上 下
16 / 25

ソーマの行方

しおりを挟む

 「どうぞ」と答えると、ドアが開き、マリーちゃんが姿を見せた。
 後ろには、もう一人女性従業員がいた。
 昨夜、マリーちゃんと共に、酒場のホールで働いていた女性である。

 「マリーちゃん!」
 イゼさんが、嬉しそうな笑顔を見せる。
 マリーちゃんは、そんなイゼさんをスルーして、あたしを見た。

 「おはようございます。
 朝食と洗顔の用具をお持ちしました」
 マリーちゃんが差し出した編み籠には、焼き立てのパンが幾つか入っている。
 編み籠がテーブルの上に置かれると、もう一人の女性が、フルーツジュースがたっぷりと入ったグラスを二つ、その横に並べた。

 「イゼ様の朝食は、お部屋の方にご用意しております」
 マリーちゃんが、イゼさんに言う。
 今、テーブルに並べられたのは、あたしとソーマの分であると遠回しに告げたのであろう。

 「洗顔の用具です」
 真新しいタオルが収まった、小さな編み籠も渡された。
 タオルの上には、15センチほどの木の棒が二本、乗っていた。

 棒の一端は、細く削られ尖っている。
 逆の一端は、叩いて潰し、繊維が筆のようなブラシ状になっている。
 これは房楊枝という歯ブラシだ。
 ブラシ状の部分で歯を磨き、尖った方は爪楊枝のように使って、歯間の汚れを取る。

 「昨夜の脱衣所に、湯の入った桶をご用意しています」
 「ありがとう」
 あたしは笑顔でお礼を言った。

 「用意が整いましたら、店のホールまでお越し頂けますか?
 町の代表の方々が、ぜひお会いしたいとお待ちしております」
 マリーちゃんの態度は、昨夜と違って硬い。
 今は、公式なメッセンジャーとしての立場で来たということだろうか。

 「あの、そのことだけど……」
 「承知した。
 用意が出来たら、すぐに行くよ」
 あたしの言葉をさえぎり、イゼさんが、妙に自信に満ちた笑みで、マリーちゃんに答えた。
 「よろしくお願いします」
 マリーちゃんは頭を下げると、もう一人の女性と共に部屋を出て行った。

 「ちょっと、イゼさん!
 どうして即答するのよ!」
 マリーちゃんたちが去ると、あたしはイゼさんに詰め寄った。
 「適当に時間稼ぎをして、せめてソーマが戻るまで待った方がいいんじゃないの?」

 「理由があるのです」
 「理由?」
 「昨日の夜、マリーちゃんのタイプは、頼りがいのある男性と聞いたのです。
 ならば即断即決ができる男だと、態度でみせるべきでしょう」
 イゼさんは、あたしにまで、ニヤリと自信に満ちた笑みを向けた。
 ああ、ダメだ。
 こいつは、優先順位が無茶苦茶だ。

 とりあえず、イゼさんを部屋から追い出すと、あたしは、パンを二つ食べた。
 空腹感はまるで無かったけど、しっかりと噛んで飲み込む。
 グラスのジュースも飲み干した。
 今、少しでも体力をつけておくことが、最善の行動だと考えたのだ。

 それから夜風で乾いた、下着や靴下、セーラー服に着替えた。
 ブラジャーが半乾きなのが泣ける。

 昨夜、マリーちゃんから受け取った衣類は、畳んできんちゃく袋に入れた。
 断ることが出来るなら、何とかして怪物退治を断りたい。
 だけど、そのときに、もらった服を着ていれば、断り辛くなると思ったのだ。
 もちろん、これが無駄なあがきだとは、分かっているけど……。

 階下の脱衣所で洗顔を終え、再び部屋に戻る。
 やはりソーマは帰ってきていなかった。

 小さくノックの音がした。
 「ミホさん。イゼです。
 ご用意はできましたでしょうか?」

 ドアを開けるとイゼさんが立っていた。
 部屋を出る前に、あたしは、もう一度振り返って窓を見た。
 ソーマが戻るまで待った方がいいとイゼさんに言ったけど、ソーマが帰って来る気配は無かった。

 きっと帰ることが出来ない状況に陥っているんだ。
 それなら、あたしが約束を守らなければならない。
 あたしは、ソーマとの会話を思い出した。

 『……もし、おれが倒れていたら?』
 『ソーマが倒れていたら、バッタが出ようが、化け物鳥が出ようが、絶対に走って助けにいくよ』

 怪物退治などしている場合じゃないのだ。
 でも、もしかして……。
 あたしは嫌な可能性を考えた。
 これから、退治を頼まれることになるだろう怪物。
 その怪物が、ソーマを捕えている可能性を考えたのだ。
 そして、最悪の場合は……。


しおりを挟む

処理中です...