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混乱

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 後藤も、景山に並走する。
 脇差を抜いてはいるが、振るうことは無く、飛んできた矢は、ひょいひょいと最小限の動きでよけていく。

 「さっきの声、聞き覚えがある」
 矢をかわしながら、後藤が言った。
 景山に声を掛けたようにも、独り言のようにも聞こえる。

 声が……?
 景山が、声質を思い出そうとした時、再度、その声が響き渡った。

 「何をしている!
 鉄砲隊も、早く撃てッ!
 同心もろとも撃てッ!」
 田伏の声であった。

 落雷のような銃声が響いた。
 矢の時と同じである。
 最初の一発が鳴ると、次々と銃声が重なった。

   ◆◇◆◇◆◇◆

 「ぬうううう!」
 佐竹は、旗本や雑兵を掻き分けながら走っていた。
 怒りに顔が赤くなり、口からは唸り声が漏れている。

 何という事か、先に境内から出した田伏が、旗本勢に紛れ込み、勝手に号令を放ったところを見たのだ。
 周囲の弓兵たちは、ためらっていたようであったが、将官からの命令だと勘違いした数名が矢を放つと、それが合図となり、次々と矢が放たれた。
 
 まだ、景山と後藤が射程内にいるのにである。
 いや、田伏の命令は、その二人をも射殺せと言っているように聞こえた。

 矢に続いて、火縄銃の轟音が響いた。

 「撃てッ!
 撃て、撃てッ!」
 佐竹がたどり着いた時、田伏は狂ったように飛び跳ねながら、号令を続けていた。
 醜い笑みを浮かべている。

 「馬鹿者がッ!」
 佐竹は、走ってきた勢いのまま、田伏に飛びかかった。
 引き倒し、馬乗りになる。
 「貴様、何を考えておる!
 まだ、景山と後藤がいたのだぞ!」
 周囲の旗本や雑兵たちが驚き、二人を囲むように数歩下がった。

 「お役目です!
 同心たるもの、命を捨てて、お役目を果たすべきでしょう。
 わ、私は間違ったことはしていない!」
 田伏が口を大きく開いて叫んだ。

 「お前は、どこまで卑劣なのだ!
 どの口で、そのようなことを!」
 あまりに恥知らずな田口の言葉に、佐竹は、その口を拳で殴りつけようとした。
 が、暴れる田伏に跳ね飛ばされてしまう。

 「逃げるなッ!」
 四つん這いで逃げ出そうとする田伏に向かい、佐竹が怒鳴る。

 そこへ、一騎の騎馬武者が駆け寄ってきた。
 「号令をかけたものは誰じゃ!」
 旗本勢をまとめる、村沢主税であった。
 
 「わ、私でございます!」
 立ち上がった田伏が、村沢に駆け寄った。

 あ、あいつは正気か!?
 佐竹は、ぞっとした。
 田伏は、嬉しそうな笑みを浮かべているのだ。
 褒められると思っているような表情である。
 
 「この、たわけ者が!」
 村沢は、鞭で田伏の顔を激しく打った。

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