シガシガの木

七倉イルカ

文字の大きさ
上 下
1 / 1

シガシガの木

しおりを挟む
 
 シガシガの木は、ずいぶん前から、かれたままでした。
 一枚の葉っぱもなく、枝だけが、右へひょろり、左へひょろりと、のびているだけです。

 春になると、森の中のほかの木は、たくさんの花を咲かせます。
 シガシガの木は、それを見て、かなしくなります。
 ああ。ぼくもあんなふうに、きれいな花のぼうしをかぶってみたいよ。

 夏になると、森の中のほかの木は、あふれるほどの葉っぱをひろげます。
 シガシガの木は、それを見て、ためいきをつきます。
 ああ。ぼくもあんなふうに、たくさんの葉っぱの服をきてみたいよ。

 秋になると、森の中のほかの木は、おいしい木の実を、たっぷりと実らせます。
 そして、あつまってきた小鳥たちと、いろいろなお話をするのです。
 でも、シガシガの木には、どの小鳥もよってきません。おいしい木の実が、ひとつもなっていないからです。

 ああ。ぼくにも木の実がなったら、小鳥たちに、たくさん食べさせてあげるのに。
 そしたら、たくさんお話ができるのに。
 そうおもい、シガシガの木は、シガシガ、シガシガと泣くのでした。

 冬だけはちがいます。
 冬はどの木も、シガシガの木と同じように、枝だけのすがたとなって、寒い、寒いとこごえながら、じっと春がくるのをまっているのです。
 シガシガの木は、冬の間だけ、みんなとおなじになるのでした。
 でも、冬が終わると、やっぱり森に、春がやってくるのです。

 ある春の日のことです。
 シガシガの木の前を、ひとりの女の子が通りました。
 「まあ。なんて、みすぼらしい木なの」
 女の子はシガシガの木を見ておどろきました。
 女の子の声がきこえたシガシガの木は、はずかしくて、じっとしています。

 「はい。このキャンディーをたべて、すてきな木になってね」
 女の子は、シガシガの木の枝に、ひとはこのキャンディーをおき、そのまま、どこかに行ってしまいました。
 やさしくされたシガシガの木は、うれしくてキシキシと枝をゆらしました。

 すると、キャンディーのにおいにひかれて、アオカブトムシが、シガシガの木にちかづいてきました。
 「シガシガさん。おいしそうなキャンディーだね。どうだろう、ひとつ、おいらにくれないかい」
 「いいとも。いいとも」
 シガシガの木がこたえると、アオカブトムシはメロン味のキャンディーをひとつ、枝のうえからとりました。
 「かわりに、このきれいな石を、あげましょう」
 アオカブトムシは緑色に光る石を、枝の上にのせました。

 しばらくすると、今度はトツトツバッタとデングリトンボが、あらわれました。
 「シガシガさん、こんにちは」
 「やあ、こんにちは」
 「アオカブトムシくんから、聞いたのだけど」
 「キャンディーのことだね。好きな味をどうぞ」
 トツトツバッタはレモン味のキャンディーをもらい、水色の石をシガシガの木の枝にのせ、デングリトンボはリンゴ味のキャンディーをもらい、金色の石をシガシガの木の枝にのせていきました。

 虫たちだけではありません。
 ビボ鳥の姉妹は、バナナ味のキャンディーをシガシガの木からもらいました。
 「シガシガさん、おいしかったわ」
 「お礼に、虹色の羽根を枝にかざっていくわね」
 「ありがとう。なんて美しい羽根なんだろう」

 ムラサキ猿の一家は、イチゴ味のキャンディーをもらい、めずらしいトルル貝を、枝の上におきます。
 ホシリスは、ソーダ味のキャンディーをもらい、赤いおおきな花ビラを、おいていきます。
 森の妖精は、ハチミツ味のキャンディーをもらい、星のかけらを、枝にのせます。
 とおりがかったキコリの老人までもが、シガシガの木から、ブドウ味のキャンディーをもらうと、かわりに、ちいさなお守りぶくろを、枝にひっかけました。

 光る石が枝にならび、きれいな羽根が風にそよぎます。貝や花ビラや、星のかけらに、お守りぶくろ……。
 いつしかシガシガの木は、森で一番すてきな木になりました。

 「やあやあ、シガシガさん」
 「今日は、風が気持ちいいね」
 「ここで一休みしてもいいかい」
 「昨日ねこんなことがあったんだよ」
 「聞いておくれよ、シガシガさん」
 今日もたくさんの虫や動物たちが、シガシガの木のもとに集まってきます。
 シガシガの木は、すてきなだけではなく、森の中で一番友だちが多い木になったのでした。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...