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第330話 海戦の予兆

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 カーゴに大砲の製造を依頼してからの一ヶ月間は静かな時間だった。忍びの里には王国の動向、特に造船所周囲の動きについては絶えず情報を共有するように命令をしている。そのおかげで人の出入りだけでも詳細に知ることが出来た。王国軍はどうやら大規模な海軍を興し、公国に対して攻撃を加えようと画策していたらしい。十隻以上の戦艦はそのためにあったようだ。

 しかし、船大工の脱出の際に忍びの里の者による爆破が公国にとって良い方向になってくれたらしい。十隻近い船はすでに海上にあったため、難を逃れたが造船所はほぼ全焼し、新造中の軍艦は灰になってしまったらしい。それでも十隻以上の船があると言う見方もできるが、十隻近い軍艦には兵装が間に合っていなかったようだ。王国は造船所を急ぎ再建し、兵装を急がせていると言うがまだ数カ月は掛かる見通しのようだ。

 僕はその報告を耳にしホッとしたが、やはり王国は公国に対して打撃を加えるべく軍を再編してまで、行動を加速化していることに危惧を覚えた。それにしても海路を利用して攻めてくるとはな。おそらく王国の方も情報を収集し、こちらの砦を陸路で抜くことが難しいことを悟ったのだろう。

 今回の救出作戦がなければ、海路から公国に大量の兵が侵入していただろう。船大工たちには感謝しなければならないな。しかし、この与えられた数カ月を有効に使わなければならない。王国も今回のことで万全を期して攻めてくるだろう。相手方の戦力を十隻程度と見ていたが、さらに上回る可能性も否定できない。

 僕はこの新情報を軍と共有すべくガムドを呼び出し、造船所代表のテドと船頭のチカカを召集した。三人は召集に応じてすぐにやってきてくれた。そして、鍛冶工房のカーゴにも召集をかけた。

 「三人共、よく来てくれた。新情報が手に入ったのだ。実は……」

 情報の内容を言うと、皆は一様にホッとした表情を浮かべた。一月と見ていた時間が数カ月に延長されたのだ。これによって失われていたであろう損失がどれほど減ることか。まずはガムドが新情報を元に作戦を立てることとなった。だが、その前にいくつか確認しなければならない。

 「テド。新造船の進捗はどうなっている? 三隻を注文しているが、数ヶ月という時間で完成できそうか?」

 「ロッシュ公。こういってはなんですが、見くびってもらっては困ります。ご注文いただいた三隻はすでに最終調整段階に入っております。数日もすれば進水式が出来ると思います。さらに必要とあれば、是非言ってください。船大工一同が全力でやらせてもらいますよ」

 なんと三隻を一月で仕上げてきたというのか。信じられない速さだ。船大工が増えたことでここまで成果に違いが出るとは。しかし、横にいるチカカはあまりいい顔をしていなかった。

 「チカカ、何か問題でもあるのか?」

 「ありますよ、ロッシュ公。船をそんなに作っても乗り手がいないんじゃ話にならないんじゃないですか?」

 もっともだ。しかし、チカカのもとでたくさんの船乗りがいたと思うが。

 「ロッシュ公。戦で農家が職業軍人と同じ働きを期待しますか?」

 僕は否定した。そんなことはありえないからだ。なるほどな。チカカの言っていることはよく理解出来た。

 「単刀直入に聞くが、何隻の船なら動かせそうだ?」

 「今は漁船や運搬船に乗る乗組員から志願を募っているところです。想像よりも結構な数が集まっていると思いますが、戦艦は漁船や運搬船と大きく違うところは一隻あたりの乗組員の数です」

 テドに乗組員の数について聞いてみると、新造中の軍艦には、一隻で操縦だけでも最低百人は必要らしい。それに戦闘員が加われば、更に数百人は必要というのだ。つまり一隻で三百人は見ておかなければならないということか。チカカにそれを聞くと、首を大きく振った。

