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第65話 モンモンの異変

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 俺が帰り支度の為に荷物を纏めている横で、チャロアイトが陶器だかガラスだかよく分からない小瓶状の容器を振り回してコルクの様な物で栓をし、それを二度三度繰り返す。何やってんだ…?

「これは空気の採取よ。屍人ゾンビが出てきた原因が病気なのか呪いなのか? 或いは別の何かか? キチンと調べないとね…」

 そう言って次は足元の土を手に取って、別の瓶に詰め始めた。幻夢兵団ってのもスパイから愛妾から学者の真似事まで色んな事をやらされるんだな。俺には真似できそうもない。

「お待たせ、集められるだけ集めてきたよ。ハイこれ!」

 俺屋チャロアイトの支度が終わるタイミングでモンモンが帰って来た。

 片手に持った、多くの認識票を詰めたコンビニ袋位の大きさの小袋を差し出してきたが、もう片方の手に持っている同じくらいにパンパンな小袋は何を持ってきたんだ? まぁ敢えてツッコまないけどさ。

 それよりも気になったのは、袋を渡してきたモンモンの腕に、さっきまで無かった包帯が巻かれている事だ。しかもうっすら血が滲んでいる。

「あぁこれ? 死んだかと思ってたらまだ生きてる奴がいてさ、ちょっと油断して噛まれちゃったんだよね。あ、トドメは差しておいたから心配しないで」

 え…………………………?
 
 えぇ…? 別の意味で心配するだろこれ。なんでゾンビに噛まれてそんな平然としていられるんだ? 俺の知っているゾンビ映画やドラマは、まず間違いなく噛まれたら感染して自分もゾンビになっちゃうんだけど…?

『これもしかしてモンモン終了のお知らせか…?』
 
 そんな気持ちでチャロアイトを振り返ると、彼女も俺同様に難しい顔をしていた。近づいてチャロアイトに耳打ちする。

「なぁおい… ゾンビに噛まれたら、そいつもゾンビになるんじゃないのか? モンモンは大丈夫なのか…?」

「う~ん、今回の原因がはっきりしないから、必ずしも『なる』とは言えないけど、可能性は低くないと思うわ… あの子が笑っているのは多分ゾンビの事を『知らない』からね…」

 あ~、やっぱりヤバいんじゃん。これどうするんだよ…? 例の霧だけでもヤバいのに、ダブルでモンモンがゾンビ化するフラグが立っちまった……。

「何か薬とか無いのかよ? このままじゃ…」

「ねぇ、なに2人でコソコソ話してんの? 仲間外れにされたらボク、気ぃ悪くしちゃうぞ?」

 無視されたと勘違いしたモンモンが、頬を膨らませて話に割り込んできた。モンモンと入れ替わる様にチャロアイトが俺の側を離れる。今はこの話はここまでだな……。

 《幸か不幸か、王都からここに移動するために使った時間をモンモンちゃんの監視に使えるわ。もしその間に異変が起きたら、覚悟だけはしておいて。また夜にでも話しましょう》

 唐突に俺の目の前に文字列が現れた。これは王様との謁見の前にチャロアイトが使った《念話》の魔法だ。この文字は俺にしか見えないから、こういう『他人にやり取りを知られたくない』時には非常に便利だ。

「いや、『晩飯は何を食うか?』って話してただけで、お前を除け者にした訳じゃない。ホラ、帰るぞ!」

「へぇ~、この異様に手足やら臓物が飛び散った所で、よくそんな前向きな話が出来るねぇ。やっぱりおにーさん変わってるよ…」

 あ、うん… 確かにこの言い訳の出来はあまり良くなかったね……。

 ☆

「それで、もし仮にモンモンがゾンビに感染していたとしたらどうするんだ? 何か打てる手はあるのか…?」
 
 観測所を離れ王都への帰途。今俺は街道から少し離れた夜中のキャンプ地でチャロアイトと話し合っている。モンモンは疲れが溜まっていたのか早々に寝てしまい、ピクリとも動かない。図らずもチャロアイトと2人で心置きなく相談出来ている、という状況だ。

