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本編
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「──さあ帰るぞ。まったくお前という奴は、休みの日さえ目が離せないな」
清一郎さんが秘書たちに連れ去られた後、俺は俺で墨谷さんに逆の出口に引っ張られ、待機していたタクシーに無理やり押し込まれた。そして墨谷さんも乗り込み、タクシーが発進した。
「なんで墨谷さんまで……。墨谷さんの家は逆方向でしょう」
「お前を間違いなく家に帰らせるためだ」
「そうですか…………」
抵抗は諦めて、せめて目を合わせないように窓の外を見ることにする。道は渋滞していて、ふだんなら20分もあればつくけど、もっと時間がかかりそうだ。それまで二人きり……。げんなりする俺の横で墨谷さんは深いため息をついた。
「正直に言え。何人とパパ活している?」
まだ言うか。殴ってやりたいのをぐっと堪える。
「だからっ、パパ活なんかしてないって……」
「この前は、隠れてチャットして、そのすぐ後に男と会社の前で会ってたな」
ギクリとした。鶴矢さんと、食事に行くのを見られてたのか。
「パパ活でないなら、どういう知り合いだ? どこで知り合った?」
「それは…………」
婚活と言ったら多分、パパ活してるより怒るだろう。使いっぱしりが逃げようとしてるなんて、きっと許さない。絶対邪魔をされる。
青くなる俺に墨谷さんが詰め寄ってくる。
「見たことのない顔だった。うちの社員ではないな」
まさかこの人、社員の顔を全部覚えてるの? 本社ビルだけでも3000人はいるんだけど……。
「ええええええっと、友達の紹介で知り合ったんです!」
ヨシ! 我ながら無難な答えが出た! だが墨谷さんからは舌打ちが返ってきた。
「嘘をつくな。お前、友達は一人もいないと言っていたじゃないか」
「は!?」
そんなこと言った覚えはない! 俺は胸を張った。
「たしかに俺は友達は少ないですけど、一応、俺にだって親友がいます。大学で知り合って以来、今もつるんでます。嘘じゃありません」
「フン。二年前は、その唯一の親友はアメリカ留学に行ったと聞いたが、戻ってきたのか」
「えっ、何でそんなことまで知ってるんですか!?」
墨谷さんは俺に呆れていた。
「お前は本当にどれだけ忘れっぽいんだ。営業部に配属されてすぐ、二人で飲みに行った席で、お前が泣きながら話したんだろうが」
「そうでしたっけ……?」
「お前は酔っていたな。俺に絡んできてずいぶん迷惑したんだぞ」
「ヒエ……」
嘘だと思いたい。が、だんだんと思い出してきた。
誘がたった1ヶ月で戻ってくるとは露ほども思わず、もう二度と会えないかもしれないと恋しがっていた頃だ。まだ墨谷さんは俺の上司ではなく、4つ上の先輩だった。出身大学が同じという理由で、新入社員の俺の指導役として俺の面倒を見てくれた。完璧主義の墨谷さんは、俺への責任感も半端なかった。
誘がいなくなった後、俺は新卒として内定をもらっていた会社に予定どおり入社した。
数日の新人研修のあと、伝えられた配属先にショックを受けた。法務部を希望していたのに営業部。営業部だって決して、悪い部署ではない。他部署よりも残業が多い傾向があるものの、毎月営業手当てが出るし、他の部署よりも役職が多いし、大きく売上を上げると、年二回の賞与の他に特別ボーナスも出る。だから、ガッツのある体育会系的な社員には向いている。
一緒に配属された他の同期たちはみんな、はつらつとして、自分に自信のありそうなタイプばかりだった。全くそうではない俺は、配属初日から居場所のなさを感じていた。
新人たちはまず会議室に集められ、部長、副部長から挨拶と組織目標の説明を受けた。その後、新人たちに仕事を教える指導役の先輩がやってきて、それぞれ自分の担当する新人の名前を呼び、一緒に会議室を出ていった。
なぜか、俺の指導役だけ来なかった。仕事の都合で遅くなっているらしい。広い会議室でただ一人、ぽつんと心細く待った。そしてやっと来たのが俺の指導役である墨谷さんだった。入口で腕を組んで立つ彼に、俺は安堵して駆け寄った。
「初めまして、木原 透です。墨谷さんですか?」
「ああ」
墨谷さんは、他の優しそうな先輩たちとはまるで雰囲気が違った。第一印象は、怖そうだし厳しそう。
小顔で、人形のような、品の良い顔立ちをしている。しかし、俺を見つめる切れ長の目は鋭い刃のような迫力がある。
(な、なんで睨むの?)
