【完結】龍王陛下の里帰り

笹乃笹世

文字の大きさ
38 / 55

38

しおりを挟む

 
――次の日の朝。
春鈴はすった墨を蒼嵐に差し出しながら、気になっていた疑問を投げ勝かけた。
「ねぇ、魅音ってさぁ……大臣たちと一緒に帰る――とかって話とか出てないの?」
「ああ……あの娘か……」
「――だいぶ酷評されておったの?」
 春鈴の言葉に、今日も朝から食事やおやつを取りに来ていた橙実が反応した。
(えっ、酷評⁉︎)
 橙実の言葉に春鈴はギョッと目をむいた。
 
 二日目、三日目と同じ場所で祭りを楽しんだので、春鈴には魅音に対する評価が届いていなかった。
 ――さらに言うならば、他の人間よりは聴力の優れていた春鈴だったが、あの場所からは魅音の歌声はほとんど聞こえていなかったのだ。
 他種族の歌や声は問題なく聞き取れていたので、やはり魅音の声量は他種族と比べると劣っているようだ。
 
「……事前情報として、人間の国で一番の歌い手であると、触れ回っていまからね……」
 やれやれと首を振りながら答える紫釉。
 彼もいつのまにか、橙実と同じようにお茶や食事の時間になると毎回必ず姿を現すようになっていた。
(――でもあいつって、まだ子供のころから歌い手に選ばれてて、歌い手の筆頭になった時からずっと筆頭で……――あれかな、前評判で煽り過ぎて、実物が期待を超えられなかった的な……)
「あの程度で国一番とは……」
「人王が変更を望む気持ちがわかると言うものよ……」
 紫釉と橙実が失笑しながら話す評価に、春鈴は(厳し……)と顔を引きつらせながらも、緑春祭で初めて聞いた鳥系や人魚たちの素晴らしい歌声を思い出し(でもあの歌声が龍族のなんだったら人間じゃ勝負にはならないか……)と納得する気持ちにもなっていた。
「――しかし菫大臣の孫娘です。 あまり波風は立てたくない、と言うのが本音ですがね……」
「――その結果、人王が体を崩していては本末転倒であろう?」
「え? 龍王様……」
 二人に会話に春鈴が首をかしげて話し始めるが、その言葉はすぐさま橙実によって遮られた。
「春鈴人王じゃ。この里の中で龍の王はただ一人」
 声を荒げるでもなく、威圧されているわけでも睨まれているわけでも無かったが、その橙実の言葉は春鈴の背筋をグッと伸ばすには十分な圧を放っていた。
「――人王……様の病気って、歌のせいだったんです……?」
 少し怯んだ春鈴だったが、怒られたわけではないし……と、感じていた疑問をそのまま口にする。
「あー……いや、そんな事は無い。 ――ないのだが……なぁ?」
 橙実は言葉を濁し、対面にゆったりと座っている蒼嵐に話を振った。
 蒼嵐は茶杯に口をつけながらちらりと春鈴を見つめ、そして茶で口を湿らせると、淡々とした様子で答える。
「――龍族は美しいものが好きだ」
「……宝石に稀布?」
「ああ。 あとは絵画に歌や音楽……料理だけはうまければいい」
「そういえば王城には、人王様のためだけに絵を描いたり音楽を披露する人たちが集められてるって聞いたことある!」
「……その役に付いているほとんどの者が、役人たちの親族だ……」
「……え?」
 たずね返す春鈴に蒼嵐は何も答えず、ズズズッとお茶をすするだけだった。
「……龍脈もない土地で、美しいものも取り上げられ、一日中仕事をしていろと求められれば病気にもなるだろて……」
 そんな蒼嵐に代わり橙実が気の毒そうに語る。
 隣の紫釉も、同情的な表情を浮かべ眉を下げていたが、同意の言葉を口にすることはなかった。
 ――紫釉の立場上、それを口にしにくい事情があるのかもしれない。
「え……人王様のもの、取り上げられちゃうの……?」
 いまいちよく話を理解していない春鈴は、頭の上に疑問符を浮かべながら眉をひそめる。
「――人の宝に手出しなどはしないだろうが……心を慰める芸人や料理人たちは何年も前から同じ顔ぶれ……ほとんどが大臣やその取り巻き連中の親戚――切磋琢磨と言う言葉からは程遠い……と、聞いている」
 顔をしかめたまま蒼嵐は答える。
「うわぁ……なんかもう、人王様は戦争にならなきゃ里で暮らしてていいんじゃない?」
「――そうなると宝石や宝飾品がな……」
 蒼嵐は困ったように笑いながら肩をすくめた。
「人王様までしっかり足元を見られているわけだ……」
 春鈴はうんざりした言い、それに蒼嵐が大きくうなずいた。
「――ままならんものよ……」
 橙実も気の毒そうに言い、紫釉も眉間にしわを寄せながら大きく息をついた。
(龍族が人間のことを守ってくれないと確実に戦争になっちゃうって噂聞いたことあるし……人王様には頑張って欲しいけど……龍脈もないのに好きなものも取り上げられるとか……――でもさ? つまり人間側は守ってくれる龍族が国にいてくれればいいわけで……?)
「――いっそ、人王様を四人ぐらい作って春夏秋冬で分けたら?」
「……春夏秋冬?」
「そう。 四人で四季を一つずつ。 ほかの人は自分の担当四季以外はずっと里で静養」
「――いいな⁉︎」
 春鈴の提案に身体を浮かせながら戦力で同意する蒼嵐。
 脇に控える優炎や浩宇の表情も明るい。
「――いやいやダメです! 混乱しか起こらないでしょう⁉︎」
 そんな蒼嵐たちに紫釉が慌てて待ったをかける。
「……別に人間の混乱とかよくないですか? 龍族が人間の国を守っていれば大きな問題は無いわけないですし……」
「――その通りだ!」
 春鈴の言葉に蒼嵐は力強く頷いて紫釉を見据える。
「いやいやいや!」
「まぁ……用心棒ならそれでもいいんじゃろうがなぁ……?」
橙実は困ったような呆れたような態度で言った。
「王という立場を新たに作るだなんて、どの王を押すかどうかで、最悪人の国が割れますよ! 内戦にまで発展したらどうする気です⁉︎」
「……それは困る」
 紫釉の言葉に春鈴はシュン……と肩を落とした。
「ダメか……」
 紫釉の向かいで蒼嵐も残念そうに肩を落としていた。
「――……しかし別の龍族を送るというのはいい案なのではないか? 人王代理とでも銘打っておけば、お茶も濁せよう」
「――名案だ!」
 蒼嵐は橙実の提案を聞き顔を輝かせながら絶賛する。
「うん! それ良さそう!」
「う、む……まぁ……提案だけはしてみよう……」
と、紫釉がしぶしぶ口にした言葉に蒼嵐が驚いたように目を見開いた時だった――
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

悪役令嬢と氷の騎士兄弟

飴爽かに
恋愛
この国には国民の人気を2分する騎士兄弟がいる。 彼らはその美しい容姿から氷の騎士兄弟と呼ばれていた。 クォーツ帝国。水晶の名にちなんだ綺麗な国で織り成される物語。 悪役令嬢ココ・レイルウェイズとして転生したが美しい物語を守るために彼らと助け合って導いていく。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~

深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。

処理中です...