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第四章(最終章)

火蓋

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 ~鈴代視点

 すざく隊、グラコワ隊、米艦隊による3ヶ国作戦会議はなかなかに楽しかった。
 特に米軍代表として会議に出席してきたガブリエルとアレックスのベイカー兄妹が登場した時の田中中尉の見せた顔は一生忘れられそうに無い。

 言うまでもなくベイカー兄妹は『コロッサス』を駆る連合2位のエースパイロットだ。

 南極点戦役で田中中尉は石垣中尉の戦死という大きな犠牲も伴ったものの、死闘の末に『コロッサス』を撃破した。
 私達はその撃破した『コロッサス』の操者がベイカー兄妹だと信じ込んでいたのだが、蓋を開ければベイカー兄妹は後方にいたコロッサス部隊の指揮をっており、田中中尉と戦った先鋒の1機は名も無き一般操者の物だった、という事らしい。

 田中中尉と石垣中尉の2人掛かりで何とか倒せた特機が、ランカーであるベイカー兄妹では無くて一般操者の操る量産型だった。これはつまりベイカー兄妹のワンオフ機が相手だったら田中中尉らは負けていた可能性が極めて高い、という事だ。

 これを知った時の田中中尉の怨嗟に満ちた顔の凄まじさは、とても私には表現できない物だった。

 まぁまぁ田中中尉、これからはあの超強いコロッサス部隊が味方になるんですから、もっと良い顔して下さい。なんてね。

 さて、幽炉同盟、いやゾンビ輝甲兵への対策についての会議となるが、米艦隊と合流できた事で俄然現実味を帯びた手段が取れそうである。

 それは基本的に『集中した火力による飽和攻撃でゾンビ輝甲兵を近付けさせない』というものである。

 ゾンビ輝甲兵はその名の通り、フラフラとした機動をして相手に取り付き自爆する。となれば取り付かれる前に機体を撃破してしまえば良い訳だ。
 私自身の経験や今まで見てきた映像では、ゾンビ輝甲兵は基本的に回避運動を取らない。

 つまり遠距離から狙撃銃スナイパーライフルで直接幽炉を撃ち抜くなり、対装甲噴進弾滑腔砲バズーカ擲弾筒グレネードランチャーといった炸薬弾で機体ごと破砕してしまう、あるいはいっそ艦砲による射撃で制圧してしまう戦法が有効である。

 実はこの作戦は『すざく』単艦で動いていた頃から考案はされていた。しかしながらこれまでの『すざく』には遠距離狙撃が得意な者がおらず(私も出来るけど、正直あまり得意では無い。出来るけど)、我々の祖国大東亜連邦では弾速の遅いバズーカ砲は『空中機動戦に不向き』とされ、元より制式化されてすらいなかった。

 加えて『すざく』自身の艦砲能力も一応は巡洋艦並みではある物の、逆を言えば巡洋艦並みでしか無い訳で、『飽和攻撃』と言える程の物を用意できるはずもなく、企画倒れの作戦として再考を迫られていた。

 それが米艦隊との合流や渡辺中尉の帰還等で、全ての作戦がつつが無く行えそうになった訳だ。
 狙撃は言うまでもなく渡辺中尉のお家芸だし、『コロッサス』の肩部ビーム砲の射程と精度と威力は狙撃銃のそれを上回る。
 加えて米軍の輝甲兵部隊は普通にバズーカ砲を配備しており、装備品は規格が同一なので私達東亜の輝甲兵でも問題無く扱える。

 そして『すざく』を加えた米艦隊は、旗艦マサチューセッツを中心に戦艦2、巡洋艦5、駆逐艦8という堂々たる陣容だ。これだけの軍艦が一斉に砲撃すれば十二分に面制圧出来る火力が確保できるはずである。

 ゾンビ輝甲兵を封じる事が出来れば、残る戦力は『鎌付き』と丙型だけだ。丙型は直接戦闘に向いた機体では無いし、まどかは名ばかりの軍人で前線での近接戦闘には慣れていない。
 実質『鎌付き』1体、いやシマノビッチ1人が目標という単純な話になる。そこで私、田中中尉、テレーザさんの3人で掛かれば『鎌付き』と言えどもひとたまりもないはずだ。


