爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

第３７２話 虐殺と魔族の血

　今回の戦いをレントーク王国の存続を決める戦いだから、レントーク決戦と言うことにした。レントーク決戦の前半は材木都市攻略戦があり、後半に七家領攻防戦となる予定だ。今まさに、その後半戦が始まろうとしていた。僕達公国軍は七家領西から王都まで伸びる道上に待機し、王国兵二万人を待ち構えることとなった。公国軍二万八千人は、王国兵がやってきた時取り囲めるようにコの字型に兵を配備し、ガモン隊だけを遊撃軍として自由に動かす布陣を組んだ。僕とミヤ達だけはその後方で戦況を見守ることとなる。

　後一時間と思っていたが、一向に王国軍が来る気配がないのだ。最後の報告は五キロメートル先程で王国軍がこちらに向かっているというものだったが……。そして、新たな情報がやってきた。一キロメートルほど手前で王国軍が停止したそうなのだ。不可思議な行動とは思ったが、その理由よりも先に気になることがあった。

　王国兵の数が極端に少なくなっているというのだ。二万人はいるはずの王国兵が五千人足らずまで少なくなっているのだ。斥候もなんとか探し出そうとしたが、王国兵も手練を集めているのか足取りを掴むことが出来ず、ついにイハサが待機場所を離れ、こちらにやってきてしまった。

「イルス公。どうも様子が変です。王国軍の動きが全くわかりません。消えた王国兵の行方を調べているのですが……。とりあえず、目の前にいる王国軍に当たってみて相手の出方を探ってみたいのですが。宜しいでしょうか？」

　宜しいも何もイハサは軍人の中の軍人だ。僕に聞くのはどうかと思うが……ただ、イハサの言うことは筋として間違っていない気がする。もしかしたら、味方部隊を救援するために消えた王国兵が現れるかも知れない。その時は用意した陣形は無意味になってしまうだろうが、この際仕方がないだろう。僕はイハサに攻撃許可を与えることにした。

「承知しました。それでは王国兵を蹴散らしてまいります!!」

　そういってイハサは前線に戻っていった。ちょうどその頃、遠方から大砲の音が鳴り響き始めた。どうやら北の道では七家軍と王国軍との戦いが始まったようだな。僕達も早く七家軍の救援に向かうためにも王国兵を潰しておきたいところだが……。

　斥候の報告では、公国軍はガモン隊を除き、陣形を一旦崩し王国兵五千人に攻撃を加えるべく西に移動を開始したそうだ。ガモン隊は未だに森の中に潜伏しているはずだろう。一時間は経っただろうか。未だに報告がない。どうも変だな。忍びの里からも報告が少ない。ようやく入った情報では王国兵が公国兵を見て、すぐに後方に下がりだしたようだ。それを公国軍が追いかけている状態のようだ。

　この状態は……まずいかも知れない。すると血だらけの亜人兵がこちらに現れた。皆は身構えたがどうやらガモン隊の亜人兵だったようだ。その者が苦しそうな息をしながら、なんとか報告をしてくれた。王国兵が七家領南方に出現し、ガモン隊がなんとか押さえ込んでいるが相手は三倍の数の一万五千人。それに森林戦を得意とする部隊なのか、ガモン隊でも打ち取ることに苦戦している様子で徐々に追い込まれているようだ。このままでは七家領への侵入を許してしまうかも知れない。

　まずい。やはり王国軍は公国軍を七家領から離れさせる作戦を立てていたのか。それにまんまとハマってしまった。とにかく、手持ちの兵だけで七家領に向かわなければ。ガモン、なんとか耐えてくれ。

「皆のもの!!　聞いたであろう。すぐに七家領に向かい、王国兵の侵入を食い止めなければならない」

　僕は急げるだけ急ぎ、七家領に向かった。移動の遅いものは置いていき、早い者たちは先を争うように向かった。僕が乗るハヤブサに付いてこれたのは、ミヤとその眷属、リード、ルード、それにフェンリル隊と魔馬隊だ。残念ならがクレイ隊は置いてけぼりだ。五キロメートル離れている七家領には、たった数分で着いた。そう、たった数分だったが、領内では大きな混乱の渦が巻き起こっていた。

