。怖がらせちゃったかな?」


「え。や、私こそ、ごめんね。ビックリしただけだから。……ありがとう」


 なんだ、肩についてた糸くずを取ってくれただけだったんだ。


 それなのに私の中で、ちょっとでも持田くんのことを危険視してしまったことに罪悪感を覚える。


 持田くんが私に何かしてくるような人じゃないっていうのは、去年から生徒会で一緒だったのを振り返ってみても、わかってることなのに……。


「じゃあ、僕、行くね。今日は生徒会休みだから。たまにはゆっくりして」

「……うん」


 教室内に戻ると、心配そうな表情を浮かべた明日香が、私のことを迎えてくれた。


「大丈夫?」

「……うん。ちょっとビックリしたけど」


 きっと明日香からも、さっき持田くんが私に触れたのが見えたのだろう。


 持田くんに言ったのと同じことを言って、さっきまでお弁当を食べていた席に腰を下ろす。


「なら良いけど。本当、美姫が男が苦手じゃなかったら、生徒会長ともいい線行っててもおかしくなかっただろうに」


「明日香ってばすぐに私を誰かとくっつけたがるんだから」

「いいじゃん。実際にくっつけようとしてるわけじゃないんだから。広夢くんとはタイプは違うけど、生徒会長は紳士風イケメンだし、美姫と同じデキる人オーラがあるし、ある意味お似合いだなとは思うんだよね~」

「勝手にお似合いにしないでください」


 明日香が悪気があって言ってるんじゃないのはわかってる。


 むしろ、明日香なりに私を“普通に恋愛ができる女子”に戻そうとしてくれてることも。


 私の過去を知っているからこそ明日香は決して私に無理強いはしてこないし、きっとこんな冗談でさえ私が本気で嫌がればやめてくれる。


 だけど、やっぱりダメ。

 絶対に何もされないってわかりきっているような場面でも、男の人に必要以上に近づかれると怖くてたまらなくなる。


 日頃は平然を装ってるつもりでも、さっきみたいに唐突に触れられたときには対処できないくらいに。
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