 「現状で集まっているのは三百人ですね。。操縦だけに割り振っても三隻が限度になります。もちろん、これからも募集をかけ続けますが、数カ月後までに戦場働きが出来るほどになっているかは保証できないですね」

 やや暗礁に乗り上げたような気持ちだ。三隻が限度なのか。しかも、乗組員だけで戦闘員はこれから集めなければならないのか。ガムドはテドやチカカから聞いた話をメモに書きながら、思案顔であさっての方向を見ていた。

 「ガムド。ここまでの話でどのようにするべきだろうか」

 「私もそれについては考えていたところです。なにせ、海戦というのは経験がありませんし学んだこともありません。おそらく王国軍の方も同じような状況かもしれませんが、それでも準備はかなり整えていることでしょう。まずは戦闘員の確保ということになりますが、海戦でどのように闘えばいいか……」

 ガムドは答えが出ないのか、なかなかはっきりとしてこない。とりあえず、戦闘員については第四軍から選抜し二千人を集めるということで決定した。船と乗組員がようやく確保できたが、戦術が組めないようでは勝利は遠のくばかりだ。すると、カーゴがようやく屋敷に到着した。随分と時間がかかったようだな。

 「ロッシュ公。ご注文の品をお持ちしました。急造品ですが、出来は上々だと思います」

 注文してから一ヶ月。やはり大砲は難しかったかもしれないな。それでもバリスタであれば海戦でも大いに活躍してくれるだろう。

 「三人共、カーゴが急遽バリスタの大量発注に応じてくれた。これで……」

 「ロッシュ公? 私はバリスタなど一言も言っていませんよ? ロッシュ公の注文の品と言えば、もう一つあったではないですか」

 「本当か!?」

 「嘘は付きませんよ」

 信じられない。まさかバリスタではない方が完成するとは。この無理難題を押し付けた事を僕は何度悔やんだことか。そうか……出来たか。

 「三人共、訂正だ。カーゴの鍛冶工房が新兵器を開発してくれた。これで海戦の様相は一変するだろう!! カーゴ、見せてくれ」

 「いいですけど、遠いですよ」

 確かにあれだけの重量のあるものだ。おいそれと持ってこれるものではないな。僕は三人を連れて、鍛冶工房近くの広場に向かうことにした。そこにあったものは僕が作ったものよりやや構造が大きいものだ。砲身もやや短いし、砲身に使われる鉄がかなり分厚い。しかし、紛うことなき大砲だ。

 ガムドとテドとチカカは、その見たこともない物に興味津々といった様子で触ったり叩いたりしている。まずは実演するのがいいだろう。僕はカーゴに実演を依頼すると、満面の笑みで承諾してくれた。カーゴの部下が数人やってきて、手際よく準備をしていく。その動作にもガムドたちは睨みつけるように凝視している。

 準備が完了し、カーゴが僕に合図を送ってきた。

 「それでは皆さん、耳をふさいであちらの山を見ていてくださいね」

 そういうと、チカカは導火線に火を付けた。いつの間に導火線を……と考えていたら轟音が鳴り響いた。鉄球が飛ぶ音が聞こえてきて、山肌に盛大な土煙が上がった。

 おお、と三人共、間の抜けた声だけが漏れ聞こえてきた。カーゴが僕達の方を振り向き、大砲の説明を始めた。

 「これは大砲と言って、火薬の爆発力を利用して鉄球を飛ばすための兵器です。破壊力は見ての通り、絶大です。これを海戦で利用するということですが、試しに木材に対して大砲を使用したところ、巨木をいとも簡単に粉砕していました。おそらく船に使用すれば一発で航行不能、もしくは沈没します。飛距離は最大で五千メートル。ただ、命中率が低いので二千メートル程度に近づいてからの攻撃が望ましいと思います」

 素晴らしい。僕が思ったのはその言葉だ。相手方にはこちらを攻撃する方法がない以上、たとえ射程が百メートルの兵器でも一方的になるだろう。それが二千メートルとなると、もはや王国の軍艦は動く的に過ぎない。