　なんと王国兵が七家領の南部から侵攻を開始していたのだ。領内の住民には避難を呼びかけていたが、北部と西部だけ戦場になると思いこんでいたのだろう。南部の者たちは大して危機感を持っていなかったのか、避難をしていないものが多くいた。その者たちが王国兵によって蹂躙されていたのだ。僕達が到着したときには、道に住民が多く倒れており、王国兵は次々と住民を襲っている。

　なんなんだ……この光景は。王国軍は戦争をしに来たのではないのか？　これでは……ただの虐殺ではないか。それならば……虐殺には虐殺で応えなければな。

「ミヤ、任せる」

「いいの？　ロッシュの顔、怖いけど」

「これほどの怒りを感じたのは初めてだ。好きに暴れてきていい」

「ふふっ。やっと暴れられるのね。皆!!　ロッシュの許しが出たわ。捻り潰しに行くわよ」

　そういってミヤと眷属達は蹂躙する王国兵の集団に向かっていった。シラーだけは僕の護衛として残ってくれた。

「リードとルードは高いところに登り、将官を弓で狙撃してくれ。二人なら造作ないだろ？」

　僕とミヤのやり取りを聞いていた二人は、特になにも言わずにその場を離れた。

「ハヤブサはフェンリル隊を指揮して、ミヤ達の討ち漏らしを片付けてこい。魔馬隊は領外にいる部隊がいれば叩いて来い。いなければ、フェンリル隊と一緒に掃除だ」

　なにかどす黒い感情が体を支配するような感覚に襲われる。無性に戦いたくなるのだ。

「さて、僕も戦いに向かうか」

　僕が歩きだそうとするとシラーが僕の腕を掴んでくる。

「ご主人様、一体、どこに行こうとするんですか？　もう十分すぎるほどの戦力を送っています。直に報告が来るでしょう。それまではここで待機していましょう」

「何を言っているんだ？　こんな惨状を見て、王国兵を許せるわけがない。それになぜだろうか……すごく戦いたい気分なんだよ」

「ダメです!!　前みたく暴走されたら……いいんですか？　皆がご主人様に恐怖を抱いてしまいますよ。そうならないように今まで頑張ってきたんじゃないんですか？」

「恐怖？　皆が僕に？　そんな……。そうか、そうだな。ありがとう、シラー。どうやら僕は冷静さを失ってしまっていたようだ」

「いいえ。この状況で冷静さを失うのは仕方がないこと。ご主人様の下僕たちが無残なことになっているのですから」

　下僕？　何を言っているんだ？　シラーの言葉が気になってしまって、沸騰しかかっていた感情が急に冷めてしまった。

「だって、レントーク王国は公国の属国になるんですよね？　だったら、属国の住民は皆、下僕じゃないですか？　魔界では常識ですよ」

　そんなに可愛く言っても駄目だ。そんな常識はこの世界にはないぞ。しかし、さっきの感情は一体何だったのだろうか？　そんな好戦的な一面があったというのだろうか？

「なぁ、シラー。僕って好戦的？」

「そんなことはないと思いますよ。むしろ戦いを避けているように感じます。たださっきまでは、なんと言うか……まるで我々の種族のような感じでした。雰囲気と言うか、匂いというか。ご主人様はもしかしたら魔族の血でも継いでいるのかも知れませんね。そうでしたら、少し嬉しいです」

「そうなのか？」

「ええ、なんとなくですけど。やっぱり種族の違いって高い壁の様な感じがするものです。それは今でも感じる気がします。きっとミヤ様も同じ気持ちだと。だから、ご主人様にも魔族の血が流れているかもって思えるだけでも嬉しいんですよ」

　そういうものか……。僕は人間という種族でこの世界に存在している。しかし、種族の差というものを感じたことがない。それはきっと、種族がない世界の住人だったからなのだろう。この世界の住民は、これでもかと言うほど種族別で、住む環境が大きく変わる。それゆえ、種族感の違いに敏感なんだろうか。自由奔放そうに見える吸血鬼ですら、その種族の違いに苦しむことがあるのかと、意外な思いがした。

　シラーと話している間にも断末魔が辺りから絶えず聞こえてくる。さすがに心地よい響きとは思わないが、その断末魔が少なくなる度に戦いが少しずつ終わりを迎えていると感じるのだ。

「どうやら終わりが近いようだな」

　リードとルードを呼び戻した。

「二人共、よくやってくれた。二人は僕の側にいてくれ。シラー、済まないがエリスとシェラにここに救護所を作って治療に当たって欲しいと伝えてくれ。まだ、息がある住民は多い。助けられる命は助け欲しいのだ」

