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第266話 侯爵家の屋敷にて②
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僕達はガットン伯爵の案内で食堂に向かうことにした。先程の場所が食堂ではないのだろうか、と疑問に思わなくはないが、ドドガン侯爵が僕達を歓迎していないことはあの態度で明らかだ。だとすると、侯爵の思惑を知らなければ、公国が危険に晒されるかも知れない。ロドリ子爵も状況がよく分かっていないようで、頼りになりそうにない。
食堂と案内された場所に入ると、そこは先程の部屋よりも小さいながらも僕達の人数が簡単に収容できるほどの大きさを持っている。その部屋の中央に大きな円卓が置かれ、各席には豪勢な食事が置かれていた。僕はその食事を見て、僕は目を見開いてしまった。その様子を見て、ガットン伯爵は勘違いしたかのか、僕に声を掛けて来た。
「イルス辺境伯はこのような料理を見たことがないので、驚いているようだな。これは王家が食するような高貴な料理だ。侯爵殿下がお前たちをどれだけ大切にしているか、これで分かってであろう。ありがたく、食していくんだな」
ガットン伯爵は本当に残念な男だ。なにゆえ、相手をこうも苛立たせるのか。そもそも僕が驚いたのは珍しいからではない。領民が飢餓で苦しんでいる現状で、よくもこのような料理を出すことが出来るな、ということを驚いているのだ。こんな食料があるなら、領民に少しでもお腹に入れてやればよいのだ。どうやら、侯爵は領民のことは歯牙にもかけていないようだな。
僕はとりあえず、用意された椅子に腰掛け、聞きたくもないガットン伯爵の無用な話を聞く羽目になってしまった。僕は、目の前の食事には手を付けずガムドに話しかけていた。
「この北部諸侯連合とは一体何なのだ? 侯爵の様子を見る限り、とても王国と敵対するような気概を見ることは出来なかった。我々はこのような組織を信用していいものだろうか?」
「私も同意します。ロドリ子爵の話とは違うような気がしますな。我が部下に領内を探索するように命じてありますから、情報が入ってくると思います。とても期待できるような情報を入ってきますまい」
僕は頷き、ガムドも同じような意見で安心した。まずはドドガン侯爵に話を聞かなければならないな。
「ガットン伯爵。ドドガン侯爵はいつになったら、やってくるのだ。我々は貴方の話を聞きにここに来ているわけではない。侯爵と話がしたくて、この場に来ていることを忘れてもらっては困るのだが」
ガットン伯爵はあからさまな嫌な顔をして、もうすぐお出でになる、と吐き捨てるように答えてきた。示し合わせたかのように、ドドガン侯爵はすぐに部屋に入ってきた。立っている姿を始めてみたが、体には無駄な脂肪がつき、歩くことも難しいそうに短い距離をゆっくりと歩いている。これで遅くなっていたのだな。ならば仕方がないな。
「遅くなった。どうだ? 王族の食事は。んん? 全然食べておらぬではないか。やはり田舎者では口に合わぬか。それは残念だ。庶民が食べるような家畜の餌がお似合いだったかな?」
「ああ、その通りだ。僕には住民が食べているようなもので十分だ。このような食事を食べている気が知れないな。それにここに出ている料理を最高のものと思っているとは可愛そうだな」
そう。どう見ても、ここに並んでいる食事が美味しそうには思えないのだ。どの食材も新鮮味がなく、匂いも全く食欲をそそらない。彩りだけは気にしているようだが、それだけだ。こんな料理なら、野菜を丸かじりしたほうがどれだけ美味しいか。
「何!! それは聞き捨てならぬな。まるで、田舎のお前たちのほうが美味しいものを食べているようではないか。そんなことは絶対にありえない。そこまで言うのなら、何か証拠を見せろ!!」