せっかく美形なのに、眉間に深い皺を作っている。
俺が気に食わないのだろうか。
確かに、俺は今回配属された新人のうちで誰よりも平凡で、秀でたところは何もない。
ならばせめて可愛い後輩と思われたい。俺は自分の中で一番の笑みを向けた。
「木原透です。精一杯頑張りますので、これからどうぞよろしくお願いします!」
一度頭を下げてから、しっかりと目を合わせた。でも墨谷さんにはプイと視線をそらされてしまった。
そして俺に背を向けた。
「俺は忙しいんだ。新人の指導なんてやっていられない」
そう言い残し、俺を置いてさっさと会議室を出ていった。
「そ、そんな……」
まさかの指導拒否。
そんなに俺の印象、悪かった? 就活の面接では、明るい笑顔はどこでも好印象だったんだけどな……。
ともかく、これからどうすればいいのか。
会議室の窓ごしに、チラチラと営業マンの一人が俺に視線を向けている。目を合わせると、口パクで(大丈夫?)って聞いてくれた。
この人に助けを求めようかな……。
が、墨谷さんが鬼の形相で戻ってきた。
「何をしている!! さっさとついてこい。お前の席は俺の隣だ」
「えっ、はい、すみませんでした!?」
再び会議室を出ていく墨谷さんを、今度は俺も追いかけた。営業部のエースと言われているだけあって、窓際の良い席だった。墨谷さんが先に着席し、俺もおずおずと隣に着席した。ぐいんと顔がこちらに向く。
「ひぃっ」
目力ありすぎ。
「これからお前は、いつでも俺の後ろについてくるんだぞ。俺が指導役となったからには、お前が一人前になるまで責任を持って指導する。分かったか!」
「は、は、はいっ、分かりました!!」
清一郎さんが秘書たちに連れ去られた後、俺は俺で墨谷さんに逆の出口に引っ張られ、待機していたタクシーに無理やり押し込まれた。そして墨谷さんも乗り込み、タクシーが発進した。
「なんで墨谷さんまで……。墨谷さんの家は逆方向でしょう」
「お前を間違いなく家に帰らせるためだ」
「そうですか…………」
抵抗は諦めて、せめて目を合わせないように窓の外を見ることにする。道は渋滞していて、ふだんなら20分もあればつくけど、もっと時間がかかりそうだ。それまで二人きり……。げんなりする俺の横で墨谷さんは深いため息をついた。
「正直に言え。何人とパパ活している?」
まだ言うか。殴ってやりたいのをぐっと堪える。
「だからっ、パパ活なんかしてないって……」
「この前は、隠れてチャットして、そのすぐ後に男と会社の前で会ってたな」
ギクリとした。鶴矢さんと、食事に行くのを見られてたのか。
「パパ活でないなら、どういう知り合いだ? どこで知り合った?」
「それは…………」
婚活と言ったら多分、パパ活してるより怒るだろう。使いっぱしりが逃げようとしてるなんて、きっと許さない。絶対邪魔をされる。
青くなる俺に墨谷さんが詰め寄ってくる。
「見たことのない顔だった。うちの社員ではないな」
まさかこの人、社員の顔を全部覚えてるの? 本社ビルだけでも3000人はいるんだけど……。
「ええええええっと、友達の紹介で知り合ったんです!」
ヨシ! 我ながら無難な答えが出た! だが墨谷さんからは舌打ちが返ってきた。
「嘘をつくな。お前、友達は一人もいないと言っていたじゃないか」
「は!?」
そんなこと言った覚えはない! 俺は胸を張った。
「たしかに俺は友達は少ないですけど、一応、俺にだって親友がいます。大学で知り合って以来、今もつるんでます。嘘じゃありません」
「フン。二年前は、その唯一の親友はアメリカ留学に行ったと聞いたが、戻ってきたのか」
「えっ、何でそんなことまで知ってるんですか!?」
墨谷さんは俺に呆れていた。
「お前は本当にどれだけ忘れっぽいんだ。営業部に配属されてすぐ、二人で飲みに行った席で、お前が泣きながら話したんだろうが」