 3071サンマルナナヒトに乗り込み発進指示を待つ。目を閉じ深呼吸をして精神を集中させる。ゾンビ輝甲兵の動きを、そして『鎌付き』の動きを思い描いてそれらに対する機動をイメージする。

《ブリーフィングで勝利の方程式は見えたのか?》

 71ナナヒトの雑談に静かに目を開け、集中が続いている事を確認する。大丈夫、私はやれる。

「手勢が増えた事で、本来やりたかった事が出来るようになったのは確かね」

《なるほど。しっかし天使も辛いよな。『倒された奴は我らの中でも最弱』ネタを素でやられたんじゃ立つ瀬ないわなぁ》

「ええ、あの顔は一生忘れられないわね」

 大丈夫、お互いに軽口を叩ける余裕がある。幽炉同盟の殲滅が地球連合の選択ならば、この戦いで功績を上げる事で、大東亜連邦での私達の反逆へのカウンタソースに出来るだろう。
 私は両親や辰雄に恥じる事はしていない。胸を張ってそう主張できる日が来る。

 よし、気合は十分、余計に入れ込んでもいない。私は100%の力を発揮できる状態にある。
 と、思ったのだけれども……。

《私を残して行くのね…》

 唐突に女性の声が響いた。聞き覚えの無い大人な感じの声だ。通信機から流れる声では無く、機内に直接響く声。接触通信? でも今3071サンマルナナヒトはどの機体とも接触していない。え? 誰…?

《わざわざ見送りに来てくれたのか。結構義理堅いんだな》

 謎の声に対して71ナナヒトが返答する。え? どういう事…?

「ね、ねぇちょっと、誰と話してるの? 相手を知っている風だけど…?」

 せっかく決戦に向けて統一していた精神が掻き乱される。しかも71ナナヒトは相手が誰だか知っているみたい……。

《前に話しただろ? 猫ロボのワガハイだよ。俺の話が嘘じゃなかったって理解したか?》

《私の名前はアナスタシアよ。ちょっとそこのメス人間。私のダーリンを横取りなんてさせないわよ? アンタはどうなっても良いからダーリンだけはちゃんと帰しなさいよね》

 え? え? 本気でワガハイちゃんが喋ってるの? しかも何か凄くキツイこと言われてるんですけど? それでもって私が横恋慕している雰囲気になっているのは納得できないんですけど?!

「鈴代隊、発進願います」

『すざく』オペレーターから発進要請が入る。これから決戦だというのにいささか混乱した状態で機体をカタパルトに乗せる。

「す、鈴代、3071サンマルナナヒト行きます!」

「…田中、出るぞ」

「三宅、いっちょ行ってくるぞ!」

「立花機、出ます!」

「清田、行きまーす!!」

「桑原、は、発進しますっ」

 小隊員らも順次発進していく。改めて聞いてみると発進一つとっても彼らの個性が滲み出ていて面白い。

《あぁん、俺が『行きまーす!』って言いたかったなぁ…》

 こちらも変なこだわりがあるらしい。敢えて触れずにおこう。

 あー… 何だろう? 研ぎ澄ませていたはずの神経が一気に緩んでしまった。もう、また意識を持ち上げるのに苦労するじゃないか。
 まぁ、良い意味で力みも取れたと解釈しておくか。


 さて、発進はしたが任務のスタートは待機だ。今回の私達は騎兵隊だ、艦隊並びにコロッサス隊の砲撃で敵陣に穴を開け、そこに突入して奥に潜む『鎌付き』らを撃滅する。いかにも私好みの力技戦法だ。

 ブリーフィングではもっと慎重に策を講じるべき、という意見も出ていた。しかし敵に輝甲兵の生産拠点を押さえられている以上、『時間をかければ増産されて敵勢力が増えるだけ。ここはスピード重視で』という結論になった訳だ。