見せろと言われてもな。普通、ここに料理を持ち込む者などいるのか? 少し考えれば分かるだろうに。しかし、僕は持っていたのだ。北部諸侯連合に対し食料支援をする食料をいくつか持ってこさせていたのだ。一応、食べているものが違うかも知れないという考えから、食料支援の食材をある程度決めたいと思っていたからだ。
僕はガムドに指示を出し、食料をいくつか持ってきてもらうことにした。持ってきてもらったのは、公国内ではごく普通に食べられているものだ。小麦のパンに乾燥肉、新鮮な野菜。この中に魚介がないのが残念だ。それらの食材を屋敷付きの調理人に切ってもらい各々に出してもらうことにした。しかし、侯爵は口にしようとしない。毒を疑っているのかと思って僕がひとくち食べたが、食べようとしない。
「こんな料理とも言えない下賤な者が食べるものを食べれるか!!」
侯爵は声を荒げたが、その声はロドリ子爵の声にかき消された。
「旨い!! なんて、旨いんだ。これほどの食材を公国では当り前に食しているのか。信じられん。これがあれば、我が領民達も喜んでくれるだろうな」
ロドリ子爵はこんな時でも領民のことを考えられるとは、なんとも好感をもてる男だ。伯爵も食べたようでうまそうな顔をしていたが、侯爵の手前、旨いとは言えない。そんな雰囲気の中、食べないという選択肢は取れないようだ。侯爵は食材を一口食べた。目を見開き、前においてある皿を綺麗に食した。
「まぁまぁだな。もう少し食べ……何!? もうないだとっ!! んん? 伯爵、そなた、そんなに美味しそうではなかったな。儂が食べてやろう。ん!! 抵抗するな伯爵。これは儂のものだ」
なんか、目の前で争いが始まっているんだが。なんと、醜いことか。さらに、僕は鞄から米の酒を取り出した。侯爵は興味津々の様子だ。酒を一口飲むと、旨いな、と隠す様子もなく唸っていた。
「これを儂で独占できんものか……」
なにやらブツブツと呟いている。はっきりとは聞こえないが、不穏な発言だった気がするな。侯爵は僕が出した酒を誰にもやらずに一人でガブガブと飲んでいた。すると、テーブル下がなにやらゴソゴソとしだしたのだ。ハトリの顔が僕の股の間からぬっと出てきたのだ。
「ロッシュ殿。調査を終わらせてまいりました。まずは住民ですが、飢餓状態の者がかなり数に上っております。どうやら、侯爵が食料を独占しているようで、領民には最低限しか配給していないようです。領民はそれでも足りないため、辺りの草など食べられるものは何でも食べている様子」
なんともひどい。それほどひどい状況は想像も出来ない。僕の目の前にある食事も本来は領民が食すことができるものだったのだろうと思うと、憎しみさえ湧いてくる。ハトリは更に続きを言ってくる。そちらのほうが本題のようだ。
「侯爵の部屋を探っておりましたら、凄いものを発見しました。ここに持ってきております。確認を」
そういうと数枚の羊皮紙が手渡された。サインを見ると、王弟の物であることが分かる。日付は……よく分からない。しかし、内容はとんでもないものだった。侯爵と王弟は、裏で結託していたのだ。王国の食料の打ち切り、北部諸侯連合の結成その全てが二人の筋書きだったわけだ。その目的は僕を引っ張り出し、暗殺することにあったようだ。そうなると、この場は危険だ。王国軍が接近しているのも、その作戦の一環なのだろう。
僕はガムドに羊皮紙を手渡し、内容を確認させた。ガムドも一瞬で状況が切迫していることが分かったようだ。ガムドはグルドにも話を通し、この場を安全に脱出する方法を考えていた。僕はミヤに目を配った。それだけでミヤはある程度通じたみたいだ。僕が立ち上がり、酒に夢中になっている侯爵に声をかけた。
「ドドガン侯爵。僕達はこのあたりで失礼させてもらう。我々にはやることが多いからな。食料支援についても後日返事を出そう」
そういうと、侯爵は急に慌てだした。
「まぁ、そんな急かなくてもよかろう。そうだ!! なにか、儂に話があるのであろう。話を聞こうではないか。場所もそうだな。他に変えよう。おい、誰か!!」