 昼間にチャロアイトからは『異変が起きたら覚悟だけはしておけ』と言われている。つまりモンモンがこのままゾンビ化する様な事があれば、王都に着く前に俺の手で処断しろ、という意味だろう。

「一言に屍人ゾンビと言っても3種類あるのよ。今回の事件がどのパターンに当てはまるのか? 或いは私の知らない第4のケースなのかを見極めないと対処のしょうが無いわ…」

 そんなにあるのかよ? とりあえ一通りずチャロアイトの話を聞くしか無さそうだ。

 「まず1つは『悪い魔道士が死体を魔法で操る』タイプ。これは一種の魔導兵ゴーレムみたいな物だから、噛まれてもゾンビ化はしないわ。ただ単純にとにかく不潔だから化膿や壊死はありうるけど…」

 魔法使いによる死体の支配か。ゾンビ伝説の元ネタであるハイチでは、ゾンビを労働力として使っていたらしいから、最もオリジナルに近いものだろうな。
 
「次はキノコの仲間が取り付いて、人や動物を襲って新たな苗床にしようとするパターン。こちらは知能は無く純粋に繁殖のために動いているわね」

 キノコ人間か。昔の特撮やゲームで見たことがある。脳幹を菌が支配して、半分生きたままゾンビと化するやつだ。

「最後が呪いや悪霊による憑依。恐らく今回はコレが最有力なんだけど…」

「だけど何だよ…?」

 気になる所で口を閉ざして考え出したチャロアイトに続きを促す。気になる所で止めるんじゃねーよ。

「過去に『それ』が起きたとされるのは、千年以上前の伝説… いえ神話の中でしか無いのよ。愛の女神アイトゥーシアが、今は名を封じられし邪神達を打ち破った創生神話。その中で邪神の一柱が呪いの力でゾンビの軍団を作り上げ民に災禍を振り撒いた、という記述があるの…」

「その『神話』が今起きたと言う事なのか…?」

 俺の問にチャロアイトが「そうね」と頷く。普段飄々とした態度を取るこの女が、これだけ真剣な顔になるのは初めて見た気がする。

「『なぜ今?』と考える事に意味があるのかどうかも分からないけど、先日の『蛇』の事もあるし偶然とは思えないのよね… 新しい勇者の選定や邪神復活の噂も含めて、改めて色々調査しなくちゃいけないわね…」

 懐かしさすら感じる『蛇』だが、あれを解き放った責任の半分は俺にある。チャロアイトはまだその事を知らないみたいたが、もし知られたらチャロアイトはリーナからの指令を遂行するマシンになるかも知れないな……。
 
「そ、そっちはともかく、モンモンはどうするんだよ? ゾンビのパターンがあるのは分かったけど、対処法も知っているのか…?」

 あまり『蛇』の話はしたくない。いつボロを出してしまうか分からないからな。代わりに喫緊の話であるモンモンの治療法について語りたい。

「そうね… キノコならば、今なら患部を焼いて殺菌してしまえば大丈夫だと思うわ。でも…」

 チャロアイトの口が重くなる。もし呪いだったら『打つ手なし』って事なのか…?
 ここでチャロアイトが「ふう…」と大きく息をついた。

「ティリティア嬢が同行していたなら彼女の『奇跡』の力で呪いを浄化出来たかも知れないけど、今この場で出来る事は…」

 そんな… 何か、何か無いのかよ…? チャロアイトの言葉に眼の前が暗くなってしまう。

「う、う~ん…」

 そんな折、モンモンがうなされた様な声を出した。焚き火に照らし出されたモンモンの顔はいつも以上に火照っている様に見えた。

 いや違う。明らかにいつもより顔が赤い。そして俺は気がついた。モンモンが大人しく早々に寝ていたのは、疲労からではなく発熱していたからだと……。 
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