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第3章

◇男性恐怖症克服の第一歩-美姫Side-(1)

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 スポーツ大会も無事に終わり、5月も終わりに近づく。


「篠原さん」


 この日の昼休み。その声に呼ばれて振り向けば、持田くんが教室の外でこちらを見ていた。


「美姫、あれ生徒会長じゃない? スポーツ大会終わったのに今度は何があるの?」

「や、何もないと思うんだけど……」


 スポーツ大会のあとは、しばらくは学校全体としての行事はない。

 だから持田くんがこうして私を訪ねてくるなんて、一体どうしたのだろう?


 廊下に出ると少し申し訳なさそうに両手を合わせる持田くん。


「ごめんね。お昼まだ途中だったよね」

「ううん。どうしたの?」

「篠原さんのクラスもこのあとホームルームだよね。修学旅行についての」


 私たちの学校では、高校2年生の7月の半ばに修学旅行に行く。


 修学旅行は3泊4日で沖縄に行くんだ。

 だからこのあとのホームルームで、修学旅行の班決めとクラスごとに男女各一人ずつの実行委員を選出することになっている。


「もし良ければ、篠原さんのクラスの実行委員を篠原さんにお願いしたいんだ」

「私に……?」

「学年主任からの意見で、修学旅行まで時間もそう多く取れないし、できるたけ生徒会のメンバーは積極的に実行委員をしてほしいって」

「そういうことなら……」


 スポーツ大会の準備期間中、帰りが遅くなることもあって、広夢くんに迷惑をかけてしまったところがあった。だからできることなら修学旅行実行委員はパスしたかったんだけどな……。

 先生がそう言ったなら、これも生徒会に任された仕事のひとつとして引き受けるしかない。


「また篠原さんと仕事ができるなんて嬉しいよ。じゃあよろしく」

 持田くんはそう言うと、足早にまた他のクラスに顔を出していた。

 きっと他のクラスにいる生徒会のメンバーにも、声をかけて回ってるんだろうな。


 何となく広夢くんに申し訳ない気持ちのまま、小さくため息を落とす。


「……修学旅行実行委員やんの?」


 その声にビクリと肩を震わせて振り向けば、今、頭の中を占めていた広夢くんの姿があった。


「え……? あ……」


「や、盗み聞きするつもりじゃなかったんだけどな、通りすがりに聞こえちゃって」


 今日日直だった広夢くんは、さっきの授業の終わりに集めたクラスみんなの数学の課題を、職員室に提出してきた帰りらしい。


「……えっと、ごめんね」


 広夢くんと話すのは、一緒に暮らしはじめて大分慣れては来てるけれど、やっぱり緊張する。



「何で謝んの? 美姫、何も悪いことしてないじゃん」


 そのままずんずんとこちらに距離を詰めてくる広夢くん。


 ひ、広夢くん。近いよ、近いってば……っ。

 ──やっぱりあまり近づかれ過ぎると、怖い。


 だけど、広夢くんは必ず私がもうダメって思う寸前の距離で、近づくのを止めてくれるんだ。



「俺もやる」

「……え?」

「修学旅行実行委員。確かあれ、各クラスから男女一人ずつでしょ?」

「でも、放課後も残らないといけなくなるし、修学旅行の前にはテストもあるのに……っ」


 私たちの学校は、6月末に期末テストが待っている。

 テスト期間をまたいでの実行委員。

 いくら修学旅行といえど、毎年その実行委員に人が集まらないというのは納得がいく。


「いいよ。美姫ばっかりしんどい思いをするのって不公平だろ?」

「……わ、私は、生徒会として頼まれたからやらざるを得ないだけで」

「こういうときくらい素直になればいいのに。美姫が実行委員引き受けたところで、あと一人男子の立候補者いないと困るじゃん」

「そ、それは、そうだけど……っ」


 広夢くんと話してると、いつも異様に心拍数が上がる。

 男の人と話してるからという理由に加えて、広夢くんの場合、やっぱり距離が近いからなんだろうけれど……。


「ってかさ、ちょっと免疫ついた?」

「何の話?」


 ここ数ヶ月は予防接種なんてものは受けてないし、免疫がついたと聞かれてもピンと来るものがない。

 直近で、て言ったら去年の冬に受けたインフルエンザの予防接種くらいだし……。

 まさかそんなことを話題にしているわけではないだろう。


「……わからないならいい。じゃあ俺らのクラスの修学旅行実行委員はほぼ俺と美姫で決定だろうし、次のホームルームは修学旅行の班決めからスタートできるな」


 だけど私が疑問に思ってる間に、勝手に一人でそう決めて広夢くんは教室の中に入っていってしまった。
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