「そうでしたっけ……?」
「お前は酔っていたな。俺に絡んできてずいぶん迷惑したんだぞ」
「ヒエ……」
嘘だと思いたい。が、だんだんと思い出してきた。
誘がたった1ヶ月で戻ってくるとは露ほども思わず、もう二度と会えないかもしれないと恋しがっていた頃だ。まだ墨谷さんは俺の上司ではなく、4つ上の先輩だった。出身大学が同じという理由で、新入社員の俺の指導役として俺の面倒を見てくれた。完璧主義の墨谷さんは、俺への責任感も半端なかった。
誘がいなくなった後、俺は新卒として内定をもらっていた会社に予定どおり入社した。
数日の新人研修のあと、伝えられた配属先にショックを受けた。法務部を希望していたのに営業部。営業部だって決して、悪い部署ではない。他部署よりも残業が多い傾向があるものの、毎月営業手当てが出るし、他の部署よりも役職が多いし、大きく売上を上げると、年二回の賞与の他に特別ボーナスも出る。だから、ガッツのある体育会系的な社員には向いている。
一緒に配属された他の同期たちはみんな、はつらつとして、自分に自信のありそうなタイプばかりだった。全くそうではない俺は、配属初日から居場所のなさを感じていた。
新人たちはまず会議室に集められ、部長、副部長から挨拶と組織目標の説明を受けた。その後、新人たちに仕事を教える指導役の先輩がやってきて、それぞれ自分の担当する新人の名前を呼び、一緒に会議室を出ていった。
なぜか、俺の指導役だけ来なかった。仕事の都合で遅くなっているらしい。広い会議室でただ一人、ぽつんと心細く待った。そしてやっと来たのが俺の指導役である墨谷さんだった。入口で腕を組んで立つ彼に、俺は安堵して駆け寄った。
「初めまして、木原 透です。墨谷さんですか?」
「ああ」
墨谷さんは、他の優しそうな先輩たちとはまるで雰囲気が違った。第一印象は、怖そうだし厳しそう。
小顔で、人形のような、品の良い顔立ちをしている。しかし、俺を見つめる切れ長の目は鋭い刃のような迫力がある。
(な、なんで睨むの?)
せっかく美形なのに、眉間に深い皺を作っている。
俺が気に食わないのだろうか。
確かに、俺は今回配属された新人のうちで誰よりも平凡で、秀でたところは何もない。
ならばせめて可愛い後輩と思われたい。俺は自分の中で一番の笑みを向けた。
「木原透です。精一杯頑張りますので、これからどうぞよろしくお願いします!」
一度頭を下げてから、しっかりと目を合わせた。でも墨谷さんにはプイと視線をそらされてしまった。
そして俺に背を向けた。
「俺は忙しいんだ。新人の指導なんてやっていられない」
そう言い残し、俺を置いてさっさと会議室を出ていった。
「そ、そんな……」
まさかの指導拒否。
そんなに俺の印象、悪かった? 就活の面接では、明るい笑顔はどこでも好印象だったんだけどな……。
ともかく、これからどうすればいいのか。
会議室の窓ごしに、チラチラと営業マンの一人が俺に視線を向けている。目を合わせると、口パクで(大丈夫?)って聞いてくれた。
この人に助けを求めようかな……。
が、墨谷さんが鬼の形相で戻ってきた。
「何をしている!! さっさとついてこい。お前の席は俺の隣だ」
「えっ、はい、すみませんでした!?」
再び会議室を出ていく墨谷さんを、今度は俺も追いかけた。営業部のエースと言われているだけあって、窓際の良い席だった。墨谷さんが先に着席し、俺もおずおずと隣に着席した。ぐいんと顔がこちらに向く。
「ひぃっ」
目力ありすぎ。
「これからお前は、いつでも俺の後ろについてくるんだぞ。俺が指導役となったからには、お前が一人前になるまで責任を持って指導する。分かったか!」
「は、は、はいっ、分かりました!!」
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