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第七章

第89話 のぞきみ

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 睦美の啖呵で不良達が逃げ出した。そして彼らの進路には、その場を覗き見していた野々村がいたのである。

『ひっ! こっち来た?!』

「おい、あの女?!」
「ああ、さっきのメガネ!」

 逃げた不良のうち2人が野々村を見つけて進路を微調整する。残りの男たちは「そんなん構うなよ!」と諌めたが、彼らは聞き入れなかった。

「おいコラ! お前のせいで散々な目に遭ったぞ!」
「そうだ! この落とし前どう付けてくれんだよ?!」

 本来ならば今頃は、空手部部室の中でつばめ相手に『お楽しみ』出来ていた筈なのに、何がどうなったのか今は必死にそいつらから逃げている。

 その様な理不尽な事があってたまるか。せめて事件の元凶であるこのメガネ女を一発懲らしめてやらないと気が済まない。

 そんな気持ちで野々村の襟首を掴み上げる。まぁぶっちゃけ八つ当たり以外の何物でも無いのだが、彼らなりに筋の通った理屈ではあるのだろう。

「ひっ…! そ、そんな事を言われても…」

 野々村は動けない。先程つばめの感じた恐怖の何分の一かではあるが、その恐怖だけでも体が萎縮して、声を上げる事すら出来なくなるのだと改めて実感する。

「うるせぇ! と、とにかく一発殴らせろ!」

 襟首を掴まれて逃げられない態勢で、今まさに鉄拳が振るわれようとしている。野々村は何もできずに両目を固く閉じた。

 次の瞬間、野々村を掴んでいた不良は空中で円を描く様に体を踊らせたかと思うと、脳天から地面に激突して蛙の様に「ぐぇっ」と声を出して気絶してしまった。

 野々村が恐る恐る目を開けると、そこに居たのは野々村よりも頭一つ背の低い少女。顔に感情は読み取れないが、その瞳には静かな怒りを宿しているのがハッキリと分かる。背中まで伸びた長い黒髪が、まるで何事も無かったかの様に風を受けてそよいでいた。

「な、なんだこいつ?!」

 残されたもう1人の男子生徒が驚愕している。目の前で見ていたにも関わらず何が起きたのか理解できなかったようだ。

「ガキのくせにっ!!」

 最後の不良は小柄な少女に襲いかかる。30cm程の身長差、リーチの差を比べても殴り合いで少女に勝ち目は無いだろう。

 少女は掴みかかった不良の右手首をタイミング良く掴み、伸び切った相手の肘に向けて、躊躇なく左手の掌底を打ち込んだ。

『ゴッ』という音がして不良の右肘が逆方向に曲がる。掌底の一撃だけで肘が脱臼を起こしていた。

 更に少女は右足で、体幹を崩した不良の足を横から蹴り上げる。
 これまた面白い様に時計回りに上下反転した不良の体が頭から地面に激突。
 その後、仰向けに倒れた相手の鳩尾みぞおち目掛け少女は無慈悲に膝を落とした。
 2番目の男も最初の男同様に「ぐぇっ」と呻いて動かなくなってしまった。

 時間にして10秒足らず。小柄な少女は無傷のまま身長差のある男性2人を戦闘不能に陥れていた。
 その少女は今の動きで乱れた前髪をかき上げながら

「『ガキ』…? あんたらよりも10年は長く生きてるよ…」
 と呟いた。

 もちろん少女では無い。武藤舞子巡査長27歳独身(彼氏いない歴=年齢)である。

 睦美らを追いかけていた武藤とまどかは、新聞部から空手部部室までの道が分からずに途中一度睦美らを見失ってしまう。
 だがしかし、その直後に『先程まで追いかけていた3人組に酷似した(コスプレした)3人組』を見つけてここまで追ってきたのだ。その途中で現場を隠れて覗いていた野々村を見つけて、こちらも密かにマークしていた、という訳である。

「ヒュ~ッ! さすが先輩っスね。あーしの出番無いじゃないですかぁ」

 野々村をガードする位置取りで待機していたまどかも安心したように声を出した。

「はいはい。まどかはその子を安全な場所に送って上げて。『重要参考人』として丁重に扱う事」

了解ラジャーっス!」
 敬礼し、野々村を連れてこの場を離れるまどか。

「私はもう少し観察していこうかな… 青とオレンジの魔法少女… 警察も手を出せない桜田の悪ガキをシバいてくれた事は礼を言うわ。だから貴女達の暴力行為は見なかった事にしてあげる…」

 場面はちょうど蘭とつばめが落ち着き始めて、マジボラの面々が変態を解いて談笑し始めた所だった。

「んじゃ次はアタシがつばめを殴る番ね」
「その次は私で予約ですぅ~」
「ごめんなさいごめんなさい! 今首がもげそうなくらい痛いんで勘弁して下さい!」
「逆から殴れば元に戻るんじゃない?」
「じゃあ私は殴る代わりに、その可愛い唇を奪っちゃおうかな…?」
「ご… ごめんねつばめちゃん…」

 と言うやり取りが談笑と言えるのかどうかは疑問であるが……。

 その中で武藤が見た物は、変身を解いた『青の魔法少女』が例の女番長スケバンに変わったシーンであった。
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