部屋の外から執事風の男がやってきて、侯爵が執事の耳元に何か囁いている。執事が頷き、僕達を案内すると告げてきたのだ。ここで逃げ出しても良かったのだが、まだ逃げ出すための準備が整っていない。領都に情報収集している者たちを集めるのに時間が少しかかっているのだ。しばらくは侯爵に従うか。
この決断がその後の明暗を分けたのだった。
食堂と案内された場所に入ると、そこは先程の部屋よりも小さいながらも僕達の人数が簡単に収容できるほどの大きさを持っている。その部屋の中央に大きな円卓が置かれ、各席には豪勢な食事が置かれていた。僕はその食事を見て、僕は目を見開いてしまった。その様子を見て、ガットン伯爵は勘違いしたかのか、僕に声を掛けて来た。
「イルス辺境伯はこのような料理を見たことがないので、驚いているようだな。これは王家が食するような高貴な料理だ。侯爵殿下がお前たちをどれだけ大切にしているか、これで分かってであろう。ありがたく、食していくんだな」
ガットン伯爵は本当に残念な男だ。なにゆえ、相手をこうも苛立たせるのか。そもそも僕が驚いたのは珍しいからではない。領民が飢餓で苦しんでいる現状で、よくもこのような料理を出すことが出来るな、ということを驚いているのだ。こんな食料があるなら、領民に少しでもお腹に入れてやればよいのだ。どうやら、侯爵は領民のことは歯牙にもかけていないようだな。
僕はとりあえず、用意された椅子に腰掛け、聞きたくもないガットン伯爵の無用な話を聞く羽目になってしまった。僕は、目の前の食事には手を付けずガムドに話しかけていた。
「この北部諸侯連合とは一体何なのだ? 侯爵の様子を見る限り、とても王国と敵対するような気概を見ることは出来なかった。我々はこのような組織を信用していいものだろうか?」
「私も同意します。ロドリ子爵の話とは違うような気がしますな。我が部下に領内を探索するように命じてありますから、情報が入ってくると思います。とても期待できるような情報を入ってきますまい」
僕は頷き、ガムドも同じような意見で安心した。まずはドドガン侯爵に話を聞かなければならないな。
「ガットン伯爵。ドドガン侯爵はいつになったら、やってくるのだ。我々は貴方の話を聞きにここに来ているわけではない。侯爵と話がしたくて、この場に来ていることを忘れてもらっては困るのだが」
ガットン伯爵はあからさまな嫌な顔をして、もうすぐお出でになる、と吐き捨てるように答えてきた。示し合わせたかのように、ドドガン侯爵はすぐに部屋に入ってきた。立っている姿を始めてみたが、体には無駄な脂肪がつき、歩くことも難しいそうに短い距離をゆっくりと歩いている。これで遅くなっていたのだな。ならば仕方がないな。
「遅くなった。どうだ? 王族の食事は。んん? 全然食べておらぬではないか。やはり田舎者では口に合わぬか。それは残念だ。庶民が食べるような家畜の餌がお似合いだったかな?」
「ああ、その通りだ。僕には住民が食べているようなもので十分だ。このような食事を食べている気が知れないな。それにここに出ている料理を最高のものと思っているとは可愛そうだな」
そう。どう見ても、ここに並んでいる食事が美味しそうには思えないのだ。どの食材も新鮮味がなく、匂いも全く食欲をそそらない。彩りだけは気にしているようだが、それだけだ。こんな料理なら、野菜を丸かじりしたほうがどれだけ美味しいか。
「何!! それは聞き捨てならぬな。まるで、田舎のお前たちのほうが美味しいものを食べているようではないか。そんなことは絶対にありえない。そこまで言うのなら、何か証拠を見せろ!!」
見せろと言われてもな。普通、ここに料理を持ち込む者などいるのか? 少し考えれば分かるだろうに。しかし、僕は持っていたのだ。北部諸侯連合に対し食料支援をする食料をいくつか持ってこさせていたのだ。一応、食べているものが違うかも知れないという考えから、食料支援の食材をある程度決めたいと思っていたからだ。
