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*第5章*

メイド服の誘惑(4)

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 そのとき、生徒会室の内扉の開く音とともに、広瀬先輩の明るい声が飛び込んだ。


「ちぃ~す! って、うわああ、もう優芽ちゃんのメイド服、準備できたの!?」

 片桐さん、すげーと言いながら、広瀬先輩はあたしに近づくと、結衣が縫い上げたメイド服をまじまじと見つめる。


「ほんまや! この前のも悪くなかったけど、こっちの方が優芽ちゃんっぽいな。片桐マネ、わざわざ生徒会のためにありがとうな」

「どういたしまして!」


 妹尾先輩も続けてそう言うと、結衣は満足そうに笑った。


 笹倉先輩もあたしを見て、ウンウンとうなずく。


「まさか片桐さんがこんなに裁縫が上手いとはね。僕からもお礼を言わせてもらうよ。これで優芽ちゃんは悪い狼には襲われずに済みそうだね」

「それ、おまえが言うか?」

「あはは」

 妹尾先輩と笹倉先輩のそんな会話の中、最後に蓮先輩が生徒会室に入って来て、思わずあたしの胸がドキンと跳ね上がった。

 あたしの前まで歩いて来て、ジッとあたしを見つめる蓮先輩。


「あ、あの……」

 その視線に、思わずあたしがたじろいでいると、フッと蓮先輩の口元が緩んだ。


「いいじゃねえか。よく似合ってる」

 形の良い唇が、綺麗な弧を描く。


「は、はい……」

 あまりに綺麗な柔らかい蓮先輩の表情に、一気に鼓動が加速度を増した。


「おまえもありがとな。無事に明後日までに間に合ったわ」

「いいえ」

 蓮先輩の言葉に、結衣がニッコリと笑みを見せる。

 たったそれだけのことなのに、二人が親しげに見えてしまうのは、私の考え過ぎなのかな……?


 文化祭は明後日の日曜日。

 一応明日は土曜日で授業はないけれど、前日なのもあって会場準備で忙しくなる。

 生徒会は、文化祭の運営の方の仕事もあった分、出店の準備に取り掛かるのが、文化祭間際になってしまっていた。

 だから、今日までに仕上がったことは、生徒会としてもすごくありがたいことだったんだ。


「でも、マジで優芽ちゃん可愛い! ねえ、あれやってよ、にゃんにゃんってやつ!」

 そう言って、猫のポーズを取る広瀬先輩。


「え……、こ、こうですか?」

 あたしが広瀬先輩のポーズを真似て両手を上げたとき、スパコーンといい音が生徒会室内に響いた。

 蓮先輩が、プリントの束を丸めて筒状にしたもので、広瀬先輩の頭を殴ったんだ。


「いってえ!! おい、蓮!! 何すんだよ!!」

 広瀬先輩が頭を両手で押さえて、若干潤んだ瞳で蓮先輩を睨みつける。


「おまえが優芽に変なことさせるからだろ? 優芽も、達也なんかの口車に乗せられてんじゃねーよ!」

「す、すみません……」

 反射的に蓮先輩に頭を下げると、蓮先輩にドッサリとプリントの詰まった紙袋を二つ差し出される。


「へ……?」

 不思議に思って顔を上げると、相変わらずしかめられたままの蓮先輩の綺麗な顔。


「へ? じゃねーよ! 当日配布用の文化祭の冊子のプリントだ。全て今日中にホッチキス留めな」

「こ、こんなに……?」

 この資料、一体何部あるの……!?


「おまえの衣装準備も無事に終わったんだ。これまでの分も、今日明日はしっかり働いてもらうからな!」

「は、はい……」

 あたしが目の前の資料の量にげんなりとしていると、あたしの頭の上に、ふわりと蓮先輩の大きな手が乗せられる。


「あと、俺の目の届かないところに行くときは、ちゃんと制服に着替えてから行けよ」

「は、はぇ……!?」

 思いもよらない蓮先輩の言葉に、言葉にならない声が口を飛び出した。


「はぇってなんだよ。とにかくだ、俺はこれから文化祭実行委員の奴らと打ち合わせだから、一旦制服に着替えてから作業始めろよ! 打ち合わせ終わったら、ホッチキス留め手伝ってやるからよ」

「は、はい!」

 蓮先輩はあたしの返事を聞くなりニッと笑みを浮かべると、慌ただしく生徒会室を出て行った。


「会長、すごい溺愛っぷり。見てるこっちが恥ずかしいよ」

「ゆ、結衣……っ!?」

 耳元で囁く結衣に思わず飛び上がる。

 で、溺愛って。

 そんなんじゃないと思うけど……。

 でも、そうだといいな、なんて思うあたしも居て……。

 先輩たちも各々文化祭準備に取り掛かる中、あたしの心音だけが、いつまでも大きく響いている気がした。
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