絶対にスパダリと結婚します~玉の輿を目指す営業男子の婚活BL~

nuka

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番外編

墨谷文人とポメラニアン透


 墨谷文人は、どんな状況でも冷静に受け止め、合理的な行動をすることを心がけている。父の勧めで幼少から武道を嗜み、精神を鍛えてきたので、些細なことで動じたりしない。しかし、今、彼はらしくなく、つぶらな瞳をしたポメラニアンを腕に抱え、戸惑っていた──。



 墨谷は帰宅の途中だった。大手化学メーカーに勤め、異例のスピード出世で26歳にして課長となった墨谷は、課の運営業務のほか、自らも重要な商談をいくつも抱えており、毎日、会社を出るのは誰よりも遅い。


 墨谷の自宅は、都心の閑静な住宅街の、門前の松が立派な和風の屋敷で、両親と暮らしている。最寄り駅に到着後、徒歩で誰もいない道を進んでいると、前方から白くて丸い毛玉が転がってきた。それが何か、周囲が暗いせいで抜群の視力を持つ墨谷にも、すぐには分からなかった。毛玉は近くまでくると、突然跳ねた。墨谷は防衛本能から、とっさに蹴りとばそうとし、すんでのところで足を引いた。そして毛玉は墨谷に飛びついてきた。


「な、なんだ!?」


 おそらく小動物。しがみつかれた足から温かい体温が伝わってくる。混乱しながら見つめるうち、つぶらな瞳と目があった。それでようやくこの毛玉が真っ白なポメラニアンだと分かった。青い首輪を着けている。


 迷い犬か……?

 恐る恐る手を出すと素直に身体を寄せてきた。抱き上げても抵抗することなく、大人しくしている。


 首輪のネームが目に入った。


 “Toru”


「透?」


 同じ名前の、素直で一生懸命だが、失敗してばかりの頼りない部下──木原 透が思い浮かぶ。


「ポメッ!」


 腕の中では、ポメラニアンが返事した。



 あたりを見渡すが、飼い主は見当たらない。仕方なく踵を返して交番に連れて行ったが、今のところ迷い犬の届けは出ていないそうだった。


 警官は、墨谷に抱かれた透に同情の目線を向けていた。


「首輪のサイズが小さすぎて合ってないし、薄汚れてるから、もしかしたら、捨てられたのかもしれませんね」


「…………」


 拾得物の届けを出したら立ち去るつもりだったが、透の心細そうな顔と、これから透が入れられる小さくて狭いケージを見て、いたたまれなくなり、墨谷は飼い主が見つかるまで透を自宅で預かる事にした。



「うちには祖父が生涯をかけて集めた貴重な骨董品があちこちに飾られている。落ち着きがなかったり粗相をするような奴は、家に入れられないと、心得ておけ」


「ポメッ!」


 両親に連れ帰った透を見せる間、透は言われたとおり、ちゃんと大人しくしていた。無事に家に入れる了承を得たが、風呂場に向かうと急にじたばたしだした。


「ポメ!!」


 どうやら透は水が苦手なようだ。洗われることを察知して、逃げ出そうとするのを、墨谷はすかさず捕まえる。それでもまだ身をよじって抵抗を試みる透に「往生際が悪い!」と叱った。


「心配するな。悪いようにはしない。俺が長年愛用している無添加石鹸で洗い、目や耳に水が入らないように細心の注意を払う。お前も、身体が汚れているせいで、痒いところがあるようだし、首輪のあった箇所は皮膚炎も起こしている。その上、捨てられた犬などと侮辱まで受けてさぞ悔しかっただろう?」


「ポメポメ!!」


 左右に首を振る透に、問答無用と墨谷は浴室に入りピシャリと扉を閉めた。たらいにお湯を溜め、その中に透をゆっくりと浸からせる。……が、やはり抵抗して、墨谷にしがみつき、腕まくりした墨谷の腕を引っ掻き傷だらけにする。


「ポメ! ポメ!」


 墨谷は顔の前まで持ち上げ、正面から見据えた。


「いいか、透、よく聞けよ……」


 貫くような真っ直ぐな瞳を向けられて、騒いでいた透も、顔色を変え、静かになった。


 透は賢い。そう、墨谷は確信していた。同じ名前の部下も、おっちょこちょいで泣き虫だが、仕事を任せれば一生懸命に取り組んで、少しずつ成長している。


「これからお前のことは、俺が全ての責任を持つ。必ずお前を飼い主の元へ帰してやるし、もし、万一、本当にお前に行き場がないのなら、俺がお前を引き受ける。だから、お前も俺を信頼しろ」


「ポメ……」


 思っていたとおり、墨谷の心が、ちゃんと透に伝わった。暴れるのを止め、パタパタと小さな尻尾まで振っている。その姿が健気でかわいくて、気づくと墨谷は抱き締めていた。


「ポメ……」


「良い子だ、透……」


 見つめあう二人。しかし、間もなく墨谷が、再び透を湯の入ったたらいに浸けた。


「ポメーーッッ!?」


 油断していた透が驚いて、暴れて水しぶきをあげるが、墨谷は泡のついた手で、優しく、しかししっかりと、透を押さえつける。


「覚悟を決めろ、透。俺はお前を決して甘やかさない。必ずお前を一人前のポメラニアンにしてやる!!」


「ポメ!? ポメポメ!! ポメーーーーェェッ!!!」


 透は丁寧に洗い上げられた。


「──よく頑張ったな」


 ドライヤーをかけられた透は見事にフワフワの毛玉だった。心なしか、いままでよりも堂々として、改めて挨拶をしに行った墨谷の両親にも可愛いと褒められて、嬉しそうに舌を出していた。


 透はぐっすりと、墨谷の布団で眠っている。その無垢な姿に、墨谷はもう一人の彼を重ねて、静かに微笑むのであった。



終わり

꒰ ՞•ﻌ•՞ ꒱




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