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*第5章*

メイド服の誘惑(2)

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「ちょお、おまえら、何やってんねん!」

 さらには、二人の間に割り込むように入って来た妹尾先輩。

 だけど、広瀬先輩と笹倉先輩の立っていた位置のせいもあってなのか、妹尾先輩には横から抱き着かれるような体勢になっていて……。

 四方八方から先輩たちに囲まれてしまって、これじゃあ身動き取れないよ……。


 そのときだった。ものすごい勢いで、あたしは三人の中から引っ張り出された。

 それと同時に、あたしの背中から身体中に響く、蓮先輩の声。


「おまえら、そんないやらしい目で優芽のこと見て、ベタベタ触ってんじゃねーよ!」

 気づいたときには、あたしは蓮先輩の腕の中にいた。

 蓮先輩の身体で、あたしを他の先輩たちから隠すような状態になっている。

 まるで蓮先輩に抱きしめられているような体勢に、さっきとは違う意味で一気に上がる心拍数。


 だけど、それも束の間。

 蓮先輩はあたしを離すなり、近くにあった蓮先輩のジャージを、グイッと押し付けて来た。


「その服はもう二度と着るな。これ使っていいから、すぐに着替えて来い!」

「え、れ、蓮先輩……?」

「……だから優芽がメイドだなんて、俺としては不本意だったんだ」

 蓮先輩は真っ赤な顔であたしに怒鳴ると、スタスタと会長机の方へと歩いていってしまった。

 蓮先輩が試着しろって言うから着替えてきたのに、そんなに怒ることないじゃん……。

 しかも、二度と着るなだんて……。

 蓮先輩の言葉が胸に刺さって、蓮先輩のジャージを抱いたまま、肩を落とす。


「確かに俺らも悪かったけどさあ、蓮のあの言い方はねえだろ」

 会長机で作業をしだした蓮先輩の方を見て、苦い表情を浮かべる広瀬先輩。


「確かに。優芽ちゃん、気にしないでいいよ、充分過ぎるくらい似合ってるから。優芽ちゃんさえ良ければ、このまま持って帰りたいくらいだし」

「だから、そういった目で優芽ちゃんを見る奴がおるから、蓮は嫌やったんとちゃうか?」

 笹倉先輩の発言に、すかさず口を開く妹尾先輩。


「優芽ちゃんも、俺らのせいで気悪くさせてごめんな? 蓮も悪気があって言ったわけちゃうから、気にせんとき?」

「……は、はい」

 妹尾先輩に優しく肩を支えられて、思わず目頭が熱くなった。



 だけど、蓮先輩によって元々の衣装を着るのを禁止されたからといって、生徒会恒例のメイドカフェがなくなるわけではないらしい。

 翌日、生徒会室に入るなり、あたしは蓮先輩に、再び問題のメイド服とメイド服と同じ素材でできた黒い布を目の前に突き出されていた。


「あの、蓮先輩がこの服着るなって言ったんですよ?」

「まあ、昨日は悪かった。だから、おまえが着れる服に改造しろ」

「へ?」

 突然の蓮先輩の発言に、頭をぐるぐると回転させる。

 あたしが着れる服に、改造……?


「あー、つまりはだ。あのふざけた丈じゃなくて、ちゃんとした丈になるように、この布で調整しろ」

 もしかして、スカート丈のこと……?


「で、でも、あたし裁縫って得意じゃないんですけど……」

「じゃあ、おまえのあの親友に頼めばいいだろ?」

「えー」

 確かに結衣は何でもできるから、裁縫もできそうだけど……。


「そんな顔してんじゃねーよ。あの格好で出て来られちゃ、俺だって我慢できる自信ねえし」

 手元にあるメイド服と、手直し用の黒い布を見つめてうつむいていると、呟くような蓮先輩の声が耳に届く。


「……え?」

「ったく、もうちょっと自覚しろよな」

 蓮先輩は困ったように眉を寄せてそう言うと、長テーブルの上を指さした。


「あっこに家庭科室からミシン借りてきてあるから、あれを使えばいい」

「あ、は、はい……」

 蓮先輩はそう言って、文化祭の資料を片手に生徒会室を出て行ってしまった。


「結局あの服を手直しさせられることになって、優芽ちゃんも大変だね」

 そのタイミングを見計らっていたかのように、それまで黙々と生徒会室の隅でアーチェリーの練習をしていた笹倉先輩が口を開く。


「はい……」

「まあ、裁縫なら僕で良ければいくらでも手伝うし、ね?」

 こちらに近づいて来た笹倉先輩が、そっとあたしの肩に手を置いたとき。
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