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2.恋するレモンチーズケーキ

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「京子さん、大丈夫かな……?」

 そこまで考えて、ふと、結局浮かない顔のまま店を出ていった京子さんの姿が思い返された。

 甘いものを求めて入ってくるお客さんは、みんな疲れていたり、嫌なことがあったり、浮かない顔をして入って来る反面、出ていくときは甘いもので癒されて、強ばっていた表情筋が緩んいる人がほとんどだ。


 京子さんだって、恋人に振られたという嫌なことがあった中、きっと甘いものを食べて癒されたくてここに来たはずだ。

 それなのに、結局京子さんは最初から最後までつらそうな表情のままだった。


「京子さんのことがそんなに心配ですか?」

 そのとき、私の後ろの作業台を消毒していたミーコさんが、こちらにやって来る。


「……ミーコさん。そうですね、結局、京子さんの力になれなかったのかなって」

「そんなことないですよ。きっと京子さんの中では綾乃さんに話を聞いてもらえたことは、ひとつの支えになっていると思いますよ」

「そうだといいんですけど……」

「綾乃さんは考えすぎですよ。失恋してすぐに立ち直れという方が難しいですからね。京子さんがつらいのは、それだけお相手に本気だったからではないでしょうか」

 言われてみれば、そうかもしれない。

 私は恋に憧れのようなものは抱いているものの、身を焦がすような恋愛をまだしたことがない。

 だからこそ、京子さんの気持ちも想像することしかできない。


「……あやかしと人間の恋って、あまり想像つかないけど、やっぱり難しいのかな」


 今回は正体がバレたわけではなく恋人の心変わりが原因だと京子さんは話していたけれど、過去の恋人は正体がバレたのが原因だと言っていた。

 それに坂部くんは、恋に破れた京子さんに綺麗に別れられてよかったんじゃないですか、なんてことを言っていた。

 坂部くんがただの意地悪で言った可能性もあるけれど、仮にそうじゃないとしたら、やっぱり障害の多い恋になるっていうことなんだよね……?

 私のつぶやきにも「……そうですね」と考えるように応えてくれるミーコさんの声が耳に届く。


「双方がお互いの存在を認め合うことができるのが理想的だと思います。けれど現実的にはなかなかそうはいかず、京子さんのようにあやかしであることを隠して人間とお付き合いされている方が多いですね」

「……そうなんですね」


 ……やっぱりそうなんだ。

 私もそうだったけど、本当の姿だと正体を明かされた時点で、大多数の人間はパニックを起こすことは目に見えている。

 もしかしたら私が気がついていないだけで、知らない間に坂部くんやミーコさん、京子さん以外にも私はあやかしと出会って時間をともにしていたのかもしれない。


「それは恋人のみならず、友人等の付き合いにも言えることですね。私たちと人間は、寿命も暮らしも全く異なっています。私たちのように、人間の世界に溶け込んで暮らす道を選んだ者は、必然的に人間側に合わせていくことになるのですが」

「そんなにあやかしと人間は違うんですか?」

 妖術とかという不思議な魔法のような物を使えたり、獣の姿になったり、人間とあやかしは全く違う部分もある。

 一方で、笑ったり、怒ったり、悩んだりする姿を見ていると、人間と大して変わらないように見えるんだ。

 もしかしたらあやかし側が人間に意図的にそう見えるように動いているのかもしれないが。


「まぁ。少なくとも寿命は人間の何倍も生きますね。純血のあやかしだと、人間の十倍は生きます」

「じゅ、十倍……」

 何だか想像がつかない。

 けど、そういうことは、ミーコさんも坂部くんも、あやかしの中では若い方なのだろう。


「人間の世界で生きる場合、暮らしに関してはこちらが人間に合わせて暮らせばいいのですが、寿命だけはどうしようもありません。人間は年老いていっても、私たちは同じ速度では老いないのですから」

「じゃあ、長く一緒にいると不自然に思われてしまう……」

「いえ、あやかしが人間の年齢に合わせて姿を変化させていけばいいので、実際にはなんとかなるんです。実際に、それで人間側が年老いるまで一緒に居たという方たちもたくさんいますし、実際に私もそういう方に何人かお会いしたことがあります」


 それを聞いて、思わずホッとした。

 せっかく出会えたあやかしといい関係が築けても、別れを余儀なくされてしまうのは寂しいから。
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