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第十二章

第155話 すれちがい

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 沖田の前で高笑いを決めた蘭であったが、沖田の冷ややかな視線にその哄笑も長くは続かなかった。

 そもそも蘭は沖田の救出を目的として魔界へと乗り込んだのであり、魔王軍幹部として偽悪的に振る舞うのは目的に対して真逆な行為である。

 蘭としても早い段階で沖田に彼を助けに来た事を伝えるつもりだったのだが、感極まってキスをしたり泣いてしまったりと情緒不安定に陥っていたタイミングでの沖田の覚醒が重なり、今回の様に謎なリアクションを取ってしまった次第である。

 沖田は沖田で拉致されてから現在までの記憶がどうにも曖昧で、少なからず混乱していた。
 豪華な別荘の様な場所に連れられて拘束を解かれると同時に逃げ出そうと試みたのだが、何か目に見えない力 (魔法)で殴られた衝撃で昏倒、気絶してしまった。

 次に気がついたら牢屋の様な場所で逆さに吊るされており、弑逆的にニヤついた3人の男 (油小路の部下)に囲まれながら、やはり目に見えない何かに殴られ続けるという拷問を受けた。

 苦痛に耐えきれずそのまま気を失ってぶら下がっていた所を蘭に救われた、という訳である。

 沖田は目の前の奇抜な衣装を纏った少女に何となく既視感を覚えたが、ついぞ思い出す事は出来なかった。
 懐かしさを覚えつつも彼女は敵方の人物の様だと悟り、沖田は眉を顰めながら口を開いた。

「…なぁ、ここはどこでアンタらは何者なんだ? 何故ただの高校生の俺をこんな所に閉じ込める? 一体何が目的なんだ?」

 沖田の質問責めに答えに窮する蘭。何より蘭自身が油小路の思惑を掴みきれていないのだから答えられる訳が無い。

 魔王軍が大豪院の命を狙う理由も分からなければ、大豪院を誘うためにつばめを指名した理由も分からない。
 ただつばめを誘う餌として沖田をチョイスしたのは、先程のつばめの狼狽ぶりからも『こうかはばつぐんだ』ったのは間違い無い。

「そ、それは… 貴方が知らなくても良いことよ! 我々の目的は大豪院とつば… ピンクの魔法少女なのだから、」

 蘭の答えに今度は沖田が固まってしまった。それほどまでに蘭の言葉は沖田には衝撃的だったのだ。

「な…? 何でピンクの魔法少女が? 彼女に何をする気だ?!」

 沖田の言葉は怒気を孕みながらも『ピンクの魔法少女にまた会えるかも』という歓喜の感情も含んでいた。そして蘭はそれを察してしまえる己の心がとても恨めしかった。

『何も知らずに、何も考えずに沖田くんと出会えていたらどんなに良かっただろう…?』

 仮面の奥にある寂しげな蘭の瞳に気付く者は居なかった。

 ☆

 帰宅したつばめは埃まみれの体を清めるため、そして頭と心両方の疲労を癒やすべく、早めの入浴を行っていた。
 本日は土曜日であるので、夕飯作りは母に任せられる。その分ゆっくりと大好きな長風呂に浸かれるという訳だ。

「告白、しちゃったんだよね…」

 勢い任せとは言え、つばめは生まれて初めて異性に告白した。
 今になって恥ずかしさが込み上げてくる。もう少しお淑やかにとか、もっとタイミングを見極めてとか反省点は山程出てくるが、今となっては全て後の祭りである。
 浸かっている湯の温度とは別の物でつばめは顔を赤くする。

『心臓が飛び出るほどドキドキした… 断られて死ぬほど悲しかった… それでも気持ちを伝えたことに後悔は無いし、前よりもっと沖田くんが好きになった…』

 振られてなお、つばめは沖田の新たな恋を待つと宣言した。そんな風に気丈に振る舞えた事がつばめにはとても誇らしい。
 それは魔法少女として過ごしてきた日々が、つばめを強くしてきた事でもある。

「沖田くん、大丈夫かなぁ? 酷い事されてないと良いけど…」

 沖田を必ず取り戻す。蘭や御影は「もう何もするな」と言っていたが、このまま指を咥えて待つなどつばめには耐えられない。
 沖田救出は自らの手で、という気持ちは強く在った。

『魔界に行くならちゃんと色々準備もしなくちゃ… でもなあ…』

 つばめは風呂場に据え付けられている鏡に写る己の顔をじっと見つめる。

『確かに目の色が赤っぽくなってきてる気がする。わたし、もう人間じゃなくなっちゃうのかな…?』

 つばめには不二子や御影のような覚悟は未だに持てないでいる。叶う事ならば愛する男性と結婚し家族を持ちたい。そしてそのパートナーが沖田ならば申し分ない。

 だがもしつばめが魔界に乗り込み、これ以上魔法少女としての力を使うと、本当に全身が『変態』してしまい、実質的に不妊となってしまうだろう。

『この手で沖田を助けたい』と『結婚して子供を生みたい』というジレンマに心を動かされて結論を出せないつばめ。

「蘭ちゃんも一体何をするつもりなんだろう…? 何かわたしの知らないことを知っているのかな…?」

 沖田と蘭、今この瞬間に2人が同じ部屋で過ごしているなどとは夢にも思っていないつばめだった。
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