吉原お嬢

あさのりんご

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第2章

密談(20p)

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 近づいてくる足音は、男性らしい。
「ここなら、誰も入ってこない。まあ、かけたまえ」
 屏風を隔てて伯爵さまの声がした。密談?息を殺し耳をそばだてる。
「やぁ、美しいお部屋ですな。あの画は実に素晴らしい」
 客人は、あの大きな油絵を褒めているのだ。でも内心、裸の少女に驚いているに違いない。
「内密で、大原社長に聞きたいのだが……単刀直入に聞く。若い将校達に軍資金をバラまいているだろう?」
「伯爵様、とんでもございません。誰がそんな噂を流しているのです?軍部は派閥争いが絶えないから。根も葉もないことを言いたてるのでしょう」
「そうか。いや、わしが悪かった。しかし、この間も濱口宰相が東京駅で銃撃された。
天誅てんちゅう”など思いあがりも甚だしい。若い連中は分別を欠いておる。
『昭和維新』と、意気まいておるが、世界情勢も見えておらん連中に何が分かる」
「いや、まったくです。しかし、ロシアや中国、アメリカまで、満州に手を伸ばしている。弱肉強食の毛唐 と対等外交をするならば、武力を見せつけるしかありません。
 日本は富国強兵を目指し、植民地を持つ一等国にならねば、国民が食っていけんのですから。これは、明治時代に鹿鳴館外交が失敗して学んだことでしょう?弱気な外交では、わが西満州鉄道は外国に乗っ取られてしまいます」
「確かに君の言う通りだ。西満州鉄道は、新天地開拓の為になくてはならん。しかし、大原社長、わしは、外務大臣として、なんとか平和的に解決しようと思う。 世界の流れは今、変わろうとしているのだ。”植民地はいかん、民族独立を認めよう”先進国はそう言いだしておる。
 世界情勢を理解せず、目先の利害で動くと日本は国際的に孤立して戦争になる。そんな事も分からずに満州の陸軍は、勝手に兵をうごかしたりしてけしからん」
 大原?西満州鉄道?どこかで、聞いた名前だけれど?
 顔は見えない。が、この声には聞き覚えがある!吉原の”松野屋”で輝にお金を渡した人。彼の名前はたしか…大原さん。伯爵さまには「軍資金など渡していない」と嘘ぶいているが、なんだか怪しい。輝はこんな人から援助を受けて大丈夫なのだろうか……
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