僕はガムドに指示を出し、食料をいくつか持ってきてもらうことにした。持ってきてもらったのは、公国内ではごく普通に食べられているものだ。小麦のパンに乾燥肉、新鮮な野菜。この中に魚介がないのが残念だ。それらの食材を屋敷付きの調理人に切ってもらい各々に出してもらうことにした。しかし、侯爵は口にしようとしない。毒を疑っているのかと思って僕がひとくち食べたが、食べようとしない。
「こんな料理とも言えない下賤な者が食べるものを食べれるか!!」
侯爵は声を荒げたが、その声はロドリ子爵の声にかき消された。
「旨い!! なんて、旨いんだ。これほどの食材を公国では当り前に食しているのか。信じられん。これがあれば、我が領民達も喜んでくれるだろうな」
ロドリ子爵はこんな時でも領民のことを考えられるとは、なんとも好感をもてる男だ。伯爵も食べたようでうまそうな顔をしていたが、侯爵の手前、旨いとは言えない。そんな雰囲気の中、食べないという選択肢は取れないようだ。侯爵は食材を一口食べた。目を見開き、前においてある皿を綺麗に食した。
「まぁまぁだな。もう少し食べ……何!? もうないだとっ!! んん? 伯爵、そなた、そんなに美味しそうではなかったな。儂が食べてやろう。ん!! 抵抗するな伯爵。これは儂のものだ」
なんか、目の前で争いが始まっているんだが。なんと、醜いことか。さらに、僕は鞄から米の酒を取り出した。侯爵は興味津々の様子だ。酒を一口飲むと、旨いな、と隠す様子もなく唸っていた。
「これを儂で独占できんものか……」
なにやらブツブツと呟いている。はっきりとは聞こえないが、不穏な発言だった気がするな。侯爵は僕が出した酒を誰にもやらずに一人でガブガブと飲んでいた。すると、テーブル下がなにやらゴソゴソとしだしたのだ。ハトリの顔が僕の股の間からぬっと出てきたのだ。
「ロッシュ殿。調査を終わらせてまいりました。まずは住民ですが、飢餓状態の者がかなり数に上っております。どうやら、侯爵が食料を独占しているようで、領民には最低限しか配給していないようです。領民はそれでも足りないため、辺りの草など食べられるものは何でも食べている様子」
なんともひどい。それほどひどい状況は想像も出来ない。僕の目の前にある食事も本来は領民が食すことができるものだったのだろうと思うと、憎しみさえ湧いてくる。ハトリは更に続きを言ってくる。そちらのほうが本題のようだ。
「侯爵の部屋を探っておりましたら、凄いものを発見しました。ここに持ってきております。確認を」
そういうと数枚の羊皮紙が手渡された。サインを見ると、王弟の物であることが分かる。日付は……よく分からない。しかし、内容はとんでもないものだった。侯爵と王弟は、裏で結託していたのだ。王国の食料の打ち切り、北部諸侯連合の結成その全てが二人の筋書きだったわけだ。その目的は僕を引っ張り出し、暗殺することにあったようだ。そうなると、この場は危険だ。王国軍が接近しているのも、その作戦の一環なのだろう。
僕はガムドに羊皮紙を手渡し、内容を確認させた。ガムドも一瞬で状況が切迫していることが分かったようだ。ガムドはグルドにも話を通し、この場を安全に脱出する方法を考えていた。僕はミヤに目を配った。それだけでミヤはある程度通じたみたいだ。僕が立ち上がり、酒に夢中になっている侯爵に声をかけた。
「ドドガン侯爵。僕達はこのあたりで失礼させてもらう。我々にはやることが多いからな。食料支援についても後日返事を出そう」
そういうと、侯爵は急に慌てだした。
「まぁ、そんな急かなくてもよかろう。そうだ!! なにか、儂に話があるのであろう。話を聞こうではないか。場所もそうだな。他に変えよう。おい、誰か!!」
部屋の外から執事風の男がやってきて、侯爵が執事の耳元に何か囁いている。執事が頷き、僕達を案内すると告げてきたのだ。ここで逃げ出しても良かったのだが、まだ逃げ出すための準備が整っていない。領都に情報収集している者たちを集めるのに時間が少しかかっているのだ。しばらくは侯爵に従うか。
この決断がその後の明暗を分けたのだった。
応援ありがとうございます!
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