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しおりを挟む「――菫大臣」
春鈴と蒼嵐の会話を横目に、紫釉は泰然に鋭い視線を向けた。
「はっ! あの娘は即刻勘当いたしまして、人王様の歌い手には他なる者を早急に推挙いたしますっ!」
庭に膝を付けたまま、立ち上がろうともせず頭を下げ続る泰然。
「……あの娘の件はそれでかまわん。 が、長きに渡り稀布の織り手たちを不当に扱ってきたその日々をどうするつもりだ?」
紫釉の鋭い視線にさらされピクリと肩を震わせた泰然は、どもりながらもごもごと言葉を紡いでいく。
「そ、それはその……――李家は……過去のこととはいえ人王陛下のご母堂様の怒りをかった家……その手前なかなか手厚い保護がかなわず……――しかし! 決して不当に扱うつもりなどはっ」
泰然は必死に顔を歪めて言い募る。
事情を知らない者がその姿を見れば、泰然を気の毒に思ってしまうほどには迫真の演技だった。
「いつの話を……」
橙実は呆れたように頭を押さえながらため息交じりに首を振る。
そしてそのままの態度で説明を続けた。
「――確かに息子である、博文様が暴走されてしまった時、ご母堂様がその原因となった妻――李家の梓茅殿を酷く罵った聞いているが……――伴侶を亡くした龍族が嘆き、暴走龍になった、それだけのことよ」
「――……暴走龍とは、それだけの事だった……?」
橙実の言葉に春鈴は首を傾げながら蒼嵐に小声でたずねる。
「……そう言い切れることでもないがな? ――龍脈も傷ついたと言い伝えられている……」
「結構な大騒動……?」
「まぁ……大事だろうな?」
「傷付いた龍脈もしっかり回復しておる! 今となっては笑い話よ!」
春鈴たちの会話がはっきりと聞こえていた橙実は、二人の話を笑い飛ばす。
「死人も出ておらん。 当の博文様やご母堂様とて、その騒動後は子や孫たちと仲良う過ごしたと伝えられておるというのに……その子孫たちだけが不当に扱われ続けておる……」
悲しそうに眉を下げ、いたわるような瞳で春鈴を見つめる橙実。
「り……龍族の執念は凄まじいと教えられておりましたゆえ……」
顔を下げ続けていたというのに、その場にいた者たちには泰然の顔色がどんどん悪くなっているということが理解できた。
そんな泰然に橙実はニコリと微笑みかけると、優しく諭すように語りかける。
「なるほどなぁ……――では、これよりは龍族はどのような事態においても、稀衣の織り手を不当に扱うことを許さぬ。 ――そう教えておいてもらえるかの? ああ……願わくば龍族がバケモノであるとは教えて欲しくは無いのぉ……?」
と、橙実は優しい口調の中にはっきりとした毒を混ぜ込みながら、威圧混じりの笑顔を泰然へと向けた。
「――心して!」
地面に頭をこすりつけるように頭を下げる泰然。
そんな姿を見降ろしながら、橙実は不機嫌そうに小さく鼻を鳴らした。
「……では春鈴は今までのように劉家が――」
「――うちの孫娘が何か?」
蒼嵐の言葉を遮るように橙実は威圧的な笑顔を浮かべた。
「……孫、ではありませんでしょう?」
苦々しそうに顔を歪める蒼嵐。
「博文様の子孫であるならば、朱の一族の一員。 で、あるならば……後ろ盾は当然、当家であろう?」
ニヤリと勝ち誇ったように笑いながら言う橙実。
「お待ちください! 宝は、春鈴は私の――」
そんな二人の間に紫釉が割って入るように口を開き――
「おお! 紫釉殿よ! ――前から言おうとおもっていたんだがの? 龍族の男が軽々しく嫁入り目の娘に向かい“宝”などと使うのはどうなんじゃろうのぉ……?」
橙実は再び、その言葉を遮るように言った。
「――なんですって?」
「……好いた女子に聞かれると、マズいのでは? と思うての?」
春鈴は橙実の発言に大きく目を丸め、そしてそのほほをほんのりと赤く染めていた。
(――えっ⁉︎ 宝ってそういう⁉︎ ――ってことは紫釉さんってばもしかして、私のことを……⁉︎)
どぎまぎしながら紫釉のほうにチラリと視線を送る春鈴。
――しかし紫釉は明らかに『マズい⁉︎』という表情を浮かべて春鈴に気まずそうな視線を送っていた。
「――……なんだ、ただの女の敵か……」
(すっごい動揺してる……これ絶対本命いるやつじゃん。 ――にもかかわらず私を口説こうとしていた……? ……いや、下手したら私からかわれて遊ばれそうになってたってことでは……⁉︎)
「ち、違うんだよ春鈴⁉︎ 私は本当に君の瞳が美しいと思っていてね……?」
「……あ、はい」
紫釉は春鈴に懇願するようにそう言ったが、春鈴がまともに紫釉を見つめ返すことは無かった。
「っく……」
春鈴にそっけない態度を取られた紫釉は、八つ当たりのように橙実のことをキッと睨みつけた。
「ほっほ……好いた女子以外に甘い言葉など使うからじゃろうて……自業自得じゃ」
そう、楽しそうに笑っている橙実をギリリ……と、歯を噛み締めて睨み続ける紫釉。
……しかしその口を一向に開こうとしないということは、反論するような事実は無い、と言うことなのだろう……
「――橙実殿。 稀布や料理など……これからも購入したいのだが、構わんだろうか?」
蒼嵐は悔しそうに顔を歪めながらも、橙実に向かってこれからの了承を取り付ける。
春鈴は朱家にかすめ取られたという思いはまだ強く面白くは無かったが、明日から春鈴の料理や歌声を奪われるの耐えられなかった。
「その辺りは春鈴の好きなように……――だがこの爺にも料理を振舞ってくれていいんだぞ?」
「……ばっちゃがいいって言えば……?」
春鈴は首をかしげながら、お決まりとなっている答えを口にした。
「ああ、そうじゃの。 美羽蘭も一族に引き入れねばなるまいて……――泰然、それで良いな?」
「――――なんの異存もございませぬ……」
泰然が答えるまでには多少の間があったが、それでも了承の言葉を口にした。――こんな会話をしている間も泰然は深々と頭を下げ続け、反省している様子を見せ続けている。
「なあに、とびきりの織り手を抱える菫家のことじゃ、二人ぐらいどうという事あるまい?」
「……――より一層の精進を心がけまする」
「――期待しておるぞ?」
「はっ!」
そんな泰然の言葉を最後に、春鈴や蒼嵐そして泰然や紫釉たちは安全な場所へと移動しはじめる。
――その場にいた龍族たちが全員が立ち去り、完全に見えなくなるまで泰然はその頭を上げることを良しとはしなかった。
泰然の護衛たちがやんわりと声をかけてもなお、顔を上げようとはしなかった。
だが――
(おのれ……おのれ……バケモノの分際で……! このままで済むと思うなよ……)
心の中で怨嗟の声を撒き散らしつつ、地面にいくつもの爪の跡を残し続けていた。
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