 横には整列して射撃命令を待つコロッサス隊がいる。命中精度を上げる為に、この短時間で全機の肩部ビーム砲を長銃身ロングバレル仕様に差し替えている。

 テレーザさんは自身の隊と離れて、突撃要員として鈴代隊わたしたちと合流している。決戦用の布陣だ。

 残りのグラコワ隊の面々は渡辺中尉の指揮のもと、全員が狙撃銃スナイパーライフルを持ち支援任務に当たる。

 また米軍側でも長距離ライフルやバズーカを持った支援部隊が多く見られる。

 そして一歩下がった所に佇む赤い30サンマル式丙型。武藤中尉が乗り込んで全体の指揮を執ってくれる。
 武藤中尉の脚の怪我はまだ完治しておらず、痛みも引いていないはずなのに「宇宙では脚なんて飾りよ」と気丈に振る舞っている。
 何より久し振りに輝甲兵に乗れて嬉しい、という気持ちが外に溢れているのが分かる。
 武藤中尉が笑顔を見せるのは珍しいから、とても印象に残りやすい。
 ホント操者って輝甲兵バカばかりだ。

 そして丙型の隣に従者の様に控えるのは矢島少尉の機体、今回の彼の任務は丙型の護衛だ。

《今回は俺の出番無さそうだから、大人しく裏方に回るわ》
「ええ、お願い」

 71ナナヒトの軽口は緊張をほぐしてくれる。『1人じゃ無い』と感じるのはとても心強い。
 彼は私を守ってくれるし、私も彼を守る。だって彼を守らないとワガハイちゃんに嫌われるしね。


「『すざく』艦長の永尾だ。これより我々は幽炉同盟の本拠に攻勢を掛ける。人類の興亡この一戦にあり! 諸君らの奮闘に期待する。作戦開始!」

 永尾艦長の号令と共に艦隊が前進する。それに応えるように敵要塞からも輝甲兵がワラワラと発進してくる。その数およそ300。
 1機の虚空ヴォイド自爆で戦艦1隻を沈められる戦力が300だ。しかし、逆に自爆させなければあんな物は移動するまとに過ぎない。

 レーダー上の両軍の距離が縮まる。
「砲撃距離まであと10秒、9、8、7」
 武藤中尉のカウントダウンが始まり、やがて敵軍が艦砲の射程に入る。

「撃てーっ!」
「Fire!!」

 複数の命令が飛び交う。米艦隊とコロッサス隊による圧倒的な火力の壁が展開される。

 ゾンビの様にフラフラと飛んでくる敵などまとめて一掃できる、…という考えはさすがに甘かった。

 敵側勢力は経験を積んで練度を上げたのか、普通の機動部隊の如く回避運動をしてきた。更に最初から幽炉を開放して機動力を上げ、突撃銃アサルトライフルを斉射しながらこちらに突っ込んでくる。

 300もの輝甲兵を本当にまどか1人で制御しているのかどうかは不明だが、現実として今戦っている相手は『単なる的』では無く、機動する輝甲兵だ。

 確かに強力な弾幕の前に多くの敵勢力が撃破されていった。しかし、少数ながらもその弾幕を突破してくる機体も出てきたのだ。
 米艦隊の方で虚空ヴォイド現象の光が幾つか見えた。あの光1つで幾つの人命が失われているのだろう…?

 正直相手を過小評価していた面も否めない。完全に混戦になる前に私達も防衛に動いた方が良いのかも……。

「動いちゃ駄目よミユキ。私達の任務は敵首領に噛み付く事、今は飛び掛る前の膝をかがめる時」

 テレーザさんに心を読まれている。私とて指揮官なのだ。私が部下にこんな感じの指揮をしなければならないのに恥ずかしい所を見せてしまった。
 あの田中中尉ですら微動だにしていないのに……。

 静かに機を待つ。想定以上にこちらの損害は出ているが、武藤中尉の指揮とコロッサス隊の奮戦により、これまた想定以上に敵の損耗も激しい。

「敵残存輝甲兵112。未だ増援の気配なし… いや1機出てきたわ」

 武藤中尉の無機質な報告に呼応するかの様に状況が動いた。

《お、ボスが出てきたぽいよん…》

 71ナナヒトが何かを探知したようだ。さて、痺れを切らして出てきたのは『鎌付き』か? 丙型か?

「…おいピンキー、あいつは俺がやる。いいな?」

 田中中尉の殺気の篭もる声が届く。

 私達の前に現れた新たなる敵。いかにも無造作な所作でゆらり、と現れたのは見覚えのある輝甲兵、大東亜連邦の至宝、『零式』だった。
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