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第七章

第83話 めっせーじ

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 「はじめまして。最近つばめちゃんと親しくなりました増田ますだ らんです。よろしく」

「はじめまして! あたしは新見 綿子にいみ わたこだよ。気軽に『わたこ』って呼んで。あたしも『ランラン』って呼ぶから」

「ら、『ランラン』…?」

「…綿子はこういうキャラだから考えたら負けだよ、蘭ちゃん」

 昼休み。先日と同じ校庭脇のベンチで昼食を摂るつばめと蘭、そこに「つばめが心配だから」といてきたのが綿子。かくして上記の様な顔合わせの儀式が行われた次第である。
 当然お互いに魔法少女である事も確認し、新たな友情(?)が誕生した。

 壁新聞の撤去によって、つばめを取り巻く状況は若干だが緩和した。だがそれでも懐疑心を捨て切れない生徒や、事件終息について『犯人』という人柱が必要と考える生徒らにとっては、つばめは未だ『無視しきれない存在』だった。

 そんな敵意や好奇心の視線からつばめを守ろうと、蘭や綿子は『敢えて』いつも通りの日常を演出し、つばめが『普通の女の子』である事をアピールしようとしていた。

 それが功を奏したのかどうかは疑問だが、とりあえず昼休みが終わるまでの時間で、つばめに何らかのアクションを掛けようとした者は皆無であった。

 一方、蘭と綿子の献身にも関わらず、つばめ自身は小さくない不安を抱えていた。女子トイレでの一件も御影が居なかったら、つばめとつばめに絡んできた女生徒のどちらか、或いは両方が気分の良くない結末に陥っていただろう。

 それ以降は現在まで事件らしい事件は起きていない事をかんがみるに、やはり壁新聞の撤去は学校側の意志を知らしめる意味もあって生徒達は冷静に対処出来ていた、と言えるだろう。

「あれ? 何だろうこれ…?」

 教室に戻ってきたつばめの机の上に、分かりやすく封筒に入ったメッセージカードが置かれていた。
 つばめの外出中に置かれたのは間違い無いが、差出人の署名は無く誰が置いた物かは分からない。封筒の中には見慣れぬ女性らしき筆跡で、

「色々大変な事態になって混乱していると思います。貴女の疑問に全て答えます。放課後誰にも見つからないように下記の場所まで来て下さい」

 と書いてあり、文面の下に簡単な地図が描かれていた。

 ☆

「…これはもうしょうがないじゃない! 悪いのは私じゃないわ。あの子が出しゃばるから悪いのよ!」

 絶望感の中で野々村はつばめを呼び出す為のカードを作っていた。不良に囲まれた状況で、野々村は己の身を守る為につばめを彼らに売り渡すしか無かった。

『これは不可抗力、仕方の無い事』だと野々村は自分に言い聞かせながら文字を書く。途中何故かは不明だが涙がひと粒こぼれ落ち、カードの文字を滲ませる。

 書いたカードを沖田親衛隊のリーダー格であり、つばめのクラスメイトの武田陽子たけだ ようこにつばめの机の上に置いておくように依頼する。

「ふ~ん、あの芹沢醜女しこめに思い知らせてやるんだ? えげつない事を考えるねぇ」

『えげつない』と評しながら 楽しそうな表情かおを見せる武田に、野々村は以前ほどの親近感を覚えられずにいた。

 ☆

 そして放課後、つばめは再び1人で行動する。これはメッセージに『誰にも見つからないように』とあった事に加えて、これ以上蘭や綿子(そして御影)に迷惑を掛けられない、という気持ちが強かった。

 更にメッセージカードの筆跡が女性の物と思われる事から、また親衛隊みたいな女子軍団による集団イジメの様なものと高を括っていた面もある。
『女相手ならどうにか出来る』いくつかの修羅場をくぐり抜けてきたつばめは、いつの間にかその様に誤った自信を付けていた。

 カードに描かれた場所は部室長屋からも遠くはない。いざとなればマジボラの部室に逃げ込んで、どうせヒマそうにしている睦美らに保護を求めても良い。
 もうすぐ目的地に到着する。この時のつばめは、まだ大きな危機感を抱いては居なかった……。

 ☆

 むしろ大きな危機感を抱いていたのは蘭だった。どうにもイヤな胸騒ぎがして、少し長引いたホームルーム終了と同時にF組を飛び出し、C組へと急ぎ向かっていたのだ。

 C組の教室を覗こうとした直前に、蘭は教室から出てきた男子生徒とぶつかりそうになる。

「あ、ごめんなさ…」

 その男子生徒は無言のまま、「何でも無い」とばかりに軽く手を上げ、蘭に爽やかな笑顔を向けるとそのまま走り去って行った。

『え…? ウソ?! サッカーくん?!』

 そう、今まさに蘭とニアミスしたのは、蘭が『サッカーくん』と呼んで慕っている沖田彰馬おきた しょうまであった。

 まさかここで憧れ(?)のサッカーくんと再会できるとは夢にも思っていなかった蘭は、突然の出来事に振り向いたまま固まってしまう。
 更にその沖田を追いかけるように出てきた男子生徒の、

「おい待てって沖田! サッカーの練習着忘れてんぞ!」

 という声が頭の中で反響する。

『沖田…? 沖田ってつばめちゃんの好きな男の子…? まさか… まさかサッカーくんが沖田くんだったの…?』

「ランラン? どうしたの固まっちゃって? つばめっちに用があって来たんじゃないの…?」

蘭を見かけてやって来た綿子の言葉も、蘭の頭に残る事なく素通りしていった。
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