 「カーゴ。この大砲をどれほど量産することができそうだ?」

 「そうですね。型はすでに出来ているので、細かな部品を製造するなどの時間を考慮し、工房を大砲作りに全力になれば一月で10門は作れるかと」

 そうなると、王国がやってくるのを早く見積もって二ヶ月だとすると二十門。一隻当たり六門ほどか。ちょっと物足りないか。そこはバリスタで補充するか。カーゴに聞くと、バリスタと大砲の製造を同時並行となれば、二ヶ月で大砲十門、バリスタ四十基になるというのだ。そちらのほうが良さそうだな。敵が遠いうちは大砲で、近づけばバリスタで攻撃をすれば、隙は随分と無くなるだろう。

 「テド、新造船にこの大砲を設置することは可能か?」

 「勿論です。新造船の話を伺ったときに、兵器を乗せるための設計にしておくように指示されていますから。それにしてもこのような物を載せることになるとは考えてもいませんでした」

 僕は頷き、ガムドの方に顔を向けた。

 「ガムド、この大砲とバリスタの操作を戦闘員に叩き込んでおいてくれ。この操縦の良し悪しによって海戦の勝敗は大きく変わるぞ」

 「承知しました。私もこの大砲を見て、ようやく海戦の想像をすることが出来ました。必ずや勝利を公国にもたらしましょう。チカカ殿。船の動きについて、色々と勉強させてください」

 「ああ、もちろんだとも。しかし、この轟音がなる大砲に惚れちまったよ。私が乗る船にも大砲が欲しいものだね」

 一体、何と戦うつもりなのだ。しかし、物資運搬船に大砲を積むという考えは悪くないな。大砲の操縦に熟練した戦闘員が増えてきたら、考えよう。

 僕はカーゴに、戦闘員が練習するための大砲を急ぎ揃えることを命じ、僕達は屋敷に戻ることにした。ガムドはずっとチカカに船の動きについての講義を聞いていた。テドはややガムドを睨むような顔をしていたので、話をしておいたほうがいいな。

 「テドには作りたい船とかあるのか?」

 僕はいつかは聞きたいと思っていたことなのだ。

 「私は一介の船大工ですから、命じられた船を全力で作るだけです。その細部に私達の魂が宿っているので今のままで何も不満はありません……しかし、チカカが遠い海を渡りたいと常々言っていますから、それに見合うだけの船を作ってやりたいです。絶対に沈まない船。これは船大工なら誰しもが願うものですが、いつかは」

 そうか。波涛を超え、世界を回る船という感じか。確かにロマンがあって聞いているだけで面白くなってくるな。

 「それは夢があっていいな。僕もいつしか海を超えて、新世界を見てみたいものだな。その時はテドの作った船、それを操縦するチカカか。実に面白そうだ」

 それからも僕とテドは船の話で盛り上がった。ガムドは有意義な時間を過ごせたと満足し、すぐに艦船に載せる戦闘員を募集するために第四軍の基地に戻っていった。チカカは、僕に大砲の件をよろしく、と言って帰っていった。大砲の件? 僕は了承した覚えはないんだけどな。

 あとで小さなおもちゃでも渡しておくか。金で作っておけば満足してくれるかな? しかし、大砲が戦術として利用することが出来るとは思ってもいなかったな。僕は家族との食事の時に大砲の話をすると、シェラが意外なことを言ってきた。

 「旦那様。是非、救助用の何かをたくさん用意しておいてくださいね。沢山の人が海に投げ出され、亡くなってしまうのは忍びないですから」

 まるで何かを見てきたかのような言い方だな。しかし、シェラの言うことは一理ある。このような強大な兵器を持ったものの義務だな。僕は、新造船に救助用の小舟を搭載することを命じ、公国ではそれを義務付けたのだった。

 王国軍は本当にやってくるのだろうか?
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