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本編
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「ここでずっと俺が出てくるのを待っていたんですか?」
「はい、透くんのお仕事が終わるのを待機していました!」
簡単に言うけど、現在の時刻は21時半。俺のためにこんなきれいな人がずっと一人で立ってたなんて、きっと何度もナンパに合ったことだろう。連絡くれたらもっと急いで出てきたのに!!
「こちらをどうぞ!」
「へっ?」
鶴矢さんが俺の視界を塞ぐように差し出したのは小さめの紙袋。条件反射的に受け取ると、ふんわりとバターの甘い香りが鼻をくすぐった。
「中身は、手作りクッキーのレシピと、実際に私が作った完成品です! 美味しく焼けていることは確認済みですので、ぜひ受け取っていただきたいのですが……」
「えーーー!? えーーー!?」
鶴矢さんの手作りクッキー!? それも、ピンクのハートのラッピング袋に入れてくれてて、嬉しすぎます!
「あの……すみません、私のクッキーは余計でしたよね……。レシピだけで十分でした。持って帰ります」
やっぱり惜しくなったのか、鶴矢さんが手を伸ばして俺からクッキーを取り返そうとしてきた。慌てて身を引いて避ける。たしかに俺なんかにはもったいないけど、一度もらったからには俺のもの。紙袋を胸に抱いて断固拒否だ。
「だめです! 俺が食べたいです!! 後日必ずお礼をするので、俺にください!」
「そんな……いいんですか? フフ、お礼だなんて、期待しちゃいますよ?」
唇の端を吊り上げてニヤリと笑う。俺は大きくうなずいた。
「なんでも遠慮なくどうぞ!」
「では……。約束しましたからね」
無事にクッキーが俺のものになった。
鶴矢さんは、なにか欲しいものでもあるらしく、うっとりとしている。その目の輝きに、不安にならなくもないが、もうすぐ夏のボーナスだしなんとかなるはず。
「……透くん」
鶴矢さんがそっと俺に近づいた。
今日は結婚相談所の相談カウンター越しでもスマホ越しでもない、生身の鶴矢さんが、俺の肩に触れ、顔を覗き込んでくる。
「ははは、はい!?」
近すぎて、顔面の美しさに目がくらむ。
「このあと透くんのご都合はいかがでしょう。よろしければ、場を変えてゆっくりお話しできませんか?」
おめでたい俺はやっと、鶴矢さんがなぜ会いに来てくれたか理解した。
俺に手作りクッキーをプレゼントするのはあくまでついで。婚活を始めたばかりで、右も左も分からない俺が、昨夜、初めてのお見合いをすると連絡したから、きっと心配して駆けつけてくれたんだ。
会費の高いエグゼクティブ会員特典には、出張サービスまであったのか。
俺は姿勢を正して頭を下げた。
「わざわざありがとうございます! ぜひお願いします!」
「良かった。お食事がまだですよね。実は私もです。近くにぜひご紹介したいフレンチ・レストランがありますから、そこでいかがでしょう?」
「わあ、俺もうお腹ペコペコで! 食事しながらなんて嬉しいです!!」
「では参りましょう……」
鶴矢さんに優しく手を取られ、俺はまるでデートが始まる気分だった。
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