「分かりました」

　シラーは一瞬で僕の前から姿を消した。リードはなぜか、まじまじと僕の表情を覗き込んでくる。どうしたんだ？

「ロッシュ殿の表情が変わりましたね。先程はなんとも恐ろしげな顔をしておりましたが。今はいつものロッシュ殿ですね。さっきはなんと言うか魔人という言葉にふさわしい雰囲気でしたよ」

　魔人？　そんなものがいるのか。

「ええ。さほど珍しくもないのですが、魔族と人との混血がいるんですが、普通は人に引っ張られるのか弱い魔族にも勝てないほど弱い存在として生まれます。外見は様々ですが、魔界では最弱の存在として扱われます。ただ、稀に魔族でも勝てないほどの存在が産まれるのです。それが魔人と呼ばれる存在なんです。魔人は強大な魔力と表裏の感情が全く違うと言う特徴があります」

　それが僕に似ていると？　とても信じられないが……シラーの取り乱し方を見るとズレタ見方ではないのか？　しかし、僕は……というかロッシュという若者の両親は人間のはずだ。魔族は特徴的な姿をしているから人間と見間違うはずはない。やはり、思い違いではないかと思う。

「だったら、試してみますか？　エルフの里には魔族と人間を見分ける方法があるんですよ。エルフは人間との間でしか子供が生まれませんから、正確に区別する必要があるんです。普通は見れば分かるんですけど、魔族の中には魔力で姿を操作する者もいますから」

　そんな方法が……だったら試してみたいものだな。しかし、どうやるんだ？

「ふふふっ。実はその試薬がここにあるんですよ。なぜか、リリ様からずっと持っていろって渡されていたんですよ。もしかしたら、この事態を予想して？　そんなわけ無いですよね。そんなわけでロッシュ殿。血を一滴ください。この試薬に血を垂らして、色が付けば純粋な人間の血が入っているということになります」

　なるほど。ナイフで指を切り、血を一滴、試薬の上に垂らした。すると……試薬はみるみると色が変わり、黄色っぽい色に変わったのだった。どうやら、僕は純粋な人間のようだな。少しホッとしたが、さっきのシラーの表情を思い出したら、胸が苦しくなった。

「リード。どうやら人間の血だったようだな」

「そう……ですね」

　ん？　何か歯切れが悪いな。色が変わったのだから、疑いようがないではないか？　それともリードは僕に魔族の血が入っていると思いこんでいたのか？

「実はですね……この試薬……魔族の血に反応するんです。ロッシュ殿を驚かせようと思って。まさか本当に魔族の血が入っていると思わなくて」

　うそ……だろ？　僕に魔族の血が？　しかし、一体どこで？　いや、そんなことを考えても分かるものか。何代も前って可能性もある。

「でも不思議なんです。先程も言いましたが、エルフは純粋な人間との間としか子供が生まれません。ロッシュ殿はエルフとの間に二人の子供を産んでいます。魔族の血が混じっていれば出来ないはずなんですが……それに試薬の色も変なんです。普通は赤っぽい色なんですけど黄色っぽい色なんて初めて見ますよ。これは一回、リリ様に聞いてみなければ」

　んん？　つまり、どっちなの？　入っているの？　入っていないの？　ただリードからは分からない、としか返ってこなかった。なんとも気持ちの悪い結果だ。ちなみにこの後、魔族の血が入っているか否かでミヤとシラーがリードに詰め寄る場面があったが、リードが結論を曲げることはなかった。

　そんなことをしている間に、戦場に送り出した者たちが戻ってきた。なんとも不満そうなミヤが僕の姿を見て、笑いながら駆け寄ってきた。

「弱かったけど、久しぶりに暴れられて楽しかったわ。散らばった王国兵は適当に放置してあるけど、大丈夫よね？」

　散らばった？　聞かなかったことにしよう。

「ミヤ、よくやってくれた」

　ミヤの頭を撫でると少し嬉しそうな顔をした。フェンリル隊の面々も口元を真っ赤にしながら、帰還してきた。戦場は見ないほうが良さそうだ。とにかく、一万五千人は片付いた。そうなると残るは公国軍が追いかけている五千人の王国軍と北の道に展開している王国軍だ。早く七家軍の救援に行かなければ。