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後藤平馬

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 「佐竹様。
 一人であっては、想定外の出来事が発生した場合、対処に困ることもございましょう。
 私も、景山と共に、囮役を務めさせていただきたい」
 後藤は、引っくり返って呻く田伏を無視して言う。

 「待て、後藤!
 このような危険な役、私、一人で充分だ」
 驚いた景山は、後藤の申し出を拒んだ。

 「お前にしては、くだらぬことを言う」
 後藤は、景山に目を向けた。
 苦笑いを浮かべる表情に、気負いは無い。
 「危険ならば、一人より、二人の方が成功しやすかろう。
 わしが途中で喰われれば、残りはお前が引き継げ。
 お前が先に喰われれば、後はわしが引き継ぐ」

 「……よかろう」
 佐竹が頷いた。
 「景山と後藤、二人に囮役を任せる。
 くれぐれも無茶はするな」
 
 「ご、後藤……、貴様」
 と、田伏のしゃがれた声がした。
 景山と佐竹は、思い出したように視線を向けた。
 後藤に殴り飛ばされた田伏のことを、すっかり忘れていたのだ。
 田伏は、よろよろと立ち上がるところであった。 

 「武士の面を……、いきなり殴るとは、ゆ、許せぬ」
 大量の鼻血を流す田伏は、血走った目で後藤を睨んだ。
 鼻血は口元から胸までも濡らし、まだ止まらずに、ぼとぼとと顎先から垂れている。
 鼻骨が折れているようであった。

 「……斬る」
 田伏は、刀の柄に手をかけた。

 「痛かったのか?」
 まったく動じることも無く、後藤は、半歩、田伏に近寄って問う。
 半歩距離を縮められただけで、鯉口を切ろうとした田伏の指が動かなくなった。
 剣の実力が、天と地ほども違う。
 あっさりと位負けをしたのだ。
 
 田伏は「痛い」とも「痛くない」とも言えず、目を剥いたまま、大きく開いた口で、浅い呼吸をせわしなく続けている。
 
 「のう、田伏。
 人間に殴られただけで痛いのだ。
 あの怪物の嘴でついばまれたら、どうなるか想像できぬか?
 あのカギ爪で捕まれたら、どうなるか想像できぬか?
 なぜ、お前は、当たり前のように、そのような危険な役目を部下に強要できるのだ?」
 後藤が優しく言う。
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