上 下
8 / 25

血の属性

しおりを挟む


 あたしたちは、倒れている黄色いシャツのところへ到着した。
 雑草を払ってしゃがみ込んだあたしは、うつ伏せになって倒れている黄色シャツの顔を覗き込む。

 意識は無いようだった。
 でも、呼吸音は聞こえる。

 黄色い男を挟んで反対側で、ドラゴンに噛まれた腰の傷跡をチェックしていたソーマが顔をあげた。
 「腰回りが、ズタズタに抉られてるよ。
 けど、ぶ厚い脂肪のおかげで、内臓は無事っぽいかな」
 「じゃあ、助かるの?」

 「それは無理。
 二、三日も経ったら、感染症で死ぬだろうね」
 あっさりと答えたソーマは、黄色男の頭の方に移動した。
 黄色男の頭を挟み、あたしの対面の位置で膝をつく。
 ソーマは少し前かがみになり、黄色の顔を覗き込んだ。

 「助けられないの?」
 無理な相談と分かりつつ、ソーマに尋ねてみた。
 消毒液や抗生物質、縫合用の針も糸も無いのだ。
 ここに現役の医者がいても、どうにもならないだろう。

 「……気が進まないな」
 ソーマの答えに驚いた。
 気が進まないけど、助けることは出来るという意味にしか聞こえない。

 「もしかしたら、助けることができるの?」
 「でもなあ、このおっさんを助けてもメリットないだろ。
 使えるのはチャームだし。
 それ魔法だし……」

 「助けられるんなら、助けてあげようよ。ね」
 あたしがそう言うと、ソーマは実に嫌そうな顔をしながら、革手袋をはめたままの手で、黄色いシャツの頬っぺたをパシパシと叩いた。
 黄色いシャツは、あたしの方を向いている。
 四回叩くと、黄色いシャツが小さく呻いた。

 意識を取り戻した黄色いシャツが、顔をあたしの方に向けたまま、薄く目を開けた。
 完全に覚醒した感じではない。
 「おっさん。助かりたい?」
 ソーマが問うと、黒目が、黄色いシャツにとっては背後にいるソーマの方へと少し動き、肯定するように瞬きした。

 「代償は、死ぬまで、おれの下僕になることだけど、それでもいいか?」
 あたしは、ギョッとしてソーマを見た。
 この状況で、とてつもない条件を出すソーマの倫理観が分からなかった。 

 もう、黄色いシャツの視線はソーマを見ていなかった。
 力無く閉じかけた目で、真っすぐに、あたしの足元を見ている。
 拒否ではなく、視線を動かすだけの力も残って無いのかも知れない。

 「ミホちゃん」
 ソーマが向かい側から、あたしを呼んだ。
 「パンツ、見られてるよ」
 「……!」
 意味が分かったあたしは、スカートを押さえ「ぎゃああ!」と叫びながら飛び下がった。

 至近距離で見られた。
 黄色いシャツは、ソーマを見上げる力が無くなったのではなく、頭の横でしゃがみ込んでいた、あたしのスカートの中を覗きこんでいたのだ。

 「ミホちゃんに頼まれたから、仕方なくやるんだぞ」
 後ろに下がり、スカートを押さえて立っているあたしに向かい、黄色いエロシャツの横で膝をついたソーマが、恩着せがましく言う。

 「お願いしゃーーす」
 半分やけになって、あたしは頭を下げた。
 あれほど助けてあげてとソーマに頼んだけど、半分ぐらいはどうでもよくなっていた。
 むしろ黄色いシャツに、止めを刺したい方へ心が揺れている。

 ソーマは、顔の下を覆っていたスカーフを外した。
 でも、助けるって、どうするんだろうか?
 今更ながらに思ったとき、ソーマがとんでもない行動に出た。

 黄色いシャツの首筋に、ぞぶりと噛みついたのだ。

 「ちょ、ちょっと! 何やってんの!」
 あたしが声を上げると同時に、ソーマが「げべッ!」と変な声を上げながら立ち上がった。
 「ぶわッ! かッ!」と喚きながら、何度も赤い唾を吐き捨てる。

 「なんだ、こいつの血は! 
 ドッロドロで、どれだけ不健康なんだよ!
 あぐ、なんか口の中がねちゃねちゃする」
 ソーマは思い切り顔をしかめ、赤い唾を吐くのを止めなかった。
 あたしの頭の中に、『背脂マシマシ濃厚スープ』のワードが浮かんだ。
 
 あたしは、黄色いシャツの男を改めて見た。
 血は流れ出ていないが、首筋に穴が二つ、ソーマに噛まれた跡がある。
 そして、見ているうちに黄色いシャツの顔色が悪くなっていった。
 血の気が失せ、唇は紫に、顔色は蒼白になっていく。

 「……え? 大丈夫? 
 これって、むしろ死にそうになってるんじゃないの?」
 あたしは、ソーマを見た。
 「逆。もう、そのおっさんは簡単に死なないよ。
 元気に生きているのかと言われれば、それもどうかと思うけどね」
 ソーマは口元の血をぬぐいながら答える。

 その口から牙が覗いていた。
 あたしの視線に気づいたソーマは、唇の端に小指をかけて引っ張ると、鋭い牙をはっきりと見せた。犬歯ではなく牙である。

 「おれが頼んだ願いは二つ。
 一つ目は、ミホちゃんと同じ世界へ転生すること。
 二つ目は、ラーニング」
 「ラーニング?」

 「自分の体に受けた相手の特殊能力を学習し、自分のものにする能力だよ」
 あたしの疑問にソーマが答える。
 ……そうか、ハーピィの咆哮は、あたしが受けたとき、森の中にいたソーマも受けていたのだ。
 そして、蹴爪で攻撃され、蹴爪の特殊能力も身につけたのだ。

 「不死と言うのは、元からの属性なんだよ」
 ソーマは、スカーフを戻し口元を覆った。
 「……ごめん。意味が分からない」
 ……いや、そんなことは無い。
 薄々分かっているけど、信じられないのだ。

 「……おれはヴァンパイア。
 吸血鬼なんだ。驚いたかい?」
 ソーマは透明感のある笑顔で言う。
 その笑顔が少し寂しそうだった。

しおりを挟む

処理中です...