魔女が魔法を忘れたとき~The perfect illusion~

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第三章 戸惑い

2 拡散を止めろ

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「むっ……」

 かすかに草が揺れ動いたような気がした。
 アザミはじりじりと慎重にそちらへ近づく。そして、タイミングを見計い一気に飛び込んだ。
 両手でその物体を見事に捕らえる。

「さあ、捕まえましたよ! あとは拙者の言うとおり大人しく……!」

 そこまで言ったところで気がつく。自身の手に持っているのものが、ターゲットとはかけ離れた姿をしていることに。
 おまけにこいつは……

「い、いたたたたっ!」

 森ガニ。カニ型の魔物で、森に棲んでいるから森ガニである。
 この魔物の巨大なハサミに挟まれると、対象が真っ二つに千切れるまで決して離さないと言われている。それを思いっきり尻尾に食らってしまったのだった。

「ぎゃー! 尻尾がー尻尾がー!」
「何を騒いでるでごわすか」
「あ……」

 すっと尻尾の痛みが消える。見ると、ガナールが森ガニを殴りつけてくれたらしい。
 すたこらさっさとカニ歩きで逃げていく森ガニを確認してから、アザミはふうと安堵の息をついた。

「ありがとうございます。助かりました」
「森の魔物にうかつに手を出すと危ないでごわす」 

 ガナールはやれやれと呆れた口調で言った。

「面目ないです」

 しゅんと頭を垂れる。


 館の作業をシープルとニョルルンに任せて、二人は昨日の妖精たちを手分けして探していた。
 例の大失敗が此度の幻夢の森一掃作戦と無関係だとはいえ、このまま妖精たちを放っておいたら討伐隊にパッヘルのことを知られてしまう恐れがある。
 奴らにとって最大の脅威は、なんといってもパッヘルの存在だ。

 思えば、二年ほど前にも国が攻めてくるという話があった。
 アザミは初めての戦に怯えに怯えていたが、いざ蓋を開けてみると、パッヘルの幻夢魔法のおかげで戦わずして勝利してしまったのだった。
 現在、確かにパッヘルは記憶と、そして魔法を失っている。だが、そのことを奴らが知らなければ、それだけで大いなる牽制になるはずだ。
 だからこそ、これ以上噂が広まるのを阻止しなければならない。たとえ手遅れだとしても、アザミたちにはこれぐらいのことしか出来なかった。

「それにしても、まったく見つからないでごわすな」
「もうどこか他の森へ噂を広げにいったのでしょうか」
「全世界に広めるとかなんとか言ってたでごわす……」
「はあ……」

 二人は森の中をとぼとぼと歩いた。もう一時間ほど妖精たちを探し回っているので、いよいよ疲れ切ってしまっていた。

「ところでその、ガナールさんはどう思いますか?」
「ん? なんのことでごわすか?」
「昨日の妖精さんたちの言葉ですよ。パッヘルさまが『また』記憶喪失になったって」
「ああ、でもそれはグラントさまもシープルも知らないって言ってたでごわす」
「確かにそうなのですが……」

 そう言ってアザミはしばし逡巡する。
 その件について昨日の夕食後にそれとなく尋ねてみた。確かに二人とも知らないの一点張りで、パッヘルの耳に入るのもどうかと思い、それ以上は問い詰めなかったのだが……。

「なんとなく、おかしいんですよね。シープルさまはともかくグラントさまは……何か拙者たちに隠しているのでは……」
「うーむ、そうでごわすか?」 

 そんな真面目な会話をしていたからだろうか、視界の隅にちらちらと何か緑色の物体が映っていることにアザミは気がつかなかった。

「アザミ。ちょっといいでごわすか?」
「どうしました?」
「おいどんたちは何を探してるんだったでごわすか?」
「何って……もちろん妖精さんたちですよ!」

 そこでガナールがある一点を指差した。その方向を目で追ってみると、ホバリングしながら興味深そうに二人を眺めている小さな少女の姿があった。

「ああー!」
「ひっ!?」

 アザミの声に驚いてか、妖精はその身をビクつかせた。

「隙ありです!」

 すかさず両手で妖精の身体を捕まえる。

「さあ、もう逃しませんよ! 今すぐ噂の拡散をとめてください!」
「ええー!?」

 緑を基調としたその姿――いたずら妖精カルテットの中でも、一番大人しそうなチャーミーだった。

「私、そんなの知らないよ―。離してよー」
「知らないわけがないでしょう! 昨日、自分たちで噂を広めてやるって言ってたじゃないですか!」
「うわさー?」

 アザミの手の中で、チャーミーは困ったような表情を浮かべて考えごとを始めた。
 やがて、ぱっと何かを閃いた様子。

「そうだー。思い出したー。噂を広めるんだったー」
「え?」

 アザミとガナールは不思議そうに顔を見合わせた。

「えっとね。昨日みんなとばらばらになったあと、何をやろうと思ってたのか忘れちゃったの。それでもまあいっかー、って遊んでたんだけど……やっと思い出せたー。良かったー」
「ど、どういうことでしょう?」

 戸惑いの混じった声で、ガナールに尋ねてみる。

「妖精の知能は低いという話でごわすが……ちょっと想像以上でごわすな」
「ひどいよー」

 チャーミーは頬を膨らませた。

「あなたたちだってじゅうぶん、あたま悪いくせにー」
「うっ……」

 昨日の失態の手前、反論ができない。

「とにかく! 他の妖精も探しましょう。みんなこうとは限りません」
「そ、そうでごわすな」

 そして、二人の果てなき妖精探しは再開されたのであった。
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