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 そしてさらに、俊彦さんの不在中に現会長である俊彦さんのお父様が社長室に突然現れて、仕事を任されたことがあったのだけど、後から俊彦さんから聞いた話では、あの時点で会長は私が俊彦さんと付き合っていることを知っていて、仕事を頼んだのはただの口実で、私がどのような人か見極めに来ていたらしい。


 そのことを俊彦さんから聞かされたときは、さすがにひっくり返りそうな心境になったけれど、私の仕事をする姿を通して私のことを評価してもらえたことはとても嬉しい。


 とはいえ、そうは言われても、俊彦さんの言うように胸を張るなんて、私にはまだできそうにない。


 そんなことを考えながら、遠くに見える夜景と星空の境界線あたりを眺めていると、ベランダの手すりに置いていた私の手に俊彦さんの手が重なるのが視界の隅に映った。


「また日を改めて正式にお互いの両親にはご挨拶に行きたいなとは思ってるけど、その前に……」


 そう言う俊彦さんの声が聞こえたと思えば、次の瞬間には私の視界から夜景も星空も消えていた。


「ん……っ」


 かわりに視界に映るのは、俊彦さんの閉じられた瞳と長くて綺麗なまつ毛。

 突然の濃厚なキスに、思わず甘い声が漏れた。


「俊彦さ……っ」


 唇が開放された瞬間には少し息も体温も上がっているように感じて、恥ずかしい。



「以前ももっと自信を持ってって言ったのに。あまりに琴子が自信なさげだから、もうそんな顔できないようにしてやる」


 だけど、俊彦さんはそんな私を見て満足そうに笑うと、再び深いキスを落とす。

 そして、私の頭の後ろを支える手とは反対側の手は、私の身体をなぞるように触れてくる。


 付き合って、何回も俊彦さんとは触れ合ってるけれど、未だにこうして触れる度にドキドキが加速していく。


 しかも、今は不意打ちだったから尚更だ。



「と、俊彦さん、せっかくの夜景、見なくても良いのですか……?」


 あまりにドキドキし過ぎて、思わずそんなことを聞いてしまう。



「夜景? ああ、俺には最初から琴子しか見えてない」


 だけど、俊彦さんは私を熱い瞳で捉えたままだ。

 今夜はこのままもう離してくれそうにないことは、充分伝わって来た。


「ひゃっ」


 そのままお姫様抱っこをされて、私は俊彦さんによって部屋の中に連れ込まれる。


 部屋の真ん中に置かれたキングサイズのベッドに下ろされると同時に、俊彦さんの身体が私の身体の上に覆い被さった。


「感じて。俺がどれだけ琴子のことが好きか」


 数えきれないくらいのキスを落としながら、私の身体をなぞる俊彦さんの指。


「……愛してる」

「私も、愛しています……」



 俊彦さんとの未来には、きっと私が想像している以上に大変なこともあるのだろう。


 だけど、そうだとしても、私はどんな困難も乗り越えていきたい。


 不安はゼロではないけれど、俊彦さんが大好きで、この先も彼の一番そばに居たいという気持ちは変わらないから。


 自信がないなら、もっともっと努力しよう。

 少しでも俊彦さんに相応しいと思えるように、努力で補っていけるところは頑張りたい。


 こんなに愛してくれてる俊彦さんに、これ以上私の自信なさげな顔を見せて、余計な心配をさせたくないから。

 そして何よりも、これから先の未来でも、俊彦さんと笑い合っていたいから。


 この夜、俊彦さんの愛に溺れながら、私は心のなかで強く決意